第20話 自分で言わないで

 悠斗が海外へ行くと言ったあと、彼は同期たちからいろいろと質問攻めにあっていた。出世しそうなのにキャリアを捨てるのかとか、そんな趣味は知らなかったとか、彼女がいないなら行きやすいか、とか。

「ちょっと莉帆ちゃん、こっち、こっち」

 莉帆を手招きしたのは、中島なかじま加奈子かなこという同期の女性だった。彼女は交番勤務を数年経て、いまは総務課で働いているらしい。加奈子は莉帆を広場の端のベンチに座らせた。

「どういうこと?」

「え? 何がですか?」

「あの二人、高梨君と岩倉君と、ほんまに──付き合ってないん?」

 莉帆は二人のことは好きではあるし、二人とも莉帆が好きだと言っていた。どちらかと言えば勝平と頻繁に連絡をとっていたけれど悠斗の雰囲気にも惹かれてしまい、どちらかを選ぶことができないままに、悠斗が海外へ行くことを知ってしまった。

「付き合ってないです」

「でも、高梨君と一緒に来てたし、岩倉君とも仲良さそうにしてたやん? 私が知ってる限りでは、あの二人は彼女いたことないんやけど」

「え……それ、ほんまなんですか? 長らく彼女いないとは聞いてたけど」

「イケメンやからモテてたけどねぇ。ピンと来てなかったんちがう?」

 加奈子は同期の男性を順に見ながら、あの人も、この人も、性格は良いけど顔は普通だから悠斗と勝平にいつも負けていた、でも顔を重視しない女性には好評だった、と説明してくれた。ちなみに加奈子は結婚していて、相手は同期ではないけれど警察官らしい。

「正直──どう思ってる? 二人のこと」

 莉帆は少し躊躇ってから、思っていることをゆっくりと話した。そして最後に、今頃になって警察官という職業に困惑している、とも打ち明けた。

「やっぱりかぁ。でも、それが普通やと思うよ」

 加奈子にも話すのは申し訳なかったけれど、彼女は嫌な顔をせずに聞いてくれた。

「こればっかりは、慣れてもらうしかないもんなぁ」

 私が警察になったときも周りの反応は様々だった、と加奈子は振り返る。危険と隣り合わせではあるけれどやりがいのある職業で、休みもしっかり取れているので後悔はしていない、と笑う。

「あの二人がなんで莉帆ちゃんと仲良いんかは分からんけど──、高梨君は莉帆ちゃんのこと真剣に考えてると思う」

「真剣……」

「うん。まぁ、勘やけどね」

「加奈子ー、ちょっと来てー!」

「はーい!」

 同期たちに呼ばれ、加奈子は『ごめんね』と言って立ち上がって走っていった。そしてすぐに勝平が視界に入ったようで、振り返ってから笑顔で親指を立てていた。

 加奈子は同期たちと何かを話していて、その輪の中に悠斗と勝平はいない。もしかすると悠斗の送別会を企画しているのだろうか。他の同期たちが勝平を探す様子が見られたけれど、加奈子が彼には後で伝えることにしようと話していた。

「あいつと何話してたん?」

「えっ? あ──いや、その、悠斗さんのこととか」

 現れたのは勝平だった。悠斗のことを話していたというのは、間違ってはいない。勝平は莉帆の隣に座った。

「悠斗……あ、ごめんな、黙ってて……口止めされてたから」

 ふと悠斗の姿を探すと、彼はいつの間にか同期たちに囲まれていた。いつまで日本にいるのか、いつなら空いているのか、と聞かれているので、やはり送別会の話題だったらしい。

「どうする? 着いていくん?」

「──え?」

「あいつやろ? 気になってた奴って」

 勝平の声はいつも通り温かいけれど、話し方はいつもより冷たい。

「……行かないです。仕事あるし、行っても……英語もまともに喋られへんから、はは……。それに──、悠斗さんにも、勝平さんで我慢してって言われたし、行けないです」

「我慢か……。俺は、負けてたんやな」

 勝平は短く笑って莉帆から視線を逸らした。そのまま悠斗たち同期のほうをじっと見つめている。莉帆は勝平に良い返事をすると言っていたけれど無理になったらしい、と声にならない声で呟きながら離れようとした。

「私──我慢するつもりはないです」

 莉帆のはっきりした声に勝平は驚いて振り返った。

「悠斗さんと比べても、勝平さんに不満はないです。むしろ勝平さんが良いです。勝平さんと、一緒にいたいです」

「……マジで?」

 二人とも忙しいのに時間が出来れば連絡をくれて、休みが合えば誘ってくれて、その度に莉帆の心は揺れていた。頼もしい勝平と、柔らかい悠斗と、なかなか決められなかった。決められなかったけれど、悠斗が何度も言っていた『勝平を選ぶなら、悔しいけど応援する』という言葉が、悠斗とは付き合えないと言われているのだろう、となんとなく気づいていた。勝平と二人で話すときは趣味や次に会う予定の話が多かったけれど、悠斗との会話には勝平の話題が何度も登場した。

 そうして彼らと接しているうちに、莉帆は悠斗よりも勝平のことが好きになっていた。そうなるように、悠斗に刷り込まれた気がしなくもないけれど……。

 勝平は莉帆のほうを向いて座り直した。

「俺と付き合ってくれるってことで、良いんやな?」

「……はい。ただ、一個だけ──」

 勝平が喜びだす前に莉帆は、警察というのが今頃になって気になっている、と正直に打ち明けた。勝平はやはり悲しそうな顔をしていたけれど、せめて莉帆が慣れるまでは仕事を引きずって怖い顔をしないように気をつける、と約束してくれた。

「ところでさっき、中島と何の話してたん? 俺が来る前」

「それは、女同士の話というか、悠斗さんの」

「あいつ俺のこと見て笑ってたし、俺の話やろ?」

「そりゃ、まぁ、多少は……ちょっと、近いですっ」

 勝平が迫ってきたので莉帆は逃げようとしたけれど、警察官相手に無駄な抵抗だった。すぐに腕を掴まれて、動けなくなった。

「言ってくれたら離すから。あと、俺には〝さん〟と〝くん〟と、敬語禁止な? あと隠し事も」

「う……わかった……。格好良いのに、なんで彼女いなかったんかなぁ、て話してた」

 莉帆がそう言うと、勝平は嬉しそうに笑いながら腕を離してくれた。

「佳織も、悠斗さんも、加奈子さんも、みんな口揃えたみたいに勝平を推してくるのに」

「なんでみんなが推してるんかは、俺にはわからんわ。仕事できるからかな」

「……それ、自分で言う?」

 莉帆は笑いながら言ったけれど、勝平は確かに仕事ができると悠斗から聞いている。加奈子は一緒に働いたことはないけれど、正義感は強い、と他の女性たちと話していた。

「彼女は……作るの怖くてな。警察って聞いて逃げられたことあって……。だから初対面の女の子には仕事は秘密にして、仲良くなってから話そうと思ってたら、何年も彼女なしやったわ。莉帆には話す前にバレたけどな」

 彼の父親のように悲しい出来事が関係していたらどうしようかと思ったけれど、意外にも普通の理由だったので少し拍子抜けてしまった。もしも仕事が影響していなければ美人な彼女もいただろうに、と勝平の顔をじっと見つめてしまう。気にしたところでおそらく〝顔じゃない〟と言われるので、莉帆はそのまま、ふふ、と笑った。

「あのとき──私が元彼に襲われたとき、来てくれたのが勝平で良かった。あと、捕まえてくれたのも」

「あいつの顔は覚えてたから、見た瞬間に分かったわ。こいつが莉帆を苦しめてたんか、って思ったら、必死やったな」

 勝平のその姿を想像すると、いつも胸が苦しくなってしまう。

 格好良くて、惚れているのか。

 大切に思われて、嬉しいのか。

 捕まえてくれて、安心しているのか。

 それとも、そんな職業の人とやっていけるのか、不安が増えているのか──。

「今までもそうやったけど、会える日は少ないと思う。あと、仕事上やけど──莉帆のこと上司に報告するから」

「……うん」

「前にある程度聞いてたし、問題ないと思うわ」

「私は──言って良いん? 勝平が警察って、会社の人に」

「あー……できれば公務員で止めといてほしいけど、どうしても隠されへんかったら仕方ないな」

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