第10話 いつか隣に

 夕暮れが近くなり、イベント会場に集まっていた人たちは既にどこかへ消えてしまっていた。付近はイルミネーションがされているので日暮れを待つ若者たちはどこかで時間を潰しているのだろう。

 ステージ前に出されていた席が無くなり、莉帆も風を避けて近くの店へ入っていた。ときどき外を見ながら買い物をし、片付けが終了する頃にこっそり外へ出た。

「あっ、莉帆ちゃん、待っててくれたん?」

 莉帆が声をかけるより先に悠斗が気がついた。近くで荷物をチェックしていた勝平は驚いた顔をしていた。

「さっきの歌、すごく良かったです」

「ありがとう。聴き入ってくれてたよなぁ」

 でも席がなかったから立っているのは疲れただろう、と悠斗に聞かれたので、莉帆は、歌が上手すぎて気にならなかったです、と笑った。

「なんで莉帆ちゃんがここに……? あっ、もしかして、悠斗に聞いたん?」

「はい」

 莉帆が答えると、悠斗はニヤリと笑った。勝平は本当に、莉帆が来ることは知らされていなかったらしい。少し前に悠斗と会ったのでイベントのことを教えてもらい準備をしている頃から近くにいた、と言うと、勝平は盛大にため息をついた。

「教えてくれよぉ……ほんまにビックリしたわ」

「ごめんごめん」

 謝りながらも悠斗が笑っていたのは、勝平が莉帆との関係で悩んでいるのを聞いていたからだろうか。勝平は少し気まずそうにしていたけれど、それは莉帆も同じだった。悠斗に誘われなければ勝平とは会わないつもりにしていたので、歌の感想を話しながらも、勝平ではなく悠斗のほうに視線が行ってしまう。

「まぁ良いか、俺も言おうと思ってたし。……莉帆ちゃん、このあと予定は?」

「え、と……特に、ないです」

 あまりに普通に聞かれたので、変な答え方をしてしまった。

「じゃあ、ご飯でも行く? 悠斗も」

 勝平はレストラン街へ歩き出そうとしたけれど、悠斗の足は動かなかった。

「俺、予定あるから」

「え? そんなこと言ってたか?」

「急に決まったから……。二人でどうぞ」

「そうか……じゃあ、またな。気をつけてな」

 残念そうな勝平と莉帆を残して、悠斗は駐車場のほうへ行ってしまった。悠斗は何回か振り返ったので、莉帆も彼が見えなくなるまでずっと見送った。

「莉帆ちゃんは、電車?」

「え? は、はい」

「良かった、じゃあ、家まで送るわ。途中でどっかご飯寄ろうか」

「はい……あっ、でも、遠いですよね、どっかの駅で」

 ここは神戸で勝平は大阪、莉帆は奈良まで帰る。莉帆を送っていると時間がかかるので電車で帰ると言おうとしたけれど、言葉を遮った勝平は真剣な目をしていた。

「いや、せめてマンションに入るまで見届けさせて。ちゃんと、無事に帰るまで」


 車に乗ってから莉帆は勝平に最寄駅を伝え、ナビに入れてから車を走らせた。彼のことを完全に信用しているわけではないけれど、悪いことをされるようには思えなかった。ナビの通りに走っているし、莉帆の質問にも丁寧に答えてくれた。想像していた通り車内も綺麗で、においも気にならなかった。

 途中で見つけたレストランで簡単に食事を済ませて、すぐに車に戻った。食事をしながらの会話も、簡単に食べ物の話だけだった。

「ここでゆっくりしてたら、遅くなるから」

 莉帆の住むマンションまではそれほど遠くないけれど、勝平はそこから戻ることになる。到着まで寝てても良い、と言ってくれたけれど、莉帆はそうはしなかった。時間はまだ遅くないし、眠くなってもいない。

 何の話をしようか、と思っていると、勝平が口を開いた。

「ごめんな」

「……え? 何がですか?」

「なんか、俺、がっついてたかもなぁ、と思って……ごめんな」

「いえ……全然、そんなことないです」

「ほんまに? 俺、前に莉帆ちゃんに電話切られてから、ずっと反省してた」

「そんな、私こそ電話切ってしまって、佳織にも怒られて……勝平さん悪くないのに……私が不安定なだけで」

「ううん。俺が一方的やった。勝手にフラれた気になってたわ。自分のことほとんど話してないし、そもそも付き合ってもないのになぁ」

 自嘲気味に笑う勝平に莉帆は何も言えなかった。前に悠斗が想像で言っていたことは正解だったらしい。勝平は前を向いたまま話を続けた。

「それにまた、時間欲しい、って言ってたのにご飯誘ってるし……あかんなぁ」

「そんなこと、ないです。悠斗さんにも勝平さんにも仕事でドタキャンされて、あのときは悩んだけど……今日のステージ見て、二人のこと信じようって思えました。準備も片付けも率先してやってたし、仕事でも頼られてるんやろなぁって想像しながら……。格好良かったです」

 イベントの準備も片付けも、他の出演者はほとんどいなかったのに、悠斗と勝平は最初から最後まで全部手伝っていた。手際も良くて、スタッフにも感謝されていたし、莉帆は彼らを人として尊敬していた。

「ありがとう。ちょっと元気出たわ」

「はは、良かったです」

「悠斗あいつ……俺に黙って莉帆ちゃん呼んで……。あいつ、俺のこと何か言ってた?」

「いえ、特には……。良い人や、って話をしてました」

「そうなん? ……でもあれやなぁ、悠斗は何の用事やったんやろな」

 イベント出演が決まった時点でも、数日前に打ち合わせたときにも、用事があるとは言っていなかったらしい。

「彼女できた、とかですか?」

 クリスマス直前に恋人ができるのは、珍しいことではない。実際、莉帆のまわりでも、そういうことが何度か起きている。

「いや……それはたぶん違うわ。そんな気配なかったし、莉帆ちゃんの話することも多いし」

 それなら家族で過ごす予定が入ったのかも知れないし、もしかすると勝平が知らないだけで彼女がいるのかもしれないけれど、本人に聞かないと事実はわからない。

「莉帆ちゃんは? 彼氏は」

「……いたら、ここにいないです」

「そうやな、はは、ごめん、聞いたな……。俺、いつか──立候補して良い?」

「いつか……? 今は良いんですか?」

「うん。俺のことちゃんと知ってもらってから。じゃないと、不安やろ? どこの誰かも、何の仕事してんのかもわからん人って怖いやん。それに莉帆ちゃん、他に気になってる人いそうやし」

 彼のことは以前よりも信用できるようになったし、知らなかった面も見れて、それはプラスの情報になった。佳織の言葉も信じて、勝平とのことを前向きに考えようとしていた。

 けれど、勝平の最後の言葉も正解だった。会社の取引先の営業マンと仲良く話すようになったのもあるけれど、今日は先に帰ってしまった悠斗のことも気になり始めていた。営業マンはさておき、悠斗と勝平のどちらかを選ぶのは莉帆には難しい問題だった。もちろん──悠斗に彼女がいない場合の話だ。

「玉砕するかもやけどな」

 ははは、と笑いながら勝平は運転を続け、やがて莉帆のマンションに到着した。莉帆はお礼を言ってから車を降りたけれど、ドアを閉めようとしたところで勝平に呼び止められた。

「一個だけ聞いて良いかな──現時点で俺が──選ばれる可能性はある?」

「ありま……す。でも、絶対ではないです」

 嫌いではないし、どちらかというと好きではあるけれど。

 彼が言っていたように詳しいことがわかるまでは、安心はできなかった。

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