第7話 似ているふたり

 予約していた数時間のあと、勝平と悠斗は莉帆と佳織とは違う方向へ向かう電車に乗った。お互いに詳しいプロフィールは話さなかったけれど、旅先で会ったときと同じく好印象しかなかった。

「私は、そうやなぁ……岩倉さんかなぁ……あ、でも、高梨さんのほうが頼りになりそう。でも、岩倉さんのほうがほわっとしてて優しそうやしなぁ……」

 電車を待つ駅のホームで佳織は、うーん、と腕を組んだ。もちろん、佳織は結婚しているので、悩んだところで付き合うわけではない。

「莉帆はどっちが良い?」

「どっち、って言われても……」

 悠斗と勝平は違うタイプではあるけれど、二人ともこれまでモテてきたはずだと莉帆は思っていた。思っていたけれど、どちらかと付き合うとまでは今は考えていない。趣味が合いそうな、ただの知り合いだ。

「選ぶ選ばんは莉帆次第やけど──仲良くなっとく方が良いとは思うわ。私、引っ越すことになったから」

「えっ? どこに?」

「名古屋に。旦那が急に転勤なったから着いていくことにした。だから、今日みたいに莉帆を助けられへんから……ないとは思うけど元彼が──。見つかったら厄介やん?」

 莉帆は駅近のマンションで暮らしているので安心はあるけれど、今日のように夜に外へ出ないとは限らない。人が少ないところへ行く可能性は低いけれど、人がいても助けてもらえる保証は全くない。世の中のことに無関心でマンションの隣人の顔さえわからない──そんな時代だ。

「他にいる? 助けてくれそうな友達」

「いて、ない……」

 もちろん、友達は何人かいる。けれどいつの間にか疎遠になって、最後に会ったのがいつだったかは思い出せない。もう何年も家と職場の往復で、元彼とのことを相談したのも佳織だけだった。

「二人とも莉帆のこと心配してくれてたやん。相談乗るって言ってたし。そうそう、近くで働いてるとか言ってなかった? バッタリ会うかもなぁ」

「確かに……。はははっ」

「えっ、莉帆、どうしたん?」

「ははは……。いや……。二人ともかっこいいよなぁ、と思って」

 それは旅先で見かけたときからわかっていたことだ。二人とも独身で彼女もいないことも聞いていたけれど、あのとき莉帆はそれどころではなかった。今もまだ辛く不安も消えていないけれど、友達として関わっていける気はしていた。そしていつになるかはわからないけれど、元彼の恐怖から完全に解放されたときは──。

「ふふっ」

「ええっ?」

 待っていた電車が到着したので、莉帆が先に乗った。莉帆の笑いの意味がわからなかった佳織はワンテンポ遅れた。週末なので仕事終わりに外食して帰る人が多いようで、車内は混んでいた。大声では話せないので、佳織は声のトーンを落とした。

「頑張りや、いろいろ」

「……うん」

 それからしばらく黙って電車に揺られ、莉帆はマンションの最寄り駅に着いた。駅を出てすぐではあるけれど、周りを警戒するのはまだまだやめられない。気にしすぎだろうと言われることもあるけれど、どうしても怖い。

 無事に部屋に入ってから、莉帆はスマホの写真フォルダを開いた。一番上になっているのは、先ほど四人で撮った写真だ。

 今はまだ決められないけれど──。

 この二人となら、大丈夫だと思った。


 勝平から莉帆に連絡が入ったのは、それから二週間ほど経った十一月の中旬だった。元気か、とLINEが届いていたので、今のところ無事だ、と返信した。

 元彼には今の住所は知られていないし、同棲していたマンションにも、彼の実家にも近づいていない。

『それなら良かった。近いうちにまた四人でご飯行こう』

『はい! あ、でも……佳織は引っ越したので無理かもです』

 冬は異動シーズンではないけれど、佳織の夫に関係する事情で急な異動があったらしい。旅行の間に辞令が出ていたようで、帰ってすぐに引っ越し準備を始めたと聞いた。

『それは残念……。莉帆ちゃんは、三人は嫌?』

『そんなことないです!』

『良かった』

 次回どこに行くかは、当日考えることにしたらしい。いつになるかもわからないようなので、莉帆が空いている日時を伝えておいた。

 本当は、男二人と女一人という状況は怖くはあるけれど、彼らのことをもっと知りたかった。二人とも不思議な安心感があって、そばにいてほしいと思った。佳織が保証していたのは、同じように思っていたからだろうか。

 二人はスケジュールを調整してくれたようで、すぐの週末に会うことになった、けれど。

「あれ……岩倉さんは?」

 待ち合わせ場所に現れたのは勝平だけだった。

「ごめん、あいつ急に仕事で、来られへんなった」

「そうですか……」

「うん。──とりあえず、行こ」

 二人で仕事の愚痴を話しながら歩き、空いていた店に入った。莉帆はテーブルでもカウンターでもどちらでも良かったけれど、店員が気を利かせたのか半個室を用意してくれた。

 飲み物とお通しがすぐに運ばれてきた。

「あれ? 高梨さん、今日はビールじゃないんですか?」

 旅先での食事ではよくビールを注文していたし前に会ったときもビールを飲んでいたけれど、今日は酎ハイだった。

「あ──うん。なんとなく」

「ふぅん……」

 莉帆が特に笑わずに聞いたからだろうか、勝平は少し悲しそうな顔をした。

「もしかして──悠斗に会いたかった?」

「え? あ──いえ、そういうわけじゃないです」

 来なかったことは残念ではあるけれど、彼の方を選んだわけではないのであまり気にしていない。二人よりも一人のほうが、意外と話をしやすいかもしれない。

「莉帆ちゃんって、音楽やってるんやったっけ?」

「はい。子供の頃からピアノ習ってて……今は趣味で弾くくらいですけど」

 母親がピアノを弾いていたので、その影響で莉帆も習うようになった。学生の頃に忙しくなってから習うのはやめてしまったけれど、指が動かなくならない程度にはときどき弾いていた。好きな歌手がギターを弾いていた影響でギターも持っているけれど、莉帆の手は小さくて弦を押さえにくかったのですぐにやめてしまった。ちなみにピアノでオクターブ弾くときに、親指と薬指でギリギリ届くサイズだ。

「高校のとき、私より背低い子に、手ちっちゃいなぁ、って言われたことあって」

「うわ、ほんまや……細いなぁ」

 莉帆が自分の手を見せると、勝平は驚いていた。小学校六年のときに着ていた服をいまだに着ていると言うと、どんな反応をするだろうか。

「高梨さんは何かやってたんですか?」

「いや……。俺は聴く専門。歌うのは好きやけど」

 小学校で鍵盤ハーモニカとソプラノリコーダーと音楽室で机代わりになっていたリードオルガン、それから中学校でアルトリコーダー。あとは小学校の合奏でシンバルや太鼓を叩いたくらいだと勝平は笑った。

「クラシックは聴いてて落ち着くからなんとなく好きやけど、静かすぎたら寝てまうんよなぁ。あの旅行でも、バスでかけてくれてたけど、いつの間にか寝てたわ」

「はは、私もです」

 お酒のせいもあったのか、時間はあっという間に過ぎていった。趣味が似ているのもあって、話題に困らなかった。食べ物の好みも似ていたので、色んなものをシェアして食べられた。

「莉帆ちゃん、今度カラオケ行こう。……できれば、二人で」

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