第4話 プラハで見た満月

「それにしてもビックリやなぁ。あの二人」

 四人でカフェザッハーを出たあと、少し散策してから一旦解散した。莉帆と佳織は買い物をしながら駅に向かい、トラム電車に乗ってホテルまで戻った。切符は駅でも買えるけれど、日本人が経営している雑貨屋でも販売していると添乗員から聞いていたのでそこで買わせてもらった。買い物には日本円を使えるけれど、切符はユーロだ。

 部屋に入って荷物を片付けながら、勝平と悠斗の話になった。

「偶然って、あるんやなぁ。良いなぁ、莉帆」

「……何が?」

「二人ともイケメンやん? 彼女いないって言ってたし」

「──別に、そんなつもり無いから。そもそも、まだ……」

 元彼に未練は全く残っていない。

 むしろ逆に探されている気がして怖い。友人や職場の男性上司は大丈夫だったけれど、若い男という生き物を、受け入れられなかった。佳織と二人でいるときは問題ないけれど、若い男が怖い。

「まぁ、ねぇ。そっか。私は良い人らやとは思うけど……。でもさぁ、まだ話す機会あるやろうけど、嫌な顔したあかんで?」

「うん。それは、気をつける」

 四人で話をしていても、莉帆は上手く笑顔を作れなかった。せっかく話しかけてくれたのに、嫌な気分にさせるのは申し訳ない。

 ホテルのレストランで晩ごはんを食べたあと、莉帆と佳織はコンサートに出掛けた。それは、ツアーのスケジュールに入っていたものだ。行くか行かないかは予約のときに選べ、ドレスコードもなかったので迷わず参加した。待ち合わせのロビーに行くと悠斗と勝平の姿もあったけれど、特に誰も何も話さずバスに乗って、会場に着いた。

 ウィーンのオーケストラなので、何もかもが英語──もしかするとドイツ語で、言葉は全くわからなかったけれど。ステージに立つ役者の動きや音楽のメロディを楽しむのに全く苦にはならなかった。たとえ仕事だったとしても、本当に彼らは音楽を楽しんでいるように感じ、莉帆は感動していた。途中に休憩があって小さなグラスで飲み物をもらい──それが何だったのかは不明だけれど──近くにいた同じツアーの人達と感想を言いながら、本場の音楽を体感していた。

 終わったら再びバスに集合と言われていたけれど、添乗員が部屋を出ていくのは見えていたけれど、そのあと広いとは言えない階段に人が溢れたので莉帆は添乗員を見失ってしまった。佳織は近くにいたけれど、周りには背の高い人がたくさんいたので、前も見えなかった。

「莉帆ちゃん、こっち」

 声のほうを見ると、悠斗の姿があった。

「すごい人やなぁ。行こうか……足元気つけて」

 先ほどよりもスムーズに階段を下りることが出きるのは、いつの間にか悠斗に手を引かれていたからだ。莉帆は戸惑ったけれど、人混みを抜けるまでは彼に従うことにした。近くには勝平もいて、佳織を助けてくれていたらしい。

「ありがとうございます。助かりました」

 会場を少し離れてからお礼を言い、バスにはまた全員が無言で乗った。佳織が意味ありげな顔で莉帆を見ていたけれど、莉帆も何も話さなかった。


 ウィーンを離れたあとは、フリータイムはしばらく取れなかった。各観光地で少しだけ自由に散策したりお土産を買ったりする時間はあったけれど、観光客は他にもたくさんいるのでのんびりはできない。食事で誰かと相席にはなるけれど、莉帆と佳織は悠斗と勝平とはあまり一緒にならなかった。

「あの男の子二人と年齢近いよねぇ? 一緒にいるの何回か見たけど仲良くなったの?」

 と、噂好きの女性たちにはよく言われたけれど。

「いえ……たまたま近くにいるだけです」

 本当に、それ以上ではなかった。佳織はそもそも結婚しているし、莉帆もまだ傷は癒えていない。新しい恋人が欲しくないとは言いきれないけれど、いまはまだそんな気分ではなかった。

 二人とも真面目そうで、爽やかな黒髪で、誰が見ても完璧な顔のつくりをしていた。悠斗は中性的でどちらかといえば線も細いけれど、目鼻立ちははっきりしていて、芸能人やモデルと言われても納得してしまう。勝平は悠斗よりは男らしく、決して彫は深くはないけれど、バランスのとれたパーツの中では目元がキリッとしていて、意思が強そうだ。女性たちは彼らの容姿を褒めていたけれど──莉帆も、格好良いとは思っていたし、普段はイケメンには緊張して話せないけれど──、彼らにはそれが当てはまらなかった。

 ようやく莉帆が悠斗と勝平に事情を話そうと思ったのは、オーストリアを出てチェコに入った最初の夜だった。ウィーンのコンサートと同じく、晩ごはんで郊外のレストランに行くか行かないかは選択制で、四人は行くを選んでいたのでまた一緒になった。バスを降りてから徒歩の時間があって、いつの間にか莉帆の隣は悠斗が歩いていた。ちなみに佳織と勝平は前を歩いている。

「ごめんなさい、私、暗い顔してますよね」

「え? そう……かなぁ……? 傷心旅行って聞いたし、あんまり気にしてないけど」

 莉帆は本当にこの旅行を楽しみにしていたけれど、実際に楽しく過ごせているけれど、悠斗と勝平の姿を見るとどうしても元彼のことを思い出してしまっていた。どちらかというと二人とも立ち振舞いが莉帆の好みだったので、いっそ本当のことを話したほうが楽になれる気がした。日本に帰って元彼に見つかってしまうより先に、二人に事情を話そうと思った。

「実は、元彼は……最初は良い人で、結婚も考えて同棲してたんですけど、だんだん態度が悪くなって……。別れ話しても断られるってわかってたから、黙って逃げてきたんです」

「……暴力されたり、した?」

「はい。気に入らんことあったらすぐ怒るし、上から目線で……嫌みばっかり言うくせに、束縛もひどくて……力も強いから……」

 陽は既に落ちているので、周りの人の姿はぼんやりとしか見えない。先頭を行く数名がレストランを見つけたらしく喜んでいるけれど、莉帆は元彼を思い出して少し辛くなった。

「だからまだ、男の人が怖くて……あ、お二人が、そんなんとは思わないんですけど」

 莉帆があわてて付け足すと、前を歩いていた佳織が振り返った。

「岩倉さんと高梨さんのことは、私が保証する!」

「えっ、まだ知り合ってすぐやのに、わかるん? 名前と住んでるとこくらいしか言ってないのに?」

 驚いたのは勝平だ。

「何となくですけど。だから莉帆、せっかくの海外やし、楽しもう!」

 佳織はまた莉帆の腕をつかんで店へと足を進める。いつの間にか集団の最後尾になっていたようで、店の四人掛けのテーブルでは同じ席になった。

 店に入ってからは話を中断し、食事に集中した。スープのあとに出てきたメイン料理は、骨付きの大きな鴨肉だった。

「これ、ナイフとフォークで食べるん?」

「難しい……家やったら、かぶりついてるよな」

 ナイフを持って苦戦してから、勝平は骨を持ってかぶりつこうとした。けれどどうしても口の周りが汚れてしまうのでそれは無理で、再びナイフとフォークで切り分ける。

「ははは……!」

「あっ、笑ってくれた」

「え? ──私?」

 勝平は莉帆を笑わせたくて、わざと変なことをしたらしい。

 二人に事情を話したおかげか、莉帆の心は少しだけ軽くなっていた。出された料理を完食するのは無理だったけれど、やはり悠斗と勝平は完食していたけれど、カフェザッハーの時よりは楽しく過ごすことができた。

「もし、日本に帰ってから不安なことあったら、いつでも相談乗るから。たぶん、近くで働いてる、気がする」

「そうなんですか? ありがとうございます」

 バスに戻るとき、勝平と悠斗は莉帆に約束してくれた。莉帆は仕事と家の往復以外はあまり外出しないし元彼の連絡先もブロックしたけれど──それでも近くに二人がいると思うと、心強かった。

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