第19話 わびさび旅館

「来たなー、香川県」


「ん、うどん県」


「ピピさん、よく勉強していますね」


 俺たちは予定通り神木源造が墓参りに訪れる前日に香川県へと上陸した。時間はもう夕方だ。


「さて、宿に行こうか」


 俺たちは遊びに来たわけではない。反テロ組織なのだ。うかうかと観光などしている場合じゃないんだ。


「はい。バッチリ予約してあります」


 スグルがタクシーを拾い、向かった宿は──。


「……随分雰囲気のある旅館だな」


「えぇ。是非ピピさんにワビとサビを楽しんで頂こうかと」


「私、あれカラくて苦手」


「あぁ、ピピ、ワサビのことじゃないからな?」


「? じゃあなに」


「え、そりゃ、おい、スグル」


「はいはい。ワビサビは漢字で書くと『詫び』と『寂び』になります。詫びは質素でつつまやしかなものに、そして寂びとは時間が経ち、古くなったり、色あせたりしたものに趣を感じるという心意気ですね」


「「へー」」


 ついピピと一緒になって俺まで感心してしまった。スグルは物知りメガネ君だな。


「そして、まさにこの旅館は創業400年の老舗旅館ですっ」


「すごい。400年にしては綺麗」


「いや、ピピ流石に建て直しとかリフォームとかはしてるだろうから400年前からこれじゃないぞ」


「薙坂さんは風情のないことをあえて言いますねぇ」


「うるさいよ。間違った知識で恥をかくのはピピなんだぞ」


「ん。トーマありがとう。でもピピ恥ずかしいことあんまりない」


「うん。それはそれでどうかとも思うが、まぁいい。チェックインしよう」


「「はーい」」


 こうして俺たちは老舗旅館の扉をくぐった。和服姿の仲居さんや女将さんが出迎えてくれる。


「予約の佐藤です」


「はい、佐藤様ですね。お待ちしておりました。大人三名。二部屋ですね。どうぞこちらへ」


 スグルは堂々と偽名を使った。偽名を使う必要があったのかは謎だが、まぁ秘密結社というくらいだからそんなのもありだろう。


 それから仲居さんに色々と説明を受けた後、部屋の座布団に腰を落ち着ける。


「で、なんで二部屋取って俺とピピがこっちで、もう一部屋がスグルなんだよ」


「薙坂さん、みなまで言わせないで下さい。そんなの僕のダンジョン庁の仕事と、リベンジャーズとしての作業を時間の許す限りしたいからですよ」


 スグルは渇いた笑いを浮かべ、ノートPCをトントンと指で叩いていた。なるほど、それはすまなかった。


「スグル、ファイト」


「ピピさん、ありがとうございます」


「ん。じゃあまた明日」


「いやいや、早すぎますって。夕飯くらい一緒に食べさせて下さいよぉ」


 スグルはピピに泣きついていた。


「ん。分かってる。冗談」


 流石はピピだ。既に冗談を言えるレベルまで日本語を使いこなしている。


「さて、じゃあ夕飯来るまではのんびりだな」


「ん。私、アレ着たい」


 ピピが指さしたのは壁にハンガーで吊り下がっている浴衣だ。


「あぁ、いいんじゃ──ッブ。ピピ、いきなり着替え始めるなよ」


「え。あ、ごめん。スグルがいるもんね」


「え、薙坂さんだけだったら平気で着替えていたんですか。え?」


「やめろ。スグル俺をそんな目で見るな。別に俺はやましいことは何一つしていない」


 俺もピピも無頓着なだけだ。毎日毎日同じ空間で無頓着同士で生活をしているとどうなるか。着替えの一つや二つにも遭遇する。というか、別に気にせず着替えはじめる。いかんな。


 俺は改めて、教育的によろしくないと反省する。


「うん。ピピ。今度からは男性の前で着替えてはいけません」


「家でも?」


「そうだ。家でもだ」


「あ、やっぱり薙坂さんの前で着替えとかしてたんですね」


「……いいか。スグル俺たちは生きるか死ぬかの戦いの中に身を投じるんだ。そんな中、衣服の破れや下着がどうのこうの言ってどうなる? 死ぬぞ」


「いえ、僕は別に否定も非難もしていませんよ。ただ、データとして、そういった事実があったということをバンクしたまでに過ぎません」


「ぐぬぬぬぬ。あぁ言えばこう言うメガネめ」


「お褒めの言葉ありがとうございます」


 スグルは口達者なので、口喧嘩では分が悪い。殴り合いなら一発なんだけどな。と、世紀末的な考え方をついついしてしまう。そんなことを言い合っている内にピピは浴衣に着替え終えていた。ロールアップした髪と浴衣がマッチし、似合っている。


「どう?」


「あぁ、似合ってるよ」


「えぇ、ピピさんとても綺麗です」


「ん。ありがとう」

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