第6話 メガロドン

 協会に言われて無理やり作らされたアカウント。ツイートなんて数える程だ。それも協会に催促されて呟いた面白くもなんともないツイートだ。そんなアカウントに──。


「フォロワー400万人。暇人かよ、お前ら」


 ぞっとする。見ず知らずの人間400万人から監視されているということに。


「ん、DMが来てるな。メガロドンだろうな」


 DMの通知が一件来ていた。フォローしていない人からのDMなんて許可した日には一体、どんなメッセージがどれほ送られてくるか分からないと戦々恐々のため、相互フォロワーからしかDMは来ない設定にしている。俺のフォロー数は十四。その内DMを送ってくるのは、メガロドンという名前のアカウントだけだ。


『薙坂さん、風の噂でS級探索者をお辞めになることを聞きました。もしかしたらツイッターのアカウントも削除されてしまうのではないかと思い、メッセージさせて頂きました。もし、ご迷惑でなければラインの連絡先の交換をお願いします』


「……つい数時間前だぞ? 風の噂早すぎだろ。いや、ありえないだろ」


 俺はツイッターのトレンドを一通り見る。S級探索者が引退するということが漏れれば、ニュース記事の一つや二つや十や百くらいにはなるだろうからと思ったが、俺の引退記事は一つも出てこない。当たり前だ。自分で言うのもなんだがS級探索者の引退は大げさじゃなく国家情勢に影響が出ることもあるビッグニュースなので、協会本部は今頃頭を抱えている筈だ。


「相変わらずメガロドンの情報網は意味分からんな。俺はこいつがFBIでしたっていうカミングアウトをしてきても驚かない」


 とにかくこのメガロドンの情報通っぷりはすごい。アカウント開設当初から俺の欲しい情報をサラッと先回りして用意してくるメガロドンに、ついつい俺も頼ってしまい、DMでのやり取りを今尚続けているような状況だ。


「……だが、ここからは個人的なクソつまらない復讐劇だからな。無関係のまして一般人を巻き込むわけにもいかないしなぁ。ロキどうしようか」


「ウォフ」


 ロキは目を少し伏せて、好きにしたら? と言っているように感じた。


「ま、世話になったし、最後の挨拶くらいしておくか」


 俺はスマホでメッセージを打っていく。


『なんで知ってるか知らんけど、確かに探索者を引退する。この件は公になるまで黙っていてくれると助かる。察しの通りツイッターのアカウントもいずれ消すつもりだ。申し訳ないが、個人的な事情で今後連絡を取ることはできないからラインの交換はできない。今まで世話になったな、ありがとう。薙坂 十馬』


「よし、送信っと。既読早っ。そして返信早っ」


『エデンを一人で追うつもりですか?』


「…………」


 俺の個人的事情は話していないが、エデンの情報をチラっと聞いたことがある。それだけで、ここまで繋がるのかは分からないが、まぁメガロドンは頭も勘も良いからな。


『ま、そういうことだ。自分で言うのもなんだが、バカなことをしていると思うよ。んで、こんなバカなことに人を巻き込むことはできない。だからさよならだ』


 下手に誤魔化すよりは、認めてしまった方が後腐れがない気がしたので、そんなメッセージを送る。


「ウォフ」


「ロキのことは、その……、巻き込んですみません」


「ウォフ」


 俺の肩越しにスマホを覗き込んでいたロキが耳元で小さく吠える。まさかこいつ文字まで読めるのか? 


『無理ですね。薙坂さん一人の力じゃ無理です。例えどれほど強くなっても、それこそ召喚獣を手に入れたとしても無理ですよ』


 珍しい。メガロドンがこんな風に言ってくることなんて今までは一度もなかった。召喚獣のことまでバレている。俺ってそんなに分かりやすいだろうか。


「ウォフ」


 ロキは、呆れた目で小馬鹿にしてくる。どうやら俺には駆け引きだの小賢しいことだ苦手なのを既に見抜かれているようだ。


「ま、確かに俺は殴る、蹴る、斬るしか取り柄がないからな」


 自嘲。ただ、その取り柄はかなりイイ線をいってるとは思っている。


『無理でもなんでも、無関係の人間を巻き込むことはできない。相手はテロ組織だからな。何をしてくるか分からない』


『じゃあ僕、薙坂さんのところに就職します。反テロ組織の秘密結社作りましょう。僕裏方全般の能力には自信があるので、色々とバックアップできると思います』


 思わずその響きに吹き出す。


「秘密結社って……」


 しかし折角、協会を抜けて、しがらみを振りほどいてきたのに、また関わりを作ってしまうとか正気ではない。


『履歴書添付します』


「履歴書送られてきちゃったよ……」


 送られてきちゃったので、開いてみる。遠藤えんどうすぐる。26歳。写真には人畜無害そうなメガネを掛けた男が写っている。経歴は東大卒のダンジョン庁情報システムセキュリティー科所属。滅茶苦茶なエリートだった。


「FBIも満更遠くなかったな。つか動機まで書いてあるし。これ昨日、今日で作ったやつじゃないだろ。で、動機はヒーローに憧れている。自分はヒーローにはなれないから、それをサポートできるようになるため、命を懸けてやってきました、ね」


 普通の企業だったらまず落とすような幼稚な内容だ。だが、メガロドン改め、遠藤傑は本気でそれに人生を懸けてきたという言葉は、これまでの関わりの中でなんとなく信じることができる。


「ウォフ」


 ロキはどうするの? と面白がるような目で俺に聞いてくる。


「ま、本気のヤツにはそれなりの対応をしなきゃいけないだろうな」


 俺はメッセージにこのマンションの住所を送る。


『面接会場こちら。いつでもどうぞ』


 それだけ送って、夕飯の支度に向かうのであった。

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