第36話 眠り姫からのハグ

 10月14日。雨音の誕生日1週間前。その日、俺の家に雨音が遊びに来ていた。


 どうにか今日、雨音から欲しいものを聞き出せないものかと彼女が家に来てからずっと考えていた。


(雨音が欲しいものってなんだろう……猫の何かとか?)


 隣に座って猫を優しく撫でる雨音を見て、誕生日プレゼントを考えるも何も出てこない。


「蒼空くん、どうかされましたか?」


 じっと見られていることに気付いた雨音は心配そうに顔を覗き込んできた。


「えっと……また2人でショッピングモールでも行きたいなって思って……」


 サプライズで渡したいので雨音のプレゼントを考えていたとは言えなかった。


 それにしてもそれを隠すためになんで、デートに誘うようなことを言ってしまったのだろうか。


 あっ、けど、待てよ……。一緒にショッピングモールに行って雨音が好きなものを選んでもらった方がいいんじゃないか?


「ぜ、是非、行きましょう! 蒼空くんとお出掛けしたいです」


「うん。じゃあ、来週空いてる?」


 せっかくなら誕生日当日にと思い、予定を聞くと彼女は持ってきたカバンからスマホを取り出し、その日が空いているか確認していた。


「あっ、空いてます。そう言えば、私、誕生日ですね」


 雨音はそう言って誕生日当日に行こうと提案した俺の方を見て小さく笑った。


 あっ、これ、バレたわ……。雨音、俺が何かしようとしていることを察したような顔してるし。


「では、10月21日は、蒼空くんとのお出掛けと入れておきますね」


「う、うん……」


 予定を入れたのか雨音はスマホをカバンに直し、再び、猫を撫でているとミューは、どこかへ逃げてしまう。


「ミューさんが……」


「連れ戻してこようか?」


「いえ、大丈夫です。後でまたもふりますから。あっ、蒼空くんの髪ももふってもいいですか?」


(もふる……頭を撫でるってことかな?)


 聞く前から雨音は、手が俺の頭の方に伸びてきていて触りたそうだ。


 触り心地がいい髪ってわけでもないんだけどな……雨音みたいにさらさらでもないし。


「す、少しだけな……」


 絶対に顔が赤くなってるなと思いながらそう言うと雨音は、嬉しそうに小さく笑った。


「猫の毛が手についてしまっているので、一度手を洗ってきますね」


 雨音は、手を洗いに行き、そして戻ってきて、隣に座る。


「で、では、少しだけ……」


(……うん、これ、いいな……)


 雨音に頭を撫でられ、心地よくなってきたのか目を閉じて寝そうになってきた。


 雨音に頭を撫でられていると、日頃の疲れが全て消えそうだ。


「そ、蒼空くん!?」


「あっ、ごめん!」


 いつの間にか雨音の方へ寄りかかり、もう少しのところで抱きつくところだった。


 元の位置に戻り、雨音から距離を取ろうとすると雨音が俺の背中に手を回して、自分の胸に寄せてきた。


(あっ、柔らかい何かが……って、浸ってる場合か!?)


 離れようにも雨音に抱きしめられているため、動けない。


「ひ、陽菜さんが……男の子はこうしてあげると喜ぶと言っていました。どうですか?」

 

 ど、どうですかって……無茶苦茶ご褒美なことされてるけど、雨音、無理してないか?


 手を回している手が震えているような気がするし、めちゃくちゃ顔真っ赤だし。


 てか、陽菜はなんてことを雨音に教えているんだよ。


「あ、ありがとうございます……」


 どうですかという問いに俺はそう答えると突然のお礼に雨音はきょとんとした表情になっていた。


「それは……これがいいってことですか?」


「ま、まぁ、そういう意味だ……」


 これはいつまで続くのだろうか。嬉しいが、俺の理性が保てなくなりそうで危険な状態になってきた。


「雨音さんや、この状態はいつまで続くのでしょうか」


「暫くはこのままで」


「暫く……今、結構、ピンチだから暫くこうしてたら俺、襲うかもれないよ?」


 本当にヤバい気がして本当のことを言う。こうしたら幾らなんでも雨音は手を離すだろう。そう思っていた。


 だが、雨音は手を離すことはなく、ぎゅっと俺を抱きしめた。


「蒼空くんにならいいです」


「ダメだ。付き合っていないのにこんなことをするのはよくない」


 そう言うと、彼女は、ムスッとした表情をして俺から離れていく。


「ハグがいいと言ったのは蒼空くんでしょうに」


「それはちょっとだけだ。長すぎるのはダメ」


「長すぎるのはダメなんですね。では、これからは控え目にします」


 控え目ということはまたハグしますねと言っているようなもの。


「そう言えば、由香さんとの展望台に行かれたのですよね。どうでしたか?」


 そう聞かれて俺はドキッとした。結局、ファーストフード店を出た後は解散して展望台には行かなかった。


 疲れたからやっぱりいいやと由香が言ったからという理由もあるが、あの話をしてから2人で行こうと雰囲気ではなかった。


「由香が急に予定が入って結局行けてないんだ。雨音は、夜景とかそういうの見に行くの好きか?」


「はい、星とか見るのが好きですね」


「星か……なら、今度、プラネタリウムでも見に行こうか」


 プラネタリウムって小学生の時に行った以来一度も行っていないので久しぶりに行ってみたい。


「いいですね。で、デートしましょう!」


 デートとは言っていないが、聞いたことがある。男子と女子が2人で出掛ける、それはもうデートであると。


「プラネタリウムの後にショッピングモールなんてどうでしょう?」


「あっ、いいな。来週が楽しみ」


 そう言うと雨音が「そうですね」と言って俺の肩にもたれ掛かってきた。


 髪がふわりと舞い、いい匂いがする。頬に少し髪の毛が当たってくすぐったい。


「何だか眠くなってきました……」


「俺も。遠慮なく寝ていいよ、時間になったら起こすからさ」


 雨音の側にいるのが心地よい。一緒にいるほど、好きだという気持ちが強くなっていく。


「では、少しだけ寝ます」


「うん。お休み、雨音」


「はい……蒼空くん、おやすみなさい」


 告白するならその日がいいだろう。もう後にしない。雨音に伝えるんだ。好きだって。








          

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