<38> 伝説の鎧
勇者選定の儀を行う『勇者の神殿』は、セラニア王国の王都からさして離れていない、聖なる森の湖上に存在する。
神殿は便宜上、どこの国の領地でもない、七王国の共同管理地だ。
……とは言え、実質的にはセラニア王国の一部に違いないわけで、ひたすら対外的なメンツにこだわるセラニアの態度は、勇者の神殿を抱える国として半端な真似はできないという自負によるところもあるのだろう。
巡礼者にとっても大切な場所であるそうで、この道をよく知っているというセラがヒミカを案内した。
早馬に乗り、給水器で魔法薬を飲ませ続けて馬の体力を回復させながら、最高速度を維持して森の中をぶっちぎった。
そうして神殿が見えたときは、状況も忘れて思わず嘆息したほどだ。
森に囲まれた湖上に浮かび、一本の橋だけで出入りできる神殿は、まるでアーティスティックな絵本の挿絵みたいに美しかった。
そして、その入口で待っていたのは……
「お待ちしておりましたわン」
「えっ、鎧の工匠って……カノンさん?」
公王国のサキュバスだった。
どんな格好で何をしていても『セクシー』以外に適切な形容詞が浮かばない彼女だが、ともあれ今日は、白く清楚な祈りのための装束であった。
ヒミカの知識に照らすなら、奉納する刀を打つ神事で白装束を着る鍛冶職人のようであった。全く露出が無いはずなのに、ボディラインが丸見えで結局セクシーだ。
……ヒミカの頭の中で全てが繋がるまで、三秒。
「まさか、ビキニアーマー研究所って……ビキニアーマー研究所ってええええ!!」
「あらぁ、魔族である
「そうかあっ! だから勇者候補が女なのかあっ!!」
「それでは時間も無いようですのでぇ、早速……装☆着!」
カノンは全てを省略してヒミカに襲いかかった。
信じられない手際の良さで着衣を剥ぎ取られる。きっとカノンはどこの国の羅生門でもナンバーワンを取れる。
そしてカノンは、辛うじてセパレートの水着くらいの面積を持つ神々しい金属片をヒミカの身体に引っかけると、手錠の如き腕輪をヒミカの手首に嵌めた。
腕輪が怪しく輝いた、と思った途端、形状記憶合金の如く鎧がヒミカに巻き付いて、金具がピタリと噛み合った。
それを本当に鎧と呼んでもいいものか。
腰回りと胸回りだけをボディスーツの如く装甲が覆い、さらに多層構造の翼の如き肩当てと、肘当て、膝当てがセットだった。
カラーリングは輝かしい白をベースに、青く透き通った宝石のような不思議な金属でアクセントとしている。これが異世界人にとってどんな意味を持つかは不明だが、ヒミカにはセーラー服しか思い浮かばない。いや、セーラー水着か。
「…………笑っていいのよ?」
「お似合いですよ、ヒミカさん」
「あ、その、なんてーか……ご愁傷様?」
セラは目をそらし、メルティアは顔が崩れないよう唇を噛んでいた。
「んん~、バッチリですわ!
こんな鎧の早着替え機巧は我々にしか扱えませんのでぇ」
「おかしいでしょ! 私、前、レプリカ着せられかけたけど、こんなデザインじゃなかったわよ!?」
「ああ、七王国が作った粗悪な模造品ですね?
人間の技術力では、あれ以上露出を増やすと、防御力も鎧の構造も保てなくなりますのでぇ」
「メルちゃん上着かして!」
「はーい」
「あっ、お待ちに……」
メルティアが出した防寒用の外套は、ヒミカが被るなり内側から弾け飛んだ。
「鎧の力で普通の上着は弾け飛んでしまいますよ?」
「逃げ場がねぇーっ!」
「とにかく、この装備の出力はご理解いただけたかと」
さて、この場合誰に文句を言えばいいのやら。
もしこれが神様から賜ったものだったりしたら、ちょっと雲の上まで行って神様を一発ぶん殴ってリコールと作り直しを要求したいところだ。
「この鎧によって、あなたの
おそらく、今まで以上の巨大な力を発揮できるようになるでしょう」
「……それって、その分だけ食べないと駄目?」
「おそらく」
ヒミカは怯みかけたが、すぐに思い直す。
たとえ食べ過ぎて体重が増えたとしても、目の前の命、そして世界には替えられない。
安いものだ。
そして……自分には、
「分かった。……行ってくるわ」
「どうかご武運を、勇者様」
ズルく思えるくらい真摯に、カノンは言祝いだ。
* * *
ミスリル製の大流量魔力導線を通じて、二丁のチャージバリスタに膨大な魔力が流れ込む。稲妻が弾けて光を放つほどに圧縮された魔力は、トリガーを戻すと同時に解放され、クリスマス目がけて打ち出された。
光の矢がクリスマスの胴部に当たり、弾ける!
本来なら城壁ですら崩すか蒸発させるほどの攻撃だ。クリスマスの腹部が焦げ、僅かにえぐれる。
ゴーレムの魔力残量は既に限界に近い。
フワレは即座に判断し、被弾を抑えるよりも打撃を与えて足止めする方向に舵を切った。
四本の脚が地を蹴って跳躍。
さらに重力制御により猛加速。
クリスマス目がけて突進しつつ、超重量級の四連回し蹴りを側頭部に叩き込んだ。
『グオオオ……オオオ!』
名状しがたき雄叫びと共に、クリスマスの巨体が揺らぐ。
間髪入れずゴーレムは、クリスマスを蹴り倒すようにのしかかる。
そして、オベリスクの如き攻城ブレードを振り上げ、体重を乗せて突き込む一撃!
赤々とした冒涜的な体液がクリスマスの肉体から噴き出した。それは、血液と言うには余りにもサンタクロース過ぎた。
人対人の戦いであれば、これでとどめ、決着となっていたであろう。
だがクリスマスには、この一撃さえも致命傷たり得なかった。いや、命などというものがあるかどうかも判然としない。
のしかかられ、剣を突き立てられながらも、その両肩が盛り上がる。
クリスマスツリー・ミサイルだ!
「くっ!」
フワレはゴーレムの身をよじって、クリスマスの射撃を躱そうとした。
だが、この至近距離では流石に避けられない!
クリスマスの肩から湧きだし、切り離されたモミの木型の矢は、ゴーレムの胴体に叩き込まれ大爆発を起こす!
超重量級のゴーレムが、その爆圧だけで、宙を舞った。
「うわっ!」
城下町に放り出されたゴーレムは、通りを二つ横切り、建物を瓦礫に替えながら神殿に突っ込んで半壊させ、ようやく止まった。
背後の人々が既に避難していることを、フワレは祈るしかない。
壊れかけの機体を無理やり動かすほどのエネルギーは、もはや残っていない。
ひっくり返った操縦席で、フワレがどのレバーを操作しても、ゴーレムはもう起き上がれなかった。
クリスマスは、もはや見向きもしない。
動けなくなったゴーレムに興味は無いようだ。合理的なのか、機械的なのか。
もしここでゴーレムにトドメを刺すべく襲ってきたなら、まだ今少し、時間を稼げただろう。だがそれも叶わぬようであった。
クリスマスは歩を進める。
城下へと。
その先、ひとまず街から出たが、それ以上何もできない人々の方へと。
「っせぇーい!!」
流星の如き一蹴り!
巨大なゴーレムの回し蹴りにも負けない一撃が、クリスマスの横っ面に叩き込まれ、その巨体は王城に向かって倒れ込んだ。
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