<36> 魔王誕生

 一方その頃。

 セラニア王国の宮殿では悪巧みが進行していた。


 いや、それはもはや悪巧みではなかった。

 慮外の事態にただただ、狼狽しているだけであった。


「……斯くして、抹茶タンカーは『アンジェリカ殿下』の活躍により守られ、国内の抹茶不足は解消されるでしょう……

 既に城下では噂が広まっており、民衆が沸き立っております。出迎えをしようと今から騒ぎになっている始末。

 このままでは本当に、あの娘を担ぎ出す者が出ますぞ!」

「ぬ、うう……」


 ミロス王と、征魔騎士団長ランバルドは、もはや玉座の間で格好付ける猶予も余裕も無く、宮殿の廊下でせわしない立ち話をしていた。


 実際それほどの緊急事態ではあった。少なくとも二人にとっては。

 数日前までの課題はむしろ、勇者選定の儀に合わせ、どうやって『あの娘』を公王国から連れ戻すかだった。実行自体は容易い見通しだったが、公王国と角を立てずに、となると少し難しい。そのため事態を慎重に動かしていた。

 問題は一瞬で解決し、遙かに大きな別の問題が現れた。あの娘は自ら帰ってきた。だが、まさか、こんな滅茶苦茶なお土産を持って帰って民草を熱狂させるとは考えてもいなかったのだ。


 ミロス王はドラゴンのブレスのように荒く、苛立たしげに息をつきながら、腕を組んで考えていた。

 そして遂に、言った。


「やむを得ん。

 かくなる上は如何なる手段を用いようと、あの娘を排除する」

「……と、申しますと?」

「サンタクロース・カルトを使う」


 ランバルドの眉が、ぴくりと跳ねた。

 最悪の策ではあった。……あの娘を放置する以外では。

 今まで積み上げてきた計略を全てナシにして、勇者選定の儀に候補を出すこともできなくなる。国内に邪教徒が跋扈する余地を作る事にもなろう。

 だが、それでも、あの娘を放置するよりはマシだとミロス王は考えたのだ。故にサンタクロース・カルトと、ただこの時だけの利害の一致から協力して、あの娘を殺す。


 ミロス王は既にこの事態を予見し、抹茶タンカーが港に着く前にはもう、ランバルドをサンタクロース・カルトと接触させていた。

 実際にそれを使う事態になるとは、ランバルドも考えていなかったが……


「貴様に任せよう。

 やり方は心得ておるな」

「はっ」


 勿体ぶってミロス王は命じた。

 そして、ランバルドに背を向け、歩み去ろうとした瞬間だった。


「ぐはっ……!?」


 背中に鋭い痛みと衝撃を感じ、ミロス王はつんのめった。


「これこの通り、心得ております」


 王が全く想像もしていなかった攻撃だった。

 ランバルドが、ミロスを、刺したのだ。

 ミロスがそっと背中に手をやると、研がれた柊の枝で、クリスマスリースが打ち付けられているではないか。


 ミロスの全身を激痛が苛んだ。

 骨が、臓腑が、内側から形を変えていく。

 ミロスの全身が脈打って歪んだ。


「うぐ、あ……!? 貴様、何を……!」

「ふ、ふフ、フフフ! 私は見タ……真理ヲ……真実を……」


 ランバルドはもはや明らかに正気ではなかった。

 焦点の合わぬ目で虚空のコルバトントリを見つめていた。


「クリスマスを!!」

「ぐあっ!!」


 ミロスの身体が破裂した。

 人の皮を突き破り、爆発的に体組織が膨れ上がったのだ。

 その圧力と衝撃で、王城の廊下は崩れ始めた。


「メリークリスマス……」


 七王家の王族には、異能の血も色濃い。

 力そのものには善も悪も無いのだ。

 故に、その王は力ある器として機能した。


 * * *


 ヒミカたちは歩いていた。


 港には王宮からの迎えの馬車も用意されていて、それはおそらく王家と勇者候補の威信を演出する乗り物でもあったのだろうが、ヒミカはそれを丁重にお断りした。

 信用できない他人が用意した乗り物は、もう御免だ。

 ヒミカが歩いて王都入りしたら、何か政治的な問題が起こるのかも知れないが、それはもはや王様の自業自得だ。

 何より、乗り心地と優雅さを重視した馬車よりもヒミカの足の方が早い。


「あっ……あれ? 姫様、ですよね!?」

「アンジェリカ様、抹茶をありがとうございます!」

「どういたしまして」


 木枯らし吹きすさぶ街道にも、様々な人が居る。

 旅人も、行商人も、冒険者も、街までものを売り買いしに行く農民も。

 既にアンジェリカのことは知れ渡っているようで、擦れ違う者が皆、寄ってくる。


「噂なんてのはアテになんねえな。

 姫様は豚のような大デブだと有名だったのに」

「ま、まあ噂が流れたときは正しかったので」

「公王国のお姫様が次の勇者ってのは本当なんですかい?

 剣も持てねえお飾りの勇者よりは、アンジェリカ様が勇者になるべきでしょう」

「勇者は、誰がなったとしても良い、悪いということは無いはずですよ」


 ヒミカは一人一人に応えた。

 無碍にあしらいたくないという気持ちもあったし、この積み重ねが自分を守ることになると思ったから。


「王都はもう、えっらい騒ぎですよ。みんなで殿下をお迎えしようと」

「あら、それはまた……ありがたいですね」

「……俺も商売なんかしちゃいられねえや、王都に引き返して、そろそろ殿下がご到着だと触れ回ってきまさあ」


 王都を囲う高い壁が見える丘の上。

 丸太を椅子にして休憩していた商人が、興奮した様子でそう言った。


「いよいよ王都入りですね」

「あの王様が何かしてくるかも知れないけど……ま、腹くくって行きましょうか」


 今更怖がっても仕方ない。

 自分を待つ人々がいるのだから、そこへ行って盛り上げてやらねば。

 ヒミカはホット豆乳を飲みながら、王都と、その中心にふんぞり返っている王城を睨んだ。


 その王城が崩れた。


「……は?」


 流石にヒミカは、我が目を疑う。

 まるで浜辺の砂の城が、波を被って崩れ去るように、立派なお城の一画が、抉られたように壊れていた。


「なんだ? 城が崩れた?」

「そんな馬鹿な……」


 丁度近くで休んでいた商人たちも、王都の方を見てざわめく。

 驚く前に、訝しげだ。これが現実の光景なのかと、疑う方が先なのだ。人はあまりにも唐突で想像を超えた事態には、逆に驚けないのかも知れない。


 地震だろうか。

 いや、城が崩れるほどの大地震なら、ヒミカの居る場所が揺れていないのはおかしい。


 瓦礫の中から何かが、身を起こす。


「……ゴジラ出現?」


 王城の、崩れずに残った部分と背比べできそうな、巨大な何かが、そこに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る