<34> vs抹茶力巡洋艦
それは想定外の攻撃だった。
汚染海域で使える船を、敵が出してきても当然おかしくはない。
だが、いくら重装甲でも、汚染されたての海域に留まるのは危険だ。少なくとも確実に艦が消耗する。この抹茶タンカーだって輸送が終わったらオーバーホールか、最悪の場合廃船にすることさえ覚悟しているという。
その海域のど真ん中で敵は待ち伏せていたのだ。
「船長さん、どうするんです!?
何か私に手伝えることは!?」
船長は髭面を歪めて、長い息を吐いた。
「……どうにか逃げるだけでさぁ。
連中、虎の子の抹茶力巡洋艦まで切りやがった」
「抹茶力巡洋艦」
「タンカーであんなもんの相手はできねえ。
かと言って、こっちは積み荷で足が遅い」
そして船長は抹茶力巡洋艦を睨み、少し、逡巡する。
「被弾した第三タンクを切り離し、抹茶融合反応を起こしながらあれにぶつける」
「船長!? そんな無茶な!」
定置魔弓隊を指揮する繰機手長が、船長の言葉を聞くでもなく聞いて、弾かれたようにこちらを向いた。
「無茶でもやるしかねえ!
奴が沈めばラッキー、せめて多少のダメージを与えて逃げる隙を作るんだ!
最悪でも、ちょっとは軽くなるから足が速くなって逃げ切れるはずだ!
……殿下にはそれまでの間、砲撃を防いでくれると助かりやす」
「合点承知」
「よっしゃ、決まりだ!
おい、紅茶もってこい! 俺用の一番上等な茶葉だぞ!
タンクにぶち込んで反応を起こすんだ!」
船長の決定が下れば、そこからは早い。
乗組員たちはタンクに細工をし始める。
一方で、今も抹茶モヒカンどもは次々と、長柄の泡立て器めいた邪悪な
海上を駆け抜け、モヒカンがタンカーに取り付く前に始末していくセラ。
定置魔弓の弾幕。そして水際での船員の反撃。
甲板上への切り込みを許したら、タンクの切り離しもままならなくなる。ギリギリの戦いだった。さらにそこへ砲撃が加わるのだ。
「≪
フワレが杖を降ると、甲板上にいくつもいくつも、絵本の挿絵みたいな雲が浮かんだ。
「足場を用意しました」
「ナイス、フワレちゃん!」
「撃ち漏らしは私が魔法でどうにかします!」
砲撃を防ぐ。さてどうやるか。
フワレの考えをヒミカは汲んだ。おそらく無茶ではない。自分にはできる。フワレもそう考えた。
ふわりと浮かんだ雲に飛び乗ると、意外にもしっかりした質感。
ヒミカはピンボールの如く、雲から雲へ飛び渡る。そして……
抹茶力巡洋艦の砲撃!
轟音と共に、黒々とした砲丸が。
最初はブルーベリーくらいの大きさに見えたが、やがてピンポン球に、トマトに。そして甲板に穴を空けるほどの大きさに
「せいっ!」
ヒミカは雲を蹴りつけ、砲丸に飛びつき、一瞬空中に足を踏ん張りつつ回し蹴りを放った!
砲丸は見事、跳ね返されて海面に落下。タンカーに乗り込もうとしていた抹茶モヒカンを一人、押しつぶし、もろともに沈んでいく!
さらに、次。またさらに、次。
一瞬も足を止めぬまま、ヒミカは雲から雲へと飛び回り砲丸を蹴り落としていく。
「≪
撃ち漏らしの砲丸が甲板へ落ちる前に、フワレが魔法でそれを弾く。
暴風の盾に運ばれた砲丸が、するりと流れて、船の反対側へ落ちていった。
「準備できやした!
お下がりくだせえ!」
「はい!」
「っしゃあ! やれや、野郎ども!!」
ヒミカの眼下のタンカーから、重々しい音が響く。
抹茶タンクを固定していたロックが外された音だ。
『高圧抹茶タンク』『茶気厳禁』と書かれた巨大茶筒タンクは、よく見ると船の側面から取り外しできるような構造だった。こんな巨大なタンクを動かすのはもちろん並大抵ではないわけだが。
タンカーから切り離された抹茶タンクは、そのまま横倒しになる……と思いきや、起き上がりこぼしのように姿勢を保ち、ぷかりと海に浮かんで流れ始めた。
大砲で空けられたタンク上部の穴から、先程は焦げた緑色の煙が出ていたはずなのに、今は内側から1680万色の光が吹き出していた。タンクの内側で何か破滅的な事態が進行していることは明らかだった。
狙い違わず、抹茶タンクは抹茶力巡洋艦の方へ流れていく。あるいは、抹茶は抹茶に引かれるのだろうか。
そして、敵もこちらの狙いを察したか。タンカー本体ではなく、流れゆくタンクの方に砲撃が浴びせられる。
「タンクを撃ち始めた!」
「構わねえ! どうせ向こうに届くくらいは堅……」
いくらタンクに砲弾を撃ち込まれても、揺られてへこむばかり。海流に乗った抹茶タンクが流れていくのは止まらない。
……かと、思われた。
少しずつ遠くへ流れ離れていたはずの抹茶タンクが、不自然に動きを止めた。
「タンクが止まった?」
「あれを!」
フワレが指差したのは抹茶タンク……の、下の方。海面すれすれの場所だ。
タンクの向こう側に小舟が群れていた。抹茶モヒカンたちの突撃艇だ。
彼らは小舟の上から、長柄の泡立て器めいた邪悪な
無茶苦茶だ。だがそれが功を奏している。
小舟の粗末な魔動エンジンとて、重ねれば潮の流れに逆らえる。タンクが爆発するまでの数分間、これで時間を稼げばいいのだ。もちろんそれを止めていた抹茶モヒカンたちは茶漬け汚染海域の茶柱となる運命であろうが。
「あいつら、どこまで無茶苦茶を……!」
船長が甲板を蹴りつける。
この位置でタンクが爆発しても、抹茶力巡洋艦は波を被るだけだろう。
水面が、黒く歪んだ。
「……え?」
その瞬間、何が起こったか、ヒミカには分からなかった。
見えたものをそのまま描写するのであれば、タンクを押さえる抹茶モヒカンたちの居た辺りが、まるでブロックノイズでも発生したかのように奇妙な見え方をした。
そして、消えた。
抹茶モヒカンたちが消えた。
彼らの乗っていた小船や、手にしていた長柄の泡立て器めいた邪悪な
「消えた? なんで?」
「ふにゃああああ……」
ヒミカの背後でメルティアが、ぐったり大の字で甲板に突っ伏していた。
過程はどうあれ、押さえる者が消えた以上、抹茶タンクはまた流れ始める。
抹茶力巡洋艦は必死でタンクを砲撃し、少しでも押しとどめようと、あるいは流れてくる前に爆発させようと抵抗していたが、全く止まらぬ。タンクがへこみ、穴が増え、1680万色の光が吹き出したが、それだけだ。
抹茶力巡洋艦は、加速していた。
速度を上げて、タンクの流れ行く先から逃れようとしていた。
多少はマシになったかも知れない。それだけだった。
巡洋艦の船尾から少し離れたところで、抹茶タンクが爆発し、汚染された波を蹴立て、1680万色の光を吹き上げた。
そして更に、立て続けにもう一つの爆発。
巡洋艦の機関部の抹茶融合炉が誘爆を起こしたのだ!
―― 結構なお点前でぇーっ!! ――
抹茶力巡洋艦乗組員たちの魂の叫びが、高濃度茶漬け汚染海域に
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