<18> 施錠学派

 ヒミカはまだ知らぬ事だが、ここでこの世界の通信事情について説明しておこう。


 まず人族国家の内側では、概ね郵便網が機能している。これは庶民でも手が届く遠距離通信手段だ。とは言え、運搬手段は主に馬車や船なので時間は掛かるし、その輸送路が魔物の出現で寸断されたりすると動かなくなるものだ。


 一方で、魔法による遠隔通信も存在する。

 ただし、ここで問題になるのは、魔法を使うためのエネルギー『魔力』を大量に入手・蓄積するのが難しいということ。そして、魔法は距離に弱く、長射程の魔法は膨大な魔力を必要とする。


 遠隔地に声を届ける魔法ももちろんあるのだが、コストの問題で濫用はできない。そこで、通信依頼をとりまとめて通信を行い、メッセージの配送を代行する公共サービスが存在する。大きな街に行けば『通信局』がどこにでもあることだろう。

 読者たるあなたは、おそらく基底世界に住むと推測されるが、そちらの電報に近いシステムだ。


 最も上等な遠隔通信手段と言えば、自らの幻を相手の前に映し出しての幻像会談。

 魔王だの邪悪な魔法使いが、わざわざ人間の王の前に幻を送りつけて宣戦布告するのは、それだけの魔力リソースと技術力があることを見せつける示威行為でもあるのだ。

 ここまで来ると、流石に庶民には手出しできない。話すだけで金貨が飛んでいく。

 一方で、金に糸目を付けないなら非常に有用な技術である事は間違いない。各国の王や上級貴族は、己の城に遠話通信室を設け、有事の際の連絡手段や……安全な密談の手段として利用している。

 もちろん、闇の犯罪組織も。


「どうなっている」


 ハルヴァック公爵居城……

 即ち、公爵家嫡男のランバルドにとっては、近々己のものとなる城だ。


 その地下の通信室で、ランバルドは遠話による密談を行っていた。

 遠話室を持つことは最上級のステータスシンボル。故に、遠話室は豪奢に飾り立てるものだ。

 白と金に装飾された壁、それだけで屋敷が建つほどの金額の美術品類、匠の細工が施された家具、その他諸々。

 だがそれらはランバルドにとって、自分が手に入れて当たり前のもので、それ以上の価値は無い。まして、そんな事を考えている場合ではない切迫した状況下においては。


「貴様らに巡礼団の居場所を教える協力行為が、我々にとってどれほど危ない橋か、分かっているのか?

 これは相互に意義のある取引だったはずだ。だが貴様らにやる気が無いなら、これまでだ」


 テーブルの向こう側に座っているのは、青白い光の幻像ホログラムの男。

 漆黒のアカデミックガウン姿だ。これは『施錠学派』の連中が、己の存在をひけらかすときに、好んで用いる出で立ちだった。


 そう。相手は邪悪な犯罪者サークル・施錠学派の構成員であった。

 ランバルドは公爵家嫡男であり、王の名の下に編成され魔王と戦う征魔騎士団の団長。本来なら、最高の正義を背負うべき立場だ。

 だが、権力者というのは地位を維持するためなら汚い真似をするものだ。


 何より施錠学派は、犯罪者とは言え、人だ。魔物ではない。

 魔王と戦う下準備のためなら、犯罪者だって使う。それはランバルドにとって十分に、良心に恥じぬ、正義の戦いと呼ぶに値する行為だった。

 もちろん、それがおおやけに知れたら、近視眼的で蒙昧な民草が何を言い出すか分からないので、隠すべきだと考える慎重さもランバルドには存在した。


 ここで『賢者』を除くことには、大きな意味がある。

 だからこそ、賢者に恨みを持つ施錠学派に情報を渡し、部分的共闘態勢を築いた。

 だというのに、施錠学派の動きは実に緩慢で、気がつけば夏も終わろうという時分だ。ランバルドは苛立っていた。


『ふふふふ……』

「何がおかしい」

『いや、いや。騎士の皆様というのは、やはり剣で切って魔法で焼いて、それで済む世界に居るのだなと思った次第です』


 幻像の男は、皮肉げに冷笑する。

 本人としてはお上品で知的な皮肉を言ったつもりなのかも知れないが、実際にはそれはかなり直線的な侮辱だった。


『作戦は合理的に進めましょう。サディラ将軍の名言をご存じですか? 賢き将はまず……』

「四段戦略論だろう! それに今、何の意味がある!」

『ブッコロリによる攻撃が失敗した時点で、我らは戦略を変えたのですよ。

 一日戦える者も一月は戦えぬ。一月戦える者も一年は戦えぬ。鍵は、巡礼団とやらに人員の入れ替わりが無いことです……末期戦の軍隊のようにね。

 我らは頂いた情報を元にゴーレムを送り続け、確実に作戦を進めております。

 平和節までには、戦略の三段目に進みましょう。何か問題が?』


 幻像の男は、滔々と述べた。


 施錠学派が刺客として、巡礼団に戦闘ゴーレムを度々送り、襲撃していることはもちろん、ランバルド側も把握している。

 しかし戦果は全く上がっていない。

 やる気が無いのか、何も考えていないのかと、ランバルドは苛立っていた。

 だが……施錠学派の見解を述べられて、呆然とするしかなかった。考えに考えた結果がこれだというのだ。


『それとも、まさかとは思いますが我らを鞭打てば、敵は直ちに倒され全ては上手くいくなどと……思ってはおりますまい?』


 鼻で笑うような調子で、幻像の男は言った。


 もしそれで上手くいくなら、今すぐにでも探しだし、死ぬまで鞭打っただろう。

 当然そんなことをしても事態は好転しないとランバルドは分かっている。

 そして同時に、このまま成り行きに任せたとしてもやはり上手くはいかないだろうと、ランバルドはほぼ確信した。


 だが、何もかもを見誤っているこの男に、何をどう伝えたらいいのか。

 無知な者は動かしやすい。命じれば、自分の仕事にどんな意味があるか分かっていなくても、ひとまず言われた通りに動く。

 この男は違った。施錠学派は違った。

 ランバルドよりも己の方が賢いと思っている。だからランバルドよりも己の判断が正しいと考え、疑わない。


『心配ご無用。

 我らに力はありませんが、知恵があります。

 全てはつつがなく収まりましょう』


 そして幻像の男は消え去った。


「はああああああ……

 薄っぺらな知識を集めた者ほど真に愚かなのだな」


 後に残されたランバルドは、頭を掻きむしり、溜息をつくだけだった。

 既にランバルドは、施錠学派を使った賢者の排除を半分諦めていた。

 それはできればやっておきたいことだが、最も重要な仕事は、そこではない。

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