第47話 自由奔放な隣人 

 まるで深恋との仲を見せつけるような態度。何だろう、ちょっと腹立つ。


「りっちゃんとは家が近所で前はよく遊んでいたんですけど、私が高校入学と一緒に引っ越すことになったので、なかなか会えなくなったんです」

「そうだったんだ……」

 だとしても、藍田がドヤ顔で俺を見上げている理由は理解できない。


 深恋は藍田の方に体を向けた。


「りっちゃん、私これから仕事があるから、よかったら私の家で待っててくれる? お母さんも久しぶりに会うの喜ぶと思うし」

「みーちゃん、どうして私がここに来たと思ってるの? 可愛いみーちゃんのメイド姿が見たいからに決まってるじゃん」

「ええ……そんなの恥ずかしいよ……!」


 その時、背後から現れた人物が2人の肩を掴んだ。


「話は分かった。それならお嬢さんもメイドになればいい」

「ちょっと汐姉!?」


 まずい、面倒な人間がさらに増えた。


「汐姉、いくら欲望に忠実に生きるどうしようもないメンクイだとしても、やりたくないことをさせるのはさすがに良くないと思うんだけど」

 俺のクレームを無視して、汐姉は藍田の前に回り込んだ。

「私はこの店の店長の黒木汐だよ。お嬢さん、お名前は?」

「藍田莉子です」

「莉子、メイド同士は言わばチームメイトだ。メイドの深恋と共に支え合い、高め合っていくのは、なかなか出来ない経験だと思わないか?」

「やります」


 おーい??


 俺が口を出すより先に、深恋が口を開いた。


「ちょっと、りっちゃん!? お客さんに接客するんだよ? 喧嘩しちゃダメなんだよ?」

 その心底不安そうな顔を見て、深恋も自由奔放な隣人になかなか苦労してきたんだと思った。

「わーかってるって。高校生になってから接客のアルバイトもやってるんだから大丈夫だよ」

「それ、先週クビになったって電話で言ってなかった? しかもそれが初めてじゃないよね?」


 深恋の言葉に、薄暗い店には沈黙が流れた。


「だ、大丈夫大丈夫! あのみーちゃんが続けられたカフェなんだもん。お客さんだって、きっといい人達なんでしょ? それなら喧嘩する心配もないよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

 汐姉はパチンと手を叩いた。

「よし、決まりだな。まあ、莉子にはメイドの手伝いをしてもらう形で、メインの接客は深恋達に任せるから安心してくれ。莉子、深恋のメイド姿を間近でよく見せてもらうといい」

「後で撮影会してもいいですか?」

「りっちゃん、それはやめてぇ!?」

 そういう訳で、藍田のメイド体験が決定した。



 汐姉と藍田が仕事のことで話をしている間に、姫野や皇も店にやってきた。久しぶりに会った皇とは一度も目が合わないまま、仕事の準備を始めることになった。




 全員の支度が終わり、フロアで開店作業が始まった。俺が床の掃き掃除を終えると、深恋が肩を軽く叩いた。


「亮太君、ここに座ってくれますか」


 深恋がそう言って近くの客席の椅子を引く。その隣にはメイド姿にそわそわと落ち着かない様子の藍田が立っていた。藍田に用意された紺色のメイド服は深恋と色違いのデザインで、膝上丈のスカートの裾をぎゅっと握りしめている。

 俺は用意された席に腰掛けた。


「りっちゃん、メイドのお手本を見せるから、よく見て真似してね」

「みーちゃんがお手本してくれるの!? はいはーい! 私、ちゃんといいお客さん役やるから!」

「相手役は亮太君にお願いするからね。接客されるよりも隣で見ていた方が気づくことあると思うから」

「えぇ……」


 悲しそうな声色とは違って、藍田がじろりと俺を睨みつける様子には明らかな敵意が含まれていた。不満だけど深恋の手前、俺に文句は言えないっていう感じだ。


「準備するからちょっと待っててね」

 そう言って、深恋は俺達に背を向けて向こうへ歩いていく。今、こいつと2人きりにされたら……

 藍田は俺にグイっと顔を寄せた。


「みーちゃんの手前、文句は言えなかったけど私はあんたのこと認めてないんだから。私の方がみーちゃんのことよく分かってるし、運動神経だってそこら辺の男子になんて負けないし、それに……」

 俺だけに聞こえる声で一気にまくしたててくる。ほら、やっぱり。


「とにかく、みーちゃんの隣にふさわしいのは私なの」

 要するに大事な大事な幼馴染みの近くに知らない男がいるのが気にくわないんだろう。

「それに関しては別にお前と張り合う気はないよ」

「いや、張り合えよ」

 なんなんだよ!?

「みーちゃんの側にいられることを誇りに思えよ。そしてその立場を守ろうと必死になれよ。まあ、それでも私には敵わないけどね」

 そう言って、魔王のように悪い顔で笑った。

「お前、めんどくさいってよく言われないか?」


 その時、深恋が戻ってきた。


「お待たせ」

「おかえり、みーちゃん!」


 深恋に向けるキラキラした笑顔は、さっきまで悪役面だったやつとは思えない。こいつ……


「接客のお手本として、茉由さんに来てもらったの」

 その言葉の通り、深恋の背後から皇が姿を出した。

 あ、マジか……!

「茉由さん、りっちゃんに接客のお手本を見せてくれませんか。茉由さんの接客、可愛くてつい目で追っちゃうくらい素敵だから」

 深恋の言葉に、皇は口元が緩むのを必死でこらえていた。

「し、仕方ないわねぇ。そういう事ならよく見ておくのよ」


 そう言って客席の方に視線を下ろすと、俺と目が合った。

 皇はあからさまに顔を逸らした。


「ごめん、やっぱり手本は晶に頼んでくれる? 店長に頼まれてたこと思い出したから」

「あ、はい……分かりました」

 皇は汐姉がいる奥の部屋の方へ歩いて行った。


「茉由さん、どうかしたのかな……?」

 深恋が呟く。


 やっぱり、俺は皇に避けられているみたいだ。

 

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