第39話 憧れ

「え?」

「キラって呼んで欲しいって頼んだのは、亮太に私の正体を知られたくなかったからなんだ。亮太は気づいていないみたいだったから」

「へぇ……」


 学校の廊下でキラと亮太が一緒に歩いているところを見かけたことがある。あんな距離でいるくせに2人が同一人物であることにも気づかないなんて……よっぽど節穴か、あるいは「王子」で「友達」というフィルターが隠してしまっているんだろうか。


「でもこの前、亮太には本当のことを話したからいいの。こんな私でもいいって言ってくれたからそれで十分」


 こんな私、という言葉に引っかかったけど、私の言いたいことはきっと亮太が言ってくれてるんだろう。


「そういうことなら分かったわ」

「だから晶って呼んでよ、今」

「いま?」

 

 これまでがあだ名みたいな感じだったから、急に本名で呼ぶなんて恥ずかしい感じがする。私は手元のグラスに視線を落とした。


 すると彼女は私の方に手を伸ばしてきて、髪を1束すくった。その王子のような仕草に胸がキュッとなる。


「ほら、呼んでみて」

「……なに、してるのよ」

 やっとそれだけ口にした。

「だって、照れてる茉由が可愛くて。つい」

 

 私は顔を逸らした。


「あ、晶はどうして亮太に話そうと思ったの?」

 横目で窺うと、晶は満足そうに微笑んでいた。


「それは亮太のことが好きだって気づいたからだよ」

「へぇ、亮太のことが好き……好き!?」

「茉由、静かに」

 そう言われて、慌てて口を押さえた。


「亮太のことが好きだから、私達の関係を前に進めるために本当のことを話そうって決心できたんだ」

 そう話す晶は頬を少し赤く染めて、まさに恋する乙女の顔をしていた。


「こ、告白とかは……?」

「好きとは言ったんだけど、友達として好きっていう意味だと思ったみたい。でもどうせこれからたくさん伝えていくから、少しずつ分かってもらうつもり」

「……いいな」

「茉由?」

 晶の不思議そうな顔を見て、ハッと我にかえった。

「あ、えっと……いいなって言ったのは、その……私が恋をしたことがないから」


 運命の人と出会って恋に落ちるのが夢で、ずっと追い求めてきた。それでもまだその相手に出会えない私にとっては、恋というものすら想像上のものだ。


 晶は馬鹿にするようでもなく、優しく微笑んだ。


「私も最近やっと分かったんだよ。ありのままの自分を認めてくれる、かけがえのない存在。これが恋だって気づいた瞬間から、亮太がなんだかキラキラして見えるんだ」


 その時、小さい頃にお母さんから聞いたことを思い出した。


――キラキラして見えて、直感的に『この人だ』って分かる時がくるのよ


 やっぱりそうなんだ……相手が突然キラキラと輝いて見えるような、そんな瞬間があるんだ!


 私はガタッと立ち上がった。


「聞かせてくれてありがとう! またバイトで!」

 空になったグラスを持って、足早にカフェを後にした。



 今にも全速力で走り出したいくらい、胸が熱くて一杯になる。

 もっと可愛くなろう。もっと賢くなろう。もっと器用になろう。

 私も、運命の相手と出会って恋がしたい!


 私の一番星はまた強く輝きだした。

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