第44話 私の運命の人

「なんでって、何が?」

「いい、何でもない。送ってくれるんでしょ」

 そう言って立ち上がると、駅へ向かって歩き出す。

「ああ……」

 俺は皇の背中を追った。



 そして、ついに生誕祭の日がやってきた。開店と同時にまゆの誕生日を祝いに来たキヨをはじめとする男達が席に揃う。


「なんか今日のメンバー、偏ってない……?」


 俺の隣に立つ皇は、お客たちのメンツを見て戸惑ったように言った。


 その時、バースデーソングが店に流れ出した。


「ハッピバースデートゥーユー♪~、ハッピバースデートゥーユー♪~」


 男達の野太い歌声が広がる。


「な、なによ? なんなの!?」

 皇は俺にしか聞こえない声で抗議した。

「おい、素が出てるぞ」


「ハッピバースデーディアまゆ、ハッピバースデートゥーユー♪~」


 曲が終わると同時に、俺達は手にしていたクラッカーを鳴らした。


「おめでとう、まゆちゃん!」

「誕生日おめでとう!」

「生まれて来てくれてありがとう!」


 皇は驚いていたけど、やっと状況を理解して嬉しそうに笑った。

 汐姉は皇の肩にポンと手を置いた。


「さあ、今日は私達で色々と用意をしているからな。まずはお色直しだ」

 



 深恋が担当した特別衣装はピンクと白を基調として、フリルとリボンがたくさんついたアイドル衣装のようなものだった。皇はもちろん、お客たちもすごく喜んでいた。


 姫野が担当した特別メニューは「まゆの好きな芋煮カレー」というものだった。皇の親戚が住んでいる山形には秋に「芋煮」という里芋と牛肉などを甘じょっぱく煮た鍋を食べる習慣があり、その鍋の締めにカレールーを入れるのが美味しいと姫野に話したことがあったらしい。

 初めて食べたけど、いつものカレーにはない和食の風味があってすごく美味しかった。こちらも皇とお客に好評だった。


 そして最後は俺の企画が残っていた。まずは皇の前に大きな花瓶をのせたテーブルを用意する。そして俺はみんなの前に進み出た。


「まゆの誕生日を祝いたいお客さんから花のプレゼントです」


 俺の言葉を合図に、客席に座っていたキヨが立ち上がった。そして花瓶の前まで歩み寄る。


「まゆちゃん、誕生日おめでとう。君に似合う可愛い花を贈ります」


 そう言って、手に持っていた薄ピンク色のカーネーションを一本、花瓶に挿した。


 お客たちは皇にお祝いの言葉を言って、思い思いの花を花瓶に挿す。客席の全員の分が終わると、用意した花瓶は色とりどりの美しい花で彩られた。


 皇は花瓶の隣に並んだ。そしてゆっくりと客席を見回す。


「みんなの想い、ちゃんと伝わったよ。本当に、本当にありがとう……♡」


 初めての生誕祭は大成功で幕を閉じた。


 

 閉店後、キッチンは俺と汐姉、フロアは深恋達で分担して片付けをすることになった。


 片付けも大体終わり、最後にグラスの拭きあげをしていると、先に作業が終わった汐姉がフロアに出て行った。


「片付けも終わったところで、茉由の誕生会始めるか」

 汐姉が言った。

「まだやるの!?」

 皇は驚いたように顔を上げた。


「さっきはメイドとしての『まゆ』の生誕祭で、これからやるのは仲間の『茉由』の誕生会だからな。また別物だ」

「ええ……? いや、嬉しいんですけど……」

 そう言って、照れたように髪の毛を指でくるくる巻く。


 少し気まずくて、俺は作業が残っているフリをしてキッチンから4人の様子を眺めていた。キッチンに隠していたブツはきっと、汐姉にだけはバレている気がする。


 深恋はテーブルの上に小さな紙袋を置いた。


「私からはヘアオイルです。茉由さんの髪綺麗ですし、このヘアオイルの甘くてフルーティーな香りが茉由さんのイメージにピッタリだったんです」

「え……ありがとう。嬉しい」


 姫野は茶色いものがみっちり入ったタッパーを置いた。


「私からはぬか床。こういうの好きでしょ?」

「す……きだけど! さっきの芋煮カレーといい、あんたのチョイスはなんで全部茶色いのよ! カレーも美味しかったけど!」

「盛り上がってきたところで、私からはケーキな」


 そう言って、汐姉は三段重ねになったフルーツケーキを置いた。フルーツの飾り切りや飴細工で作ったバラが華やかに彩っている。さすが元・本職。


「店長さん、すごいですね」

「まあ、大事な茉由の誕生日だからな。気合を入れて作ったよ」

「私達も一生懸命選びましたもんね、晶さん」

「何件もぬか床見て回ったね」

 皇は上を見上げた。

「茉由、泣いてる?」

 姫野の言葉に、皇はパッと顔を下げた。

「泣いてないし! でも……本当に嬉しい。こんなに家族以外の人から誕生日を祝ってもらうのなんて、初めてだから」

 汐姉たちは皇の側に移動した。

「なっ、なによ……」

「可愛すぎる」

「はい、可愛すぎます」

「ツンデレか」

 そう言って3人は皇を抱きしめた。

「なによぅ……」

 みんなの腕の中で皇は口を尖らせた。


 なぁ、これでみんなからの愛は有り余るほど受け取ったんじゃないか?




 ケーキをみんなではち切れるほど食べた後、皇が俺の側にやってきた。


「あんたからは何もないの? 花瓶の企画はしてくれたみたいだったけど、花は挿してなかったし」

「まあ、一応あるけど……」


 俺はキッチンから紙袋を持ってきて、皇に渡した。


「お客との打ち合わせで皇にどんな花が似合うかって話になった時、みんなの考えとちょっと違うなって思ったんだよな。小さくて儚い感じより、もっと明るくて堂々としたイメージの方が俺はしっくりきたんだよ。だから用意はしてたんだけど、花瓶に挿すと一本だけ浮くかと思って」


 紙袋から取り出した、一本の黄色いガーベラとそれに似た花をモチーフにしたヘアピンを見て、皇は固まった。もしかして、外した?


「気に入らなかったら俺がもらっとくよ。今度カフェチケットでも送るからさ……」

 そう言って花に手を伸ばすが、フイっと横を向かれてしまった。


「皇あの……」

「ねえ、この花の意味知ってる?」

「え、意味?」

「そうよね……知るはずなんてない」

 小声で呟くと、俺の方を向いた。


「返してなんかあげないから」


 心なしか少し赤くなった顔でそう言うと、店の奥の方へ走って行ってしまった。

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