第12話 スカウトチャンス

「はぁぁぁぁ……」

 俺は机に突っ伏して深いため息をついた。


 昨日、店から学校に急いで戻ってスカウト対象を探した。それでやっと見つけた一学年の噂の美少女に声をかけたら、「あなたが深恋先輩の友人だなんて認められません。けっ」と吐き捨てられた。深恋は信仰心の強いファンが多いらしい。

 今朝も眠い目をこすって早く登校したけどスカウトは上手くいかず、泣く泣く教室へ戻ってきたのだった。


「おはよう、亮太」

 その声に顔を上げると、姫野が立っていた。

「おはよう。ああ、そうだ。昨日、姫野が紹介してくれた子が店に来てくれたよ。ほんと助かった。ありがとう」

「そう。よかったね」

 そう言って姫野は後ろの席に座る。俺は顔を近づけて声を潜めた。


「それにしてもびっくりしたよ。姫野はキラと知り合いだったんだな。初めて見たけど、噂以上の美人だったよ」

「へぇ? そう」

 姫野はそう言いながら手元に視線を落として荷物の整理をしている。声の調子から察するに機嫌はよさそうだ。


「メイド服を試着してたんだけど、それも超似合っててさ。クラシカルって言うの? ロングのメイド服がキラの凛とした雰囲気とピッタリだったんだよ。しかもクールなだけじゃなくて可愛さもあってさ」


 俺の言葉に姫野の手が止まった。


「ふ、ふぅん?」

「メイド服についた大きめのフリルとクールな雰囲気とのギャップで可愛さも兼ね備えてるから、理性が飛びそうになってやむなく視界を封じたよね」

「へ、へぇ? それは、よ、よかったね……?」


 そう言いながら、姫野はバッグからペンケースを出したり仕舞ったりしている。一体何をしてるんだ。まあ、そんなことより、


「それに、黒髪が……」

「もうその話は分かったから。そろそろ授業の準備したら?」

 そう言われて時計を確認すると、もうそんな時間になっていた。

「うわ、マジか! ロッカーから教科書持ってこないと!」

 俺は慌てて席を立った。


「ほんと、ばか……」

 なぜか姫野が罵倒の言葉を吐いたように聞こえた。



 昼休み、スカウトのために一人で教室を出た。

 噂の美少女じゃなくても、とにかく声をかけてみるしかない。こっちは生活が懸かっているんだ。


 そんな意気込みで始めたが、女子には声をかけただけで怪訝な顔をされ、スカウトの本題に入る前に「急いでるから」とか適当な理由で断られる。まあ俺はイケメンでもないし、分かってはいたけど、それはそうなんだけど……世間とは世知辛せちがらい。


「はぁ……」


 二年の教室がある階は突き当りまで歩いてきたけど成果なし。仕方ない、この階は諦めて一年の教室がある階へ降りよう。

 俺は振り向いた。


「うわ!?」

「きゃっ!?」

 その拍子に誰かとぶつかった。


「ごめん、大丈夫か?」

 そう言って正面を向くと、そこにいたのは「学年の三大美少女」の1人である皇茉由だった。


「あ……」

 皇は動揺したような声を漏らし、困った顔で俺を見上げた。


 これはチャンスなんじゃないか? 個人的な感情はこの際置いておいて、皇のポテンシャルなら汐姉の期待にも十分応えられるし、声をかけておいて損はない。


「皇、あの……」

 その瞬間、困り顔だった皇がパッと表情を変えた。

 口元に手を当て、くるっとした瞳で上目遣い。

「偶然ぶつかるなんて、私達、運命なのかもしれませんね♡」

「ただの不注意です。すみません失礼します」


 俺は早足でその場を去った。やっぱりあいつはダメだ。男なら誰でもその「きゅるん♡」で落ちると思っている。いくら顔がよくても、好きになれないやつは親戚の店には紹介したくなかった。



 放課後もしばらく声をかけて回ったけど、そのうち部活へ行ったのか、それとも帰ったのか、廊下に人がいなくなってしまった。

 

 俺は仕方なく店に向かった。ノックして扉を開ける。

「汐姉、何かやること……」

「あ! お疲れ様です、亮太君」

「亮太」

 そう言って出迎えたのはメイド服姿の深恋とキラだった。


「は……っ!」

 瞬時に視界を手で隠す。大丈夫、大丈夫……昨日は初見だったから攻撃力が高かっただけ。ちょっとずつ慣らせばなんてことはない。

 指の隙間を開いてそこから覗き見る。


「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 目の前には心配そうに俺の顔を覗き込む深恋(メイド服装備)がいた。


「やっぱ無理!」

 慌てて出口から飛び出すと、何かとぶつかった。


「ぎゃ!?」

「きゃあ!?」


 そこに立っていたのは……え、どうして皇がここに……?


「なんだか騒がしいな。どうかしたのか?」

 後ろを振り向くと、汐姉が店の奥からやってきた。そして、皇の顔を見て早足でやってくる。

「メイド希望か! 嬉しいなぁ。さあ、入って」

 そう言って皇の腰に手を回して中へ引き入れる。

「メイド……? え、あの……」

 あっという間に皇は椅子に座らせられた。


「ちょっと、汐姉……!」

「何だ?」


 汐姉を強引に店の端まで連れてくると、声を潜めた。

「あいつはやめた方がいい。多分店の地雷になるぞ」

 メイド同士ともお客とも、面倒ごとを起こしそうな気しかしない。

「地雷になったらその時は私がどうにかする。問題ないな」

 そう言って皇の元へ戻っていった。

「え、ちょっと!」

 顔がよければ誰でもいいのかよ! このどメンクイ従姉は!


「待たせて悪かったね」

 上機嫌の汐姉は皇の向かいに座った。


 汐姉は俺の忠告なんて聞かないと思ってはいたけど……さて、どうするか。

 すると、深恋とキラが俺の隣にやってきた。

「亮太、彼女も勧誘したの?」

「いや、俺はしてない。それなのにどうして店の前にいたんだろ」

「わ、わひゃひ! ひゅめらぎひゃんとおひゃなししたことにゃいでしゅ……」


「お名前は何て言うのかな、お嬢さん?」

「皇茉由です♡」

 さっきまでは動揺した様子だったのに、いつの間にかいつもの「あざと女子」の顔に戻っている。

「茉由か。いい名前だな。茉由はメイドとしてここで働いてくれるってことでいいのか?」

「その前に、彼と話をさせてくれませんか。出来れば二人っきりで……♡」

 そう言って、皇は俺の方を向いた。

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