第3話 差出人と迷推理

題名は書かれていなかった。

表紙はまだ新品のように綺麗に形を保っている。


姉が置いていったのか?

そんな素振りは無かったが。

不思議に思いながら、一ページずつ、なんとなく慎重にめくる。


それはおそらく社会の板書ノートであった。

常に一定の大きさの綺麗な字で、赤や青といった色も混じりながら美しい面を作っていた。

十五ページほどめくるとその右のページからは、純粋な、真っ白な無垢のページが続いていた。


白紙だと思ったその右のページをよく見てみると、下のほうに何やら小さめに、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気の文字が、一文を連ねていた。


『今度は一緒にゲームしましょう』


筆跡が板書のものとほぼ同じだった。

ノートの持ち主と同じ人が書いたのか。

こんな言葉を俺に書けそうなのは姉しかいないが、これは姉のものではないだろう。

面倒くさがりで早とちりな姉は、こんな回りくどいことはしない。

ましてや、こんな綺麗な字でもない。


ならば、誰か。

Xしかいないだろうな。


差出人の見当をつけた俺は、このノートのからくりについて、一人で議論するのだった。



    *    *    *



数日後、姉がまたXを家に連れてきた。

Xは今日も勉強道具を持参していた。

しかし、この前とは何か違う。


ああ、服か。私服なんだ、今日は。

この前は学校終わり、荷物だけ置いてすぐに家に来たから、そのまま制服だった。

しかし今日は日曜日。学校もないので、私服だ。


俺は姉の友達には何人も会ったことあるし、彼女らの私服姿も見たことある。

そして同じようにXも何もおかしくない普通の私服であったのだが、俺はそんなXにどこか違和感を覚えた。


理由を探すように俺が注視していると、Xは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。



姉たちは今回も二人で勉強をするらしい。

終わったら三人でゲームをする、という二度目の正直的な確約を交わし、俺はまた自室に籠った。


自室ではゲームはしなかった。

あとでゲームはするはずだからそのときのために楽しみはとっておく、なんて理由もあったが本当の理由は違った。

今の俺には、ゲームの進捗よりも、あのノートのからくりの解明のほうが大事だと思ったのだ。


というのも、俺はノートの件を姉に隠していた。

特に隠さなければいけない理由なんてなかったが、Xがわざわざノートを使って置き手紙のようなことをしてきたのは、おそらく姉にバレてはいけないからだろうと俺は予測した。


なぜバレちゃいけないか。

俺は一人での脳内議論の末、思いついた。


姉はいつも俺に勉強をしなさい、と年上気取りをして勉強を催促してくる。自分のことは棚に上げて。

最近の姉はXと定期的に勉強をしているようだから、おそらく今は勉強のやる気がある時期なんだろう。

つまり、俺にも勉強を強要する時期、ということでもある。

しかし、最近姉に勉強しろと言われた記憶は無い。

これらの状況から俺はある一つの推理をした。


姉は俺にゲームをさせずに、俺が自ら勉強をするのを待っているんだ、と。


姉が最近Xと二人だけで俺を入れずに勉強をしているのも、実は部屋で二人ゲームをしていて、バレないように俺をハブってんだろう。

そして、俺がゲームをしようと姉の部屋に向かったときに、すぐにXを帰らせた。

そのあと、俺のことを気の毒に思ったXが俺を心配して、励ましの置き手紙をくれたんだ。


我ながら名推理である。



あれ、でもこの前Xが帰ったあと姉とゲームしたな。

結局、俺は真相が分からないままだった。

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