75分の1の鬼

芝草

僕とボクと2つの願掛け

 これは、僕が彼女にプロポーズをするまで物語だ。

 あるいは、が75分の1の鬼たちと、文字どおりの鬼ごっこをする物語だ、とも言える。


 ……奇妙な説明だということは、自身もよく分かっている。

 でも、世の中、本音とタテマエがあるように、表があればウラがあるものだろう?

 つまり、僕からみたら、ありふれた男のプロポーズという物語も、から見たら、鬼ごっこの物語になることだって、あるかもしれない。


 ことの起こりは数年前。彼女との初デートにすっかり浮かれてた僕の、恥ずかしい願かけがきっかけだ。


 初デートの季節は桜が散り始めたころ。天気は少し汗ばむくらいの晴れ。行き先は、地元の神社だった。

 江戸時代の商人の古い町並みが保存されているという、地元の観光スポットの中にその神社はあった。


 地元ではありがちなデート先だけど、僕にはちゃんと意図があった。

 なにせ、歴史とパワースポット巡りが好きな彼女を意識したチョイスだったから。


 さらに、僕は彼女との会話のネタもバッチリ準備していた。

 たとえば、その神社は、地元じゃそこそこ有名な由緒ある厄除け神社だ、とか。

 境内から海が見えるスポットがある、とか。

 やんごとなき理由で75体に分裂した鬼が、神社の神様にお仕えしているという伝説がある、とか。


 ……まぁ、僕が3分で検索して集めたネタだけど。


 もっと盛り上がるようなネタを探して来いって? 確かに。

 でも、話のネタばかり準備する訳にはいかなかったのだ。

 彼女が喜びそうなレストランの予約とか、服のコーディネートだとか……やることはたくさんあったから。


 そして迎えた初デート当日。僕はすっかり浮かれていた。そりゃもう、が見ていて恥ずかしくなるくらいに。で、その浮かれっぷりがピークになったのが、彼女と一緒に例の神社を参拝した時だ。


 僕と彼女は並んで社殿の前に立ち、お賽銭を投げ、鈴を鳴らし、手を合わした。

 その時、僕はちらっと横目で見たのだ。目を軽く閉じ、なにやら真面目に祈る彼女の横顔を。


 大学のゼミで知り合った彼女は、よくしゃべり、よく笑う人だった。小柄で華奢なせいか、同い年なのに幼く見えて、一緒にいると子犬と遊んでいるような気分になったものだ。だけど、読書とか講義の最中とかで見かけた真面目な表情は、清楚で凛としていて。

 ……つまるところ、そのギャップにやられた、というか。もう、僕の好みのど真ん中をブチ抜かれたっていうわけだ。


 で。

 やわらかい春風の中、真剣に祈る彼女の横顔を見てしまった僕は。

 恥ずかしながら、もう、すっかりロマンチックな気分になっていたのだろう。


 思わず、こう祈ったのだ。


 彼女とずっと一緒にいたい。なんなら、結婚したい。って。


 その結果、どうなったかって?


 まず、1つ目の祈りは、神社の神様がちゃんと聞いてくれたらしい。

 僕と彼女は大学を無事に卒業。社会人になった現在でも、交際は継続している。

 厄除けで有名なハズなのに、縁結びまで応じてくれたとは。賽銭箱に投げた5円玉じゃ、足りないくらいに感謝している。


 そして、2つ目の祈りの成果は――本日決行予定のプロポーズの結果次第、と言ったところなのだ。

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