第28話 最初で最後

「行ってきます」


始まりは、普段と変わらぬ挨拶から始まる。


「行ってらっしゃい。優美ちゃんと応援に行くからね。優太頑張れ!」


「母さん、ありがとう!」


扉を開けるとおばさんが立っていた。


「おばさん…………おはよう」


「…………心配なさそうね」


「うん!」


「それじゃあ〜テッペン取りにいくわよ」


「うん!!」


全国大会の開催地まで移動するバスの中は、思ったよりリラックスしていた。


賑やかな車内。おばさんは本を退屈そうに読み、剣持先輩は瞳を閉じて話しかけられる様子では無かった。


かくいう俺もイヤホンで耳を塞ぎ外の景色を見ながら車内を過ごした。


会場についた俺達は控室に案内され準備する。


(先輩どこいった…………開会式始まるんだけどな)


剣持先輩を探していると、誰かと談笑していた。


「剣持先輩!もうすぐ始まりますよ!!」


「優太。すまない、では先輩失礼します」


「あぁ、期待してるよ剣持。…………もしかして君が神谷か?」


「はっはい」


「そうか……………、期待してるぞ新星」


見知らぬ男はそう言い残し観客席へと去って行った。


「先輩、今の人は?」


「去年卒業された前主将だ」


「前の主将…………」


「とても素晴らしい技量を持たれた方だ。今度改めて紹介しよう」


「はい…………あっ先輩それよりも開会式始まります!」


「そうだったな。ゆくぞ優太。我々で新たな歴史を創るぞ!」


「はい!」


俺にとって初めてで剣持先輩にとって最後の大会が始まった。


幾らおばさんにみっちりシゴカれたと言っても、期間から考えれば付け焼き刃に過ぎずベスト8に残ったのは剣持先輩だけだった。


「なにしてんのよ」


控室で膝に腕を置き拳を握りながら座り込む俺におばさんが声をかける。


「……………」


「剣持の剣技を見て学びなさい。それが今あんたがすべきこと」


「俺…………悔しいよ、おばさん」


「なにいっちょ前に悔しがってんのよ、あんた始めてまだ数ヶ月でしょうが!?」


「……………」


「団体戦より結果は残したんだから、こんなとこでヘコんでんじゃないわよ」


「俺…………まだまだ弱いのかな?」


「……………」


「今のままじゃ、また必要な時に守りたい人を守れないのかな?」


「馬鹿ね、あんたはこの数ヶ月で強くなったのは間違いないわよ。少なくともあんたの手が届く範囲の人間なら守れるくらいには」


「!?」


「それに、正直ここまでいけるとは思ってなかった」


「えっ」


「初戦で終わると思ってたけど、2回も勝ち上がったじゃない。…………よくやったわ」


「あっ」


俺の顔がおばさんの身体に包まれる。俺の瞳の防波堤は崩壊した。


「ったく。ガキじゃないんだから…………」


そう言いながらも、おばさんは俺の顔を身体から離さなかった。



「ありがとう。おばさん」


「さぁ、剣持の有終の美を見届けるわよ」


「うん」


会場に戻る俺達。会場では2人の剣士がしのぎを削りあっている。電光掲示板を確認すると女子決勝と書いてある


「ちゃんと勝ち上がったみたいね」


おばさんが関心して腕を組む。電光掲示板の対戦者の名前の片方は、『剣持薫』と書かれていた


静まり返る会場で響く竹刀の音。両者の掛け声が会場を揺らす。


剣持先輩は相手の剣技を華麗に捌き、一瞬の隙を確実につくスタイルを得意としている。だが決勝の相手はその隙が一切無く果敢に攻めてくる、俺から見れば余裕そうには見えるが、はたから見れば防戦一方の不利な展開に写る。


「あんたはどう見てる?」


「いつもの先輩だと思う。けど相手が強くていつもの先輩だとこのままじゃ判定で負けると思う」


「そうね。剣持が一皮剥けれるかが勝敗に直結しそうね」


「先輩・・・・・」


「・・・・・剣持はこんなものじゃないわよ」


「おばさん?」


「あの娘のポテンシャルはこんなものじゃない」


なにか確信めいた表情で剣持先輩を見つめるおばさん。


一方の当人は至って冷静であった。


(この者は強いことは事前に把握していたが、まさかこれほどとはな・・・・・!?どこからか強烈な圧を感じる・・・・・これは・・・・・高野先生?)



出し惜しみするんじゃないわよ剣持


(そうか・・・・・そうでしたね。私が背負うモノは優太のいる剣道部だけではない・・・・・私にはそれ以上に背負ったモノがある!)


一度間合いをとる剣持先輩。


(なに?掴みどころのない相手とは思ってたけど、この雰囲気・・・・・ヤバい)


対戦相手の足が竦む


「先輩が攻めた!?」(しかもなんて迫力・・・・遠目からでもわかる)


相手が怯んだ隙を見逃さない剣持先輩


「そうよ。本来あんたはそれだけの事が出来るはずなのよ」


「おばさん?」


「剣道で埋もれるような人材じゃない」


「イッポン!!!」


高らかに審判の声が響き会場が湧く。お辞儀をする両者。面を外した剣持先輩は満面の笑みで応援席から聞こえる祝福の言葉に手を振って応えた。

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