幻想世界の変革旅行

榊原修

プロローグ 何事も突然始まる

 ウォーレリア王国。それは、強固な壁の中に築かれた、今の世界でいうと、中世の国のような見た目をした異世界の定番のような国だった。他との違いを挙げるのならば、所々に現代的な物品があることと、その壁に存在する防衛機能が約1000年間一度も使われていないことだろう。そう、世界は平和だった。


 その日もまた当たり前のように穏やかな時間が流れていた。最近他国で色々と物騒な事件が起きているという話はこの国にも届いており、大小の差はあるが、人々は危機感を抱いていた。だが、自分の国は大丈夫だろうと、誰もが無根拠な自信を持ってもいた。何せ1000年間争いなんてなかったのだから。


 皆さまもご存じだろうが平和とは突然崩れるものだ。この国にも当然例外はない。


 城内では最近起きている他国での事件について会議が行われていた。ここ数日間何度も話し合ってはいるが、これといった案が出ることもなく時間が過ぎ、会議が終わろうとしていた。その瞬間、円卓の中心に突如灰色のマントを着て、フードで顔を隠した人間が現れた。その人間は、ぐるりと視線を回し全員が座っていることを確認すると、口元を楽しげに歪め、おもむろに話し始めた。


「やぁやぁ、ウォーレリア王国の諸君。初めまして。今日も今日とて無意味な会議お疲れ様ですと言っておこうかな? 元気かーい?」


 その人間の声は中性的であり、全てを受け入れるようなやさしさと、全てを軽蔑しているような冷酷さを同時に感じるような、不思議な響きをしていた。


「な、何者だ⁉ どうやって侵入したんだ⁉」


「何者か? そうだねー君たちが最もわかりやすい言い方をするならば、ちょうど会議に出ていたもろもろの事件の首謀者、テロリストといったところかな? どうやってやったかは自分たちで考えなよ。想像くらいはできるだろう? それに、そんなことはどうでもいいことさ」

「今君たちが考えるべきことは、このぼくが現れたという事実のみ。そう、この国もほかの国と同じように滅茶苦茶にしに来たということだけさ。わかったか~い?」


「――こっ、攻撃しろーーー‼ こいつを倒せ!」


 どこまでも、どこまでも楽しそうに話し続けるその存在に彼らが抱いたのは恐怖だった。そして侵入者を排除すべく、魔法や武器を用いて攻撃を開始した……が。


「おや、今までに比べてかなり攻撃してくるのが速いね。武器の携帯もしているようだし。多少は変化しつつあるってことかな。良いことだね。ま、無意味なんだけど」


 何もいないかのように、あらゆる攻撃がその人間をすり抜けた。


「当たらないよ、君たちの攻撃はね。だーかーら、さっさとやめた方がいいよ。この後のことのためにもね」


 攻撃が一切当たらないことに脅え、困惑しながらも、全員が攻撃を止めたのを確認すると、わざとらしく咳払いして口を開いた。


「さて、何から話そうかなー。あぁそうだ、ぼくの姿と声はこの国にいる全ての人間が認識しているよ。幻覚とかじゃないから安心してねー。いや安心はできないか。ハハハ」


 その人間の言っている通り、声は直接脳に響いており、姿は窓や鏡など様々な媒体を通じて映し出されていた。


「っと、脱線したね。まず、ぼくはこの国を滅茶苦茶にしに来たわけなんだけど、滅茶苦茶にするっていうのは何もこの国を破壊しつくすとか、国民を皆殺しにするとかそういうことをするわけではない。いやまぁ君たちの選択次第ではそうなる可能性はあるんだけど……おっと口が滑った」

「1000年以上前、この国は常に怪物や人間に襲われ続けていた国だった。それ故にこのような防衛設備が造られたわけだね。まぁ今は一切使われてないわけだからもったいないよねー。というわけでだ、これを見たまえ。壁の外の様子が映っているから」


 そう言って、その人間は頭上に映像を映した。そこには、国の周辺を大量の怪物が埋め尽くしている光景があった。国民たちは絶句し、信じたくないとでも言いたげな表情で画面を見つめていた。


「嘘みたいな光景だよね。当然、現実なんだけど。さて、君たちには選択肢がある。あの怪物たちを殺しつくすか、あきらめて死を選ぶか。あぁ、逃げることは不可能だからねー」


「……なぜだ。何でこんなことをするんだ貴様は⁉」


 そう、国王らしき人物が叫んだ。これはウォーレリア王国全員の意思だった。訳も分からずこんな状況に巻き込まれ。理不尽に命を失うかもしれないようなことを受け入れられるはずがない。


「なぜねぇ……理由なんてどうでもいいじゃん、と言いたいところだけど、まぁ教えてあげるよ。それは――ぼくがやりたいと思ったから。それだけさ」


 怪物を目撃した時以上の静寂が国中を包み込んだ。そして誰もが理解した。この人間が本気でそう言っていることを。


「さぁさぁどうするんだい諸君。戦わなければ死ぬだ言いけだよ? 戦ったら生き残れる可能性があるんだよ? あ、そうそう言い忘れてた。喜ぶべきことに怪物達はあと一時間くらいは動かないよー。つまり攻撃し放題さ。今ならきっと行けるってほらがんばれがんばれー」


 彼らはまともな戦いなど一度たりともしたことはなかった。だが、このままでは理不尽に死んでしまう。それは嫌だと、武器防具を手に取り、防衛設備を起動し始めた。そして――。


「いやはや、実に素晴らしい。お見事だよ諸君。君たちは生き残った。本当におめでとう」


 彼らは生き残った。怪物を殺し尽くし、全員、というわけではないがかなりの人数が。


「予想以上だよ。やはり感情というものは素晴らしい力をもたらすねぇ……さて、多少なりとも戦えるようになってきただろうから。第二ラウンド、行っちゃおうか」


 そう言って指を鳴らすと、さっき倒した怪物の何倍もの数と大きさの怪物が、再び周囲を埋め尽くしていた。先ほどまでは理不尽への怒りを糧に戦うことができていた国民もその圧倒的な絶望を前にして打ちひしがれていた。


「というわけで次はこいつらと戦ってもらうよー……って言いたいところだけど、安心するといい。これと戦ってもらうのはしばらく後だから」


 その人間が再び指を鳴らすと、怪物たちは何もいなかったかのように消えた。


「3年後だ。3年後に彼らは君たちを襲いに来る。それまで訓練するなり、あきらめて余生を過ごすなり、好きにするといい。あぁ、今度は別に逃げることはできるよ。まぁ逃げた場合逃げた先に彼らが出現することになるんだけど。そういうわけだから、頑張るといいよ。あと、ぼくはもう帰るよ。それじゃあまたね。楽しみにしてるよー」


 そして、その人間もまた、幻のように消えた。国民たちは今自分が生きていることの喜び、3年後再びこのような地獄に巻き込まれることへの恐怖、ほかにも様々な感情を同時に味わった。


 平穏に包まれていた王国はたった数時間で変わり果てた。一人の少年がそうしたいと思った。ただ、それだけで。




「いやーー実にいい気分だねぇ。ああやって人々が必至に戦っているすごくいい。今のこの世界では全く見られないものだからこそより強くそう感じるよ」

「そうじゃの。あれほどの争いを見たのは実に久しぶりじゃ。あの壁が機能しておるのも見れて、懐かしい気分じゃのう」


 灰色のマントを着た二人のヒトが並んで歩いていた。そのうち一人の声はウォーレリア王国に現れた人間と同じであり、今はフードを外していた。その顔は声と同様に中性的であり、髪は銀色、眼は碧く輝いていた。

 もう一人は黒の長い髪と鋭い紅色の目を持ち、二本の角を待った鬼の女性だった。十代にも見える外見をしていながらなぜか老婆のような話し方をしていた。


「にしても、まさかあそこまでうまく事が運ぶとはの。お主扇動の類がうますぎやしないか? 前にやったことでもあるのか?」

「うんあるよー。あれは確か二つ目の国だったかなぁ。直接やったわけではないけど。お偉いさんを洗脳していろいろと、ね。まぁ……いっぱい死んだね」

「うむ。なかなかに外道なことをしておったようじゃの。そう考えれば今回のは大分やさしめじゃの。お主にしては。人がほとんど死んでおらん」

「まぁね。本来はこういう風に可能な限り人死には出さないほうがいいんだよ。たとえ彼らが平和ボケしきった進むことのできない赤ん坊のような存在であっても、生かしておけば何かを生み出す可能性があるからさ。一応ね」

「事実とは言え、すさまじく辛辣じゃの」

「当然でしょ。1000年間何も進展しなかったんだから。彼らはこれくらい刺激を与えなきゃ何も変わりやしない」


 二人はこの世界においていわゆるテロリストや革命家と呼ばれる存在だ。二人の目的はこの停滞した世界を動かすこと。そして――


「今回のを見て思ったのじゃが、お主、毎回あやつらに選択肢を与えているんじゃが、実際のところ一つしか選ばせる気がないのではないか?」

「そんなことは……あるけど」

「あるんじゃな」

「そりゃあるでしょ。だってそうなったほうがおもしろいんだから。つまらないことにはなって欲しくないしねぇ」

「……おもしろいから、か。うむ、実にお主らしいの」

「でしょおー。 そもそもこの旅をしているのも全部楽しむためなんだから。やることなすこと全部楽しいほうがいいよねー」


 その長い旅路を、全力で楽しむこと。


「今回は裏方での作業が大半じゃったからの。次はわしがメインでやらせてもらうぞ?」

「うん。もちろん構わないよ。裏方でこそこそやるのも、結構おもしろいからねー」


 彼らは自由気ままに世界を動かしていく。この世界に生きる人々がだれも望まぬ方向へと。


 これは彼らの記録。世界を変えていく、進み続ける者たちの旅路だ。





あとがき

 皆さん初めまして。榊原修さかきばらしゅうです。週一~二回くらいのペースで投稿する予定なので、どうぞよろしくお願いします。

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