第33話 勇者? ボッコボコにしてやりますよマジで!②
「あ~あ。服が汚れちまった。マジでサイアクだぜ……」
立ち上がった勇者が、サラサラとした自慢の金髪をかき上げる。
まるでちょっとのぼせた後の風呂上がりのようなテンション。
ミーサの放った魔法の直撃を受けて尚、勇者はまるで平然としていた。
一方の俺はと言うと、目の前の光景にただただ絶句していた。
「な……あ……」
起き上がったこと。
それ自体はいい。勇者が回復魔法を使えることは織り込み済み。
なんならここからが本番とさえ思っていた……だが。
「……うそ、だろ」
“こんなもの”――決して想定などしていなかった。
「いやぁ、奇遇だなぁ……まさかオマエもオレと同じ系統の魔法が得意とはなぁ。どうだ? 折角だから比べてみようぜw」
意地の悪い笑みを浮かべながら、勇者は天に向かって腕を掲げた。
「はは……」
思わず笑ってしまう。
青空だった空にどす黒い雲がかかり、ゴロゴロと雷神の太鼓の音が鳴り響いている。
降り注ぐ紫色の光は勇者を取り囲むようで、さながら巨大な稲妻のカーテンのようだ。
超常現象。天変地異。終末世界。
そんな言葉が浮かんでくる。
そりゃ笑っちまっても無理はないだろう。
「…………ッ!!」
チラリと見ると、やはりミーサも空を見上げて絶句していた。
圧倒的すぎる実力の差に絶望する表情。
「なんで……って感じか?」
「!?」
「言っとくけど、別に何も仕込んでないぜ。これがオレの素のチカラってこと」
素のチカラ……?
勇者はそう言った。
俺もミーサも、すぐには意味を理解できなかった。
「簡単な話だ。たしかにオレはダメージを負ったし回復魔法もかけた。おかげで魔力はMAXに比べて1割かそこら」
そうだ……そのはずだ。だから相当弱っているはず……。
「で、その残った魔力で作ったのがコレ」
勇者が頭上を見上げる。
「つまり、オマエらはオレの本気の1割にも満たねーってこと。これぞまさしく実力の差。どう? わかった?」
「…………は?」
い、1割……? これで……?
こんな空から竜でも飛び出してきそうなありえない光景を……本来の実力の十分の一で生み出してるって……?
――はっきり申し上げて、勝ち目はほぼゼロでしょう。
騎士団長であるレオルグの言葉を思い出す。
ハハ……こんなもの……“ほぼ”でもなんでもないだろ……。
今更ながら実感する。
相手が魔王を倒した勇者であるということを。
言いたかないが、たしかにこれは英雄の持つ力だ。
歯向かう方がどうかしている。
――でも。
「……ふぅ」
「あん? なんだ、その顔? てっきり土下座して助けてくださいって言うかと思ったのに」
自分を落ち着かせるように息を吐いた俺に、勇者がつまらなさそうな顔をする。
「したら助けてくれるのか?」
「するわけねぇだろバーカw」
チッ……ほらな。そうくると思った。
このクソ勇者がそんな慈悲深いわけない。
ああよかった。せめて期待外れの行動ができて。
これで俺も心置きなく――。
「おじさん……?」
――命を投げ出せる。
不安げに呟くミーサを無視し、俺は勇者へ特攻した。
「うおおぉぉぉッ―――――!!!」
「うっざ。ザコがイキってんなよ」
ピシャァァァァアアアアアッッッッ―――――!!!!
降り注ぐ紫電が俺を襲う。
目で追える速度ではない。光ったと思ったときには視界が飛んでいた。
痺れるとかそういう次元ではなく、全身が沸騰するような熱と衝撃が俺の身体を駆け巡った。
「おじさんッ!!」
「クク。はい、まず一丁上がり」
常人なら一撃で軽く2、3回は命を絶てそうな、そんな威力の攻撃。
そして俺は、紛れもなくその常人に位置する人間だった。
糸の切れたマリオネットのように、俺はフラリと地面に倒れ込ん――。
――ダンッ!!!
「なッ……!?」
勇者の顔が驚愕に歪む。
それはこの戦いが始まって以来、彼が初めて見せた動揺だった。
しかし、それだけのことが目の前で起きていた。
「なんで……なんでまだ立ってんだテメェッ!?」
倒れかけながらもかろうじて踏みとどまった俺に、勇者が絶叫した。
放ったのは必殺の一撃。生き残るなどありえない。
あまつさえ、そこからさらに動くとは。
動揺を隠せない勇者は、半狂乱になりながら雷を放ち続けた。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
「ぐぅ……うぅっ……!」
耐える。
いくつもの雷を叩きこまれながら、俺は勇者へと近づいた。
「死ねっ……ハァ……! 死ねっ……ハァ……!」
「……ッ! ……ッ!」
耐え続ける。
もはや足が地面についている感覚もない。視界も霞んでいる。それでも俺は進んだ。
そして、辿り着く。
「テメェ……マジでいい加減に―――」
「うぉぉおおおおおおっ……!!!!」
最後の稲妻を耐えきり、俺は決死の覚悟で勇者へと飛びついた。
だが攻撃手段はない。武器もなく、あっても振るう余力もない。
ただ抱き着いただけ。
だが、それで十分だった。
ほんの少し、勇者の動きを食い止められれば。
「今だッッッ!!! ミーサァァッ!!!」
「!!!」
俺の叫びに、何が起きているのか分からず固まっていたミーサが反応する。
打ち合わせなどしていない。
けれどミーサは俺の意図を理解し――杖を構えた。
「なッ……!!?? テメェまさかっ……やめろおおぉぉッ―――――!!」
気づいた勇者が目をひん剥いて叫ぶ。
へっ、やったぜ。そういう顔が見たかったんだ……。
ドゴォオオオオオオンッッッッッ!!!!!
ベランダに轟音が響く。
ミーサの渾身の雷撃が、俺もろとも勇者を飲み込み壁に激突する。
まるでトラックの事故現場のような凄惨な光景。
壁には建物には大穴が開き、俺と勇者はふたり仲良く地面に放り出された。
まともな人間なら即死級の衝撃だった。
「つっ……うぅ……」
「おじさん!」
ミーサが俺のもとに駆け付ける。
死ぬかと思った……。
全身に激痛を走らせながらも、俺はミーサに支えられかろうじて身体を起こした。
「ぐっ……な、ぜだ……」
「!」
同じく生き残った勇者が絞り出すように呟く。
自分の攻撃がなぜ効かなかったのか。それが不思議でしょうがない顔。
驚いた……まさかしゃべれるとは。
とはいえ虫の息。もう反撃もできないだろう。
仕方ない……種明かしをしてやるか。
「それだよ……」
俺は重たい腕をゆっくり動かしながら地面を指さした。
そこには、先端の欠けたMRBが瓦礫とともに転がっていた。
無論、これだけでは何のことか分からないだろう。
一見すると投げられた拍子にどこかにぶつかって欠損したようにしか見えない。
だが、事実は異なる。
「その欠けた部分、実は自分で折ったんだ。折って、すり潰して、で粉末にしてから……飲んだ」
知ってのとおりMRBは魔法を無効化できる。
それは加護のように付与されたものではなく、材質に宿るものだと武器屋の店主からは聞いていた。
ならば……と俺は粉末にしたMRBを飲み込むことで、体内に魔法を無効化する成分を取り込めないかと考えたのだ。
結果はご覧の通り。
「要は全身魔法無効化人間になった、ってことだな」
「「!?」」
俺の言葉に、ミーサも勇者もそろって目を見開いた。
「いつの間に……」
「悪いな、黙ってて」
このことはミーサにも告げていなかった。
だからこそ勇者と同様に驚いている。
言わなかったのは、ひとえに確証がなかったから。
理論上できそうだと思っただけで、効果を確かめる時間はなかった。
一か八かの賭けを作戦に組み込むわけにはいかないと、あえて黙っていたのだ。
実際、やはり不完全ではあった。こうしてダメージは負っている。
粉にしたとはいえ食べ物ではなく金属だ。ちゃんと消化されるわけもない。
全身……などと言ったが、正確には肉体の隅々まで効果が行き届いているわけではない。
だが、俺にとってはそれでも十分だった。
即死さえしなければ……つまり、勇者の隙さえ作れれば。
「オマエら……よくも……! こんな……ただですむと、思うなよ……!」
己が出し抜かれたと知り、勇者の顔に悔しさと絶望が滲む。
けれども立ち上がるだけの余力はさすがになく、せいぜい肘をついて上半身を引き起こすまでだった。
と、そんな勇者の前にミーサが歩み出る。
「ただで……? そうだね。もちろん、これで終わりなわけない……」
言って、ミーサは右手の指をピンと伸ばした……さながら抜身の刀のように。
「私はアンタを許さない。これでようやくパパの無念を晴らせる……」
「ひっ……!?」
怯えた表情で勇者が後退る。まるで地を這う虫のように。
それを追いつめるミーサは、さながら駆除者だ。
これまでの想いをすべて込め、ミーサは右手を振り上げた。
その意味も威力も、何度もこの身に受けた俺にはよく解っている。
「――ッ!!??」
だからこそ、その手を振るわせるわけにはいかなかった。
「……どいて」
立ちはだかった俺に、ミーサは静かに呟いた。
「……ダメだ」
「どいて」
「だめだ」
「どいてッ!!」
懇願するような叫び。
けれど、俺も一歩も引く気はない。
すでに勝敗は決した。ここで満足するべきだ。
それにレオルグさんとも約束していたしな。無論、言われずとも止めるつもりだったが。
こんなバカな男のために、この子が重い罪を背負う必要はない。
「ダメだ……それをやってしまったら終わりだ」
「終わりじゃない……このまま終われるわけなんてないっ!」
「……ペロをひとりにするのか?」
「ッ……!?」
ミーサの顔色が変わる。
ハッとした……というわけではない。
見て見ぬふりをしていた事実を指摘された、そんな顔。
たぶん分かっていたのだろう。
たしかに騎士団は見逃すと約束してくれた。だが、それで今後の安全がすべて保証されるわけではない。
王子である勇者を殺せば、王家が黙っているはずがない。仇を討とうと、どんな手を使ってでも地平線の果てまで追いかけられる。
捕まれば極刑は確実。
そうなれば唯一の家族を失ったペロは路頭に迷うしかない。
だからこそ俺は、ミーサは止まってくれると信じていた。
家族を失くしたつらさを誰より知っている彼女ならばきっと……と。
「…………」
ミーサが右手を下ろす。
その姿を見て、俺はホッとした。
よかった、これで後はこの場所を離れるだけ……。
ダダダダダッ―――!
「!?」
聞こえたのは、雪崩のように駆け込んきた足音。
「なんで……」
俺は言葉を失った。
なぜならば、現れたのは来るはずのない来訪者だったから。
大量の部下を引き連れ登場したのは、騎士団長――レオルグさんだった。
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