第16話 師――覚醒の兆し――①

 翌日。


 俺は朝から営業している居酒屋にいた。

 とにかく飲みたい気分だったのだ。


 目が覚めたとき、残念ながら俺のクソダサ金色ブーメラン(正式名称:MRB)はすでに草原のどこにもなかった。

 恐らく危険物としてメスガキに回収されてしまったようだ。


 ちなみに武器屋に確認したら次の入荷予定はしばらくないらしい。

 たしかにあれほどの性能だ。早々量産できるものでもないのだろう。


 結局、俺の手元に残ったのは200万Gのローンだけだった。


 ……しかし、飲みたい理由は落ち込んでいるからではない。


 カラン。傾けたグラスの中で氷が鳴る。

 琥珀色の液体が喉に染み込んでいく。


「フゥ……」


 俺は噛みしめるように呟いた。


「…………おっぱい」


 生で拝むのは初めてだった。

 ずっとスマホやPCのモニター越しにしか存在しないものだとばかり思っていた。


 瞼に焼き付いた光景に思いを馳せる。

 俺はまたウィスキーの入ったグラスを傾けた。


 本当はこういうときバーにでも入れればかっこいいのだろうが、そういうお洒落なところは無理だ。作法が分からん。うっかり恥をかいたらせっかくのいい気分が台無しになってしまう。


 ちなみに断っておくが、俺は酒に強いわけではない。むしろどちらかというと弱い方だ。

 だが、今日は止まらなかった。


「――おやおや。ずいぶんと幸せそうな顔をしておるのぅ。なんぞ良いことでもあったのかい?」

「え」

 ふと隣を見ると、同じくカウンターの席にいたじいさんがこちらを覗いていた。

 これは失敬。そうか、俺は笑っていたのか……自覚がなかった。


「どれ、この老いぼれにもひとつ幸せをお裾分けしてくれんかの?」

 自分のとっくりとお猪口を手にじいさんが隣の席へと移動してくる。


 気づけば、俺は生まれて初めておっぱいを生で拝んだ話をしていた。

 じいさんはまるでテストで100点を取った孫の自慢話を聞くかのように、嬉々として耳を傾けていた。

 奇妙な時間だった。


 奇妙と言えば、自分の行動にも驚いている。

 根が陰キャの俺にとって、飲み屋で他人と仲良くなるなんて普段なら想像もつかない。

 それどころかまず居酒屋でひとり飲みなんてことがもうありえない。マックと吉野家が関の山だ。

 そんな俺がたまたま出会った赤の他人とこうして下ネタで花を咲かせる日が来るなんて……。


 これもおっぱい効果か。

 おっぱいは人に社交性をもたらすのかもしれない。


「……なるほど」

 ひとしきり話を聞き終え、じいさんがしみじみと頷く。

「おっぱいを初めて生で見た……と。たしかに、あれは良いものじゃ」

 ふふ、そうでしょうとも。


「だがまだ甘い……!」

「!」

 途端、じいさんは力強くお猪口をカウンターに置いた。


「おっぱいとは触ってこそ真価を発揮するもの。観賞物にあらず。今のお主はまだ夢を見て喜んでいるにすぎん」

「……!」


 さ、触る……!?


 そのじいさんの言葉は、酔いの回った俺の頭をガツンと殴りつけてきた。


「た、たしかに……」

 俺はまだあの感触を知らない。これではただ妄想にリアリティさが増しただけだ。

 まるで買おうかどうか迷っているプラモデルを通販じゃなく店舗に直接完成品を見に行って、それだけでもう満足して帰って来てしまっているようなもの。


 くそ、なんて浅はかだったんだ俺は……!


「師匠……と呼ばせてください」

「うむ。よかろう」


 この日、俺は人生において初めて師と仰ぐ存在と出会った。


 まさか異世界でそんな人に出会うことになるとは。

 人生とはなんて摩訶不思議なんだ。


「とはいえ師匠。相手は強敵。そう簡単には触れられません。頼みの綱のMRBも失ってしまって……今の俺ではとても……」

 悔しいがメスガキは強い。魔法という強力なアドバンテージがある。

 そしてその魔法を無効化する術を失ってしまった俺に、勝ち目があるとは思えない。

 これでは胸を触るなど夢のまた夢だ。


 だが、悔しさを滲ませグラスを握りしめる俺とは裏腹に、師匠は明るく笑った。


「ほっほ。それならばよい手がある」

「え! 本当ですか!?」

 馬鹿な。いったいどんな手があると言うんだ……?


「なに、簡単なことじゃ。

「え……」




 できんの!?

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