第13話 正直相手がガキだと思って遠慮してました。もう武器を使います③

 昼。決戦の刻。


 俺が勝負に選んだ場所は草原ではなく、以前逃走した際に入った森だった。


「ふぅ……」


 果たして成功するだろうか……?

 いや、大丈夫。弱気になるな。タイミングさえ間違わなければ、必ずいけるはずだ……!


 太い木に身を隠し、息を潜める。

 俺はただただジッと “その瞬間”を待っていた。



 そして、ヤツは来た。



「あ~あ。またこんなところに逃げ込んで。懲りないおじさんだなぁ」

 森の入り口付近に降り立ったメスガキは、やれやれと肩をすくめた。


 思ったよりも早い到着。

 恐らくはピンポイントでこの森へと向かってきたのだろう。


 このメスガキ……やっぱり発信機以外にも何か俺を探す手段を持っているな。

 こっちはまだ姿も見せてないのに、真っすぐ俺の方に向かってきやがる。これじゃ隠れても意味ねぇじゃねえか……。


 メスガキが近づいてくる。その足取りは自信満々。距離がみるみる縮まる。


 ……行くしかないか。

 俺は覚悟を決め、タイミングを見計らって木の影から飛び出した。


「よくここが分かったな」

「あ、出てきた。あのさ、私も暇じゃないんだよね。メンドーだから草原にいてくれた方が助かるんだけど。別に抵抗なら好きなだけしていいからさ」

「く……」

 つくづく生意気な……なんで俺がお前なんかの都合に合わせなきゃいけないんだよ。つーか人の話を聞け。


 ……フッ、まあいい。

 そんな余裕ヅラかませられるのもここまでだ。今日の俺は一味違うぞ。


「悪いが、お前は今日ついに負ける」

「へー」

 信じてない、というより興味なさそう。やめろ、爪をイジルな。


「くっ……いいだろう。なら見せてやる。俺の秘密兵器を」

「秘密兵器?」

「ああ……“コイツ”だ」


 ――スッ。


「!?」

 その瞬間、メスガキの顔色が変わった。


 なんでそんなものがここに……?

 その瞳はまるでそう告げているようだった。そして……。


「――プ」

「!?」

「アハハハ! なにそれ? ?」


 爆笑だった。

 俺が背中に隠していたブーメランを引き抜くや否や、メスガキは腹を抱えて笑い転げた。


「そんなのが秘密兵器って……子どもじゃないんだからw も~ダメだよ、おじさん。いいトシなんだからそういうのは卒業しないとw」

「…………」

「しょうがないなぁ。まあでも、ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいよ。かわいいそうだしw じゃ、投げてあげるから貸して。あ、キャッチのときはちゃんと口でねw」

「…………」


 う、うっっっぜぇ……!!!


 なんだこいつ! なんでブーメランひとつでこんなに人を煽れるんだ!? 煽りのプロかよっ!!

 つーかキャッチは口で……じゃないんだよ!! 犬か俺は! そもそもそれフリスビーでやる遊びだろうが……!


 しかし、これはある意味チャンス。

 相手は完全に油断しきっている。


 やってやる……ここで決めてやる!


「うおおぉぉぉっ!!」

 渾身の力を込めた投擲。

 放たれたブーメランは高速で回転し、空中に大きな弧を描いた。


 が、しかし。


「プ。どこ投げてんのおじさん」

 ブーメランは外れた。それも大きく。


 無残、としか言いようがなかった。

 猛然と明後日の方向へと飛んでいったブーメランは、そのままみるみる遠ざかっていく。


 攻撃は失敗。

 そんな空気が場に流れる。


 その瞬間――――4メスガキを襲った。


「――――っ!?」


 突然の出来事にメスガキの目が大きく見開かれる。

 今度こそ正真正銘の信じられないと言った表情。


 やった! 成功だ!


 一方、俺は心の中で叫んだ。


 そう、これこそ俺の必勝の策。

 いきなり矢が飛び出したのも、場所を森に選んだのも、あるいは木の影から飛び出すタイミングも含め、すべては計算によるもの。


 遡ること30分前――。

 武器屋を後にした俺は、その足で雑貨屋へ向かった。

 目的は細くて丈夫な糸。これこそがこの作戦の肝。


 その後森へと向かった俺は、すぐさま糸をブーメランとクロスボウのトリガーへとそれぞれ括り付けた。

 これによりブーメランの投擲により伸びきった糸がトリガーを引っ張り、指で引かずとも矢を射出できる装置を作ったのだ。

 結果、連動した4丁のクロスボウが同じタイミングで矢を射出することになる。


 あとは簡単、見つからないようにクロスボウを隠すだけ。

 そして対象が射程に入ったところでブーメランを全力で投擲すれば、死角からの4方同時攻撃が完成する。


 これぞ名付けて……『あっちもこっちもクロスボウ作戦』!!!


 ちなみにこの場合、例の罠除けの加護は発動しない。

 なぜなら今回の策はどちらかというと攻撃。不意を突いたが、あくまで一人で同時攻撃をするための工夫に過ぎない。これならば罠には該当しない。


 クク、我ながら完ぺきな策だ。惚れ惚れするぜ。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ――。

 放たれる4本の矢。


 まさかこんなにうまくいくなんて……。

 時間の関係上、試し射ちはブーメランとクロスボウ1対による1回だけだった。4丁同時はこれが初めて。

 成功するかは賭けに近かった。


 だが、俺は賭けに勝った。


「……ッ!?」

 上下左右、死角を含む全く別の4方向からなる一斉攻撃に、さしものメスガキも反応できていない。


 ――とった!!


 もはや回避も防御も間に合わない。

 俺は勝利を確信した。


 やったぞ! ついに……ついに俺の――。


 ――ペシ。


「……へ?」

 ペシ?


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。


 クロスボウの矢はほぼ同時にメスガキへと着弾した。

 しかしその刹那、4本とも呆気なく地面へと墜落した。


 まるで……見えない何者かに軽く手で叩き落とされたかのように。


「……【対物理障壁アンチマテリアルバリア】」

 メスガキが小さく呟く。


 ……え? なんて? アンチ――?


「物理的な攻撃を遮断する魔法。魔力の込められていないただの矢じゃ、この防御を突破するのはほぼ不可能……ってこと」

 ……えぇ。なにそれチートですやん。

 終わった……完全に虚を突いたと思ったのに、そんな奥の手があったなんて……。


 あ~あ、最悪だ。どうせまた馬鹿にされる。

「ムダな努力ごくろうさま。ブーメラン遊びは楽しかった? ププ」とか煽られるに決まってる。ちくしょう……。


 しかし、そんな俺の絶望とは裏腹に、メスガキの反応は違った。


「惜しかったね、おじさん」

「……え?」

 その声は、どこか優しげな口調だった。


「まさかブーメランとボウガンを連動させてくるなんて。森を選んだのも仕掛けを隠しやすくするため。木から飛び出したタイミングも、私がここで立ち止まるように狙ったんでしょ?」

「あ、ああ。まぁ……」

「やっぱり。やるじゃん、ほんとにビックリしたよ。ところで、武器なんてどうやって手に入れたの?」

「それは武器屋で……最近仕事はじめて給料が入ったから」

「! へぇ。ちゃんと稼いで買ったんだ。偉いじゃん」

「……別に褒めるようなことでも。一応大人だし」

「ううん、えらいえらい。ちょっと見直しちゃった」

「……ッ!」

 な、なんだ急に……いったいどういうつもりだ……?


 全くもって予想外のメスガキの反応に戸惑う。ハッキリ言って不気味だった。

 しかし、なにかを企んでいる様子もない。あくまで自然体。


 もしかして本当に労われているだけ……? 完全に下に見ていたはずの俺に意表を突かれ、考えを改めて見直した……とか?

 でも、まさかこのメスガキに限ってそんな……。


 などと戸惑っている間に、近づいてきたメスガキが俺の前で立ち止まった。

 そして、ニッコリとほほ笑む。まるで我が子のがんばりを讃える母のように。


「じゃあ、がんばったおじさんにはご褒美をあげようかな」

「!?」

 ご、ご褒美……? おいおいマジでどうしたんだ……?

 いやダメだ、どうせ罠だ……でも、この状況でわざわざ俺を騙す必要があるか?


 すでに決着はついた。俺にはもう為す術がない。

 であれば、メスガキにとってはいつも通りあとは手刀を振るうだけで事足りるはず。


 もしかして、信じていいのか……?


「お前……」

「――なんて、?」

「え?」

「有り金全部出して。慰謝料」


 ……うん、知ってた。


 さっきまでの温かみはどこへやら。

 問答無用で俺のポケットに手を突っ込んだメスガキは、容赦なく財布を抜き取って中身を検めはじめた。


「ちょ、おまっ。それは俺が汗水流して働いた金――」

「うるさい。こっちはケガするとこだったんだから」

「いや、お前普段俺になにしてるかわかってんのか……!?」

「げ。すくなっ。もしかしてほとんど武器に使っちゃったの? サイアク」

 聞いちゃいねぇっ!



 ザシュ。



「今度から無駄づかいはやめること。いい? わかった?」


 ……あ、悪魔だ。




☆本日の勝敗

●俺 × 〇メスガキ


敗者の弁:子どもにカツアゲされた……。(吉川)

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