遠因近因

むろたに しずか

1話 自動販売機

 S県T市、とあるビルの5階にある自動販売機。

補充係である栗田は、午前中にその自動販売機の補充を行っていた。

補充と言っても商品の補充だけでなく、おつりの残量確認、本体の軽い点検も仕事の内だった。そんな作業を朝から晩まで続ける。大変のようだが対応エリアによっては移動時間の方が勤務時間を上回ることもあり、これまでの経験から言わせてもらえばそれほど過酷でもない。



 午後2時頃、別エリアで補充作業中に、午前中に作業をした自動販売機の追加補充を行って欲しいとオペレーターから連絡が入った。

どうやら、100円のおつりがなくなってしまったため補充して欲しいというのだ。



 確認した時には十分におつりが含まれているはずだったが、運悪く使い切ってしまったのだろう。彼はルートを確認した後、補充したはずの自動販売機へ向かう段取りを決めた。



 栗田が到着したのは18時過ぎ。現物を確認したところ確かに釣り銭切れのランプが点灯していた。鍵を開け、中を開けてみると不思議なことに100円玉は切れていなかった。



 なるほど、これは機械の故障だなと思い小さな制御機のリセットのみ行った。

とりあえず作業が終わったことを報告するため、同フロアに入っている企業の受付電話に手を掛けた。聞こえてくるのは受付終了の音声案内のみ。5階に入っている株式会社フロンティアは17時に営業を終了してしまうので仕方のないことだった。


 仕方なくオペレーターに連絡して作業対応の旨を報告し、その場を離れることにした。




 作業車に乗って5分ほど移動した頃、再度オペレーターからまたですよと連絡があった。

 釣り銭切れ表示がまた出ているとのことだった。



 それならもう機械の故障だろう。それしかないと彼は思う。

 機械の故障のため今から向かっても、また同じ症状がすぐに出る可能性があった。

行くだけ無駄ですよ。この件は修繕部を手配しないとと伝えたが、どうしても今日中に対応して欲しいということなのだ。



 こういうクレーマーは実に多い。


 今日中にやれだの。置かせてやってるんだからできないなら自動販売機を撤去しろといった具合だ。大抵は事情を説明すれば後日で構わないと言ってくれるが、オペレーターが連絡してくるという時点で、それでは通用しなかったことを意味する。

ここで争っていても残業時間が延びるだけなので、こういう場合は潔くもう一度行くこと。


 そして、現地報告を行うためお客様の電話番号を控えた。



 栗田はすぐさまUターンして自動販売機の元へ帰ってきた。


 相変わらず釣り銭は十分であったが、釣り銭切れのランプのみ点灯していた。

補充係にできることはリセットと修繕部に引き継ぐために疑わしい場所がないか確認するだけだ。


 最初は気付かなかったが、配線の一部が切れているようにも見えた。こんなコードが飛び出てるのは見たことない。これが原因であれば交換は必要だ。




 ランプが消えたことを確認し、企業が用意してある受付電話に向かおうとした。

待てよ。そもそも、このフロアにある会社は既に営業終了しているはずでは?



 いや、受付電話が時間外対応だっただけで会社員は残っていたのだろう。

それならば、先ほど控えていた電話番号に直接掛けるしかない。クレーマーの部類だから報告を怠れば後で必ず面倒になる。ならなかった試しなど一度もない。栗田は仕方なく控えの番号に掛けた。




 その瞬間、ギョッとした。携帯の着信音が自分の後ろで鳴ったのだから。

 真後ろではない。だが5mも離れていないような距離感。

 自動販売機に反射で背面が映り込む場所を探し、後ろの様子を伺う。



 男が立っている。

 さっきまではなかった妙な威圧感を感じはじめる。



 彼がハッと後ろを振り向くと、男は立っていなかった。いると思った場所には何もない。

 首の辺りから腰まで何かが這うような気色悪さを感じた。そして、ゾゾゾと首の辺りにまた戻ってくる。



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 後日、彼は同じ現象をもう一度体験したという。

 仲間内でも有名であり、同じ体験をしたという者は多い。



 不思議なのは、思い返せばかえすほど、本当に着信音が鳴っていたのか、男が立っていたのかわからなくなる。2度体験した彼もよく分からないと言う。

目の前で事が起きたのを肌で感じるのではなく、そういう出来事が記憶にあるという感覚。



 ただ、栗田からこうやって今でも気軽に話が聞けるのだから害はないのだと信じたい。

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