子供達と神々の神楽 ～月の章～

胡蝶の夢の始まり Aパート

　澪（みお）と恵（めぐみ）と刻（とき）代（よ）は、刻（とき）代（よ）の支（し）配（はい）する夢（ゆめ）の世（せ）界（かい）に居（い）た。

　刻（とき）代（よ）から貰（もら）ったキーホルダーが消（き）えてしまった為（ため）、恵（めぐみ）は刻（とき）代（よ）にその事（こと）を話（はな）している。

「恵（めぐみ）。貴女（あなた）のキーホルダーが消（き）えてしまったのは、貴女（あなた）が今（いま）の自（じ）分（ぶん）に自（じ）信（しん）を持（も）てたからよ」

　そう言（い）った刻（とき）代（よ）に、恵（めぐみ）は聞（き）き返（かえ）す。

「どう言（い）う事（こと）」

「ア（・）レ（・）は他（ほか）の自（じ）分（ぶん）を望（のぞ）む思（おも）いの結（けっ）晶（しょう）。貴女（あなた）は自（じ）分（ぶん）で変（か）われたと思（おも）ったから、消（き）えて無（な）くなったのよ」

　刻（とき）代（よ）にそう言（い）われ、恵（めぐみ）は考（かんが）える。

（……私（わたし）は本（ほん）当（とう）に変（か）われたの？）

「……ねぇ刻（とき）代（よ）ちゃん、僕（ぼく）のはどうしてヒビが入（はい）ったの？」

　今（こん）度（ど）は澪（みお）が刻（とき）代（よ）にそう尋（たず）ね、刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「貴方（あなた）は一（いち）時（じ）的（てき）に変（か）わる事（こと）を否（ひ）定（てい）した所為（せい）よ。その後（あと）考（かんが）え直（なお）したから壊（こわ）れなかったけど……」

　そこまで言（い）って、刻（とき）代（よ）は申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうに恵（めぐみ）に向（む）かって語（かた）り出（だ）す。

「悪（わる）いけど恵（めぐみ）、あのキーホルダーが無（な）い以（い）上（じょう）貴女（あなた）の夢（ゆめ）の話（はな）しはこれで終（お）わりよ。記（き）憶（おく）を弄（いじ）らせてもらうわ」

　そう言（い）われた恵（めぐみ）は驚（おどろ）いて言（い）う。

「記（き）憶（おく）を弄（いじ）るって……」

　怖（こわ）がる様（よう）子（す）の恵（めぐみ）に、刻（とき）代（よ）は笑（え）顔（がお）で言（い）い返（かえ）す。

「怖（こわ）がらなくても良（い）いわよ。貴女（あなた）の記（き）憶（おく）からこの夢（ゆめ）や、この夢（ゆめ）に関（かん）係（けい）した私（わたし）や澪（みお）の記（き）憶（おく）を消（け）すだけだから」

　つまりそれは恵（めぐみ）が、今（いま）の二（ふ）人（たり）との関（かん）係（けい）を忘（わす）れてしまうと言（い）う事（こと）。

　恵（めぐみ）も澪（みお）も少（すこ）し寂（さみ）しい気（き）持（も）ちを感（かん）じるが、何（なに）も言（い）えない……

　……いや、前（まえ）の恵（めぐみ）なら言（い）わなかっただろう。

「ねぇ伏（ふし）見（み）さん、友（とも）達（だち）になってくれない……」

　恵（めぐみ）が無（む）意（い）識（しき）にそう言（い）うと、刻（とき）代（よ）は惚（とぼ）けた振（ふ）りをして言（い）い返（かえ）す。

「それは難（むずか）しいわね。もし本（ほん）当（とう）にその気（き）持（も）ちが有（あ）るの成（な）ら、恵（めぐみ）から学（がっ）校（こう）で話（はな）し掛（か）けて来（き）て。記（き）憶（おく）は無（な）くても気（き）持（も）ちは残（のこ）ってる筈（はず）だから」

　そう言（い）われ、恵（めぐみ）は始（はじ）めて心（こころ）から刻（とき）代（よ）と友（とも）達（だち）に成（な）りたいと思（おも）った。

　記（き）憶（おく）が無（な）くとも、今（いま）までの事（こと）を無（な）かった事（こと）にしない為（ため）に。

「……ありがとう。澪（みお）君（くん）もガンバって、良（よ）かったら仲（なか）良（よ）くしてね」

　恵（めぐみ）の言（こと）葉（ば）に澪（みお）からの返（へん）事（じ）は無（な）い。しかし少（すこ）しだけ頷（うなず）いた。

　そんな二（ふ）人（たり）を見（み）て刻（とき）代（よ）は話（はな）し出（だ）す。

「恵（めぐみ）、意（い）味（み）は無（な）いかも知（し）れないけど私（わたし）の正（しょう）体（たい）を教（おし）えてあげる。私（わたし）は夜（よる）の支（し）配（はい）者（しゃ）、月（つき）の神（かみ）、刻（とき）と満（み）ち引（ひ）きの主（あるじ）。本（ほん）当（とう）の名（な）前（まえ）はツクヨミって言（い）うのよ」

　それを聞（き）いた恵（めぐみ）と澪（みお）は驚（おどろ）いた。

　しかし二（ふ）人（たり）共（とも）驚（おどろ）いてはいるが、それと同（どう）時（じ）に何（なん）となく理（り）解（かい）もした。

　神（かみ）様（さま）なら、こんな不（ふ）思（し）議（ぎ）な事（こと）も可（か）能（のう）なのだろうと。

　恵（めぐみ）は刻（とき）代（よ）にお礼（れい）を言（い）う。

「まだあまり自（じ）信（しん）は無（な）いけど……　自（じ）信（しん）をくれる夢（ゆめ）をありがとう月（つき）の神（かみ）様（さま）、また明日（あした）学（がっ）校（こう）で会（あ）いましょう」

「もし明日（あした）、話（はな）し掛（か）けてくれたなら仲（なか）良（よ）くしてあげるわ」

　刻（とき）代（よ）がそう返（へん）事（じ）をすると、恵（めぐみ）は澪（みお）の方（ほう）に顔（かお）を向（む）ける。

「澪（みお）君（くん）、また明日（あした）ね」

　恵（めぐみ）がそう挨（あい）拶（さつ）をすると 、澪（みお）は俯（うつむ）いたまま返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「……うん」

「さようなら恵（めぐみ）、また明日（あした）」

　刻（とき）代（よ）が恵（めぐみ）にそう言（い）うと、恵（めぐみ）の身体（からだ）は光（ひか）りに包（つつ）まれ、その光（ひか）りは無（む）数（すう）の蝶（ちょう）の姿（すがた）へと変（か）わり恵（めぐみ）と共（とも）に消（き）えて行（い）く。

　恵（めぐみ）が居（い）なくなった後（あと）、俯（うつむ）いている 澪（みお）に刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「恵（めぐみ）の記（き）憶（おく）を弄（いじ）られるのが嫌（いや）なら、文（もん）句（く）を言（い）えば良（よ）かったじゃない。せっかく仲（なか）良（よ）く成（な）れたのにって」

　しかし澪（みお）からの反（はん）応（のう）は無（な）い。

「本（ほん）当（とう）に、自（じ）信（しん）が有（あ）るのか無（な）いのか分（わ）かんない子（こ）ねアンタ」

　そう言（い）う刻（とき）代（よ）に澪（みお）は尋（たず）ねる。

「……ねぇ、何（なん）で僕（ぼく）なの？」

「何（なん）の話（はな）しよ？」

「夕（ゆう）方（がた）の事（こと）……」

　澪（みお）にそう言（い）われ、刻（とき）代（よ）は澪（みお）が何（なに）を言（い）いたいのか理（り）解（かい）した。

　刻（とき）代（よ）は、 澪（みお）が自（じ）信（しん）より好（こう）奇（き）心（しん）を優（ゆう）先（せん）する子（こ）供（ども）だと確（かく）信（しん）している。

　だからこそ、夕（ゆう）方（がた）に好（こう）奇（き）心（しん）を煽（あお）る様（よう）な言（い）い方（かた）を澪（みお）にしたのだ。　

「もし貴方（あなた）が私（わたし）に協（きょう）力（りょく）してくれるなら、最（さい）近（きん）起（お）こっている事（こと）の真（しん）実（じつ）を教（おし）えてあげる。貴方（あなた）はやってみたい？　やってみたく無（な）い？」

　そう刻（とき）代（よ）に問（と）われ、澪（みお）は答（こた）える。

「やってみたい。でも太（たい）耀（よう）君（くん）達（たち）とは戦（たたか）いたくない……」

「なら別（べつ）の自（じ）分（ぶん）になれば良（い）い。貴方（あなた）はどんな自（じ）分（ぶん）になりたい？　太（たい）耀（よう）の様（よう）に友（とも）達（だち）の前（まえ）で自（じ）分（ぶん）の意（い）見（けん）が言（い）えて、立（た）ち回（まわ）りたい？　それとも葉（よう）司（じ）の様（よう）に丈（じょう）夫（ぶ）な体（からだ）と体（たい）力（りょく）が欲（ほ）しい？　私（わたし）の力（ちから）で、協（きょう）力（りょく）してくれる間（あいだ）は好（す）きな貴方（あなた）に変（か）えてあげる。自（じ）信（しん）は現（げん）実（じつ）の行（こう）動（どう）だけで付（つ）くとは限（かぎ）らない、夢（ゆめ）から貰（もら）える自（じ）信（しん）もある筈（はず）よ」

　澪（みお）は刻（とき）代（よ）にそう説（せつ）明（めい）され、不（ふ）思（し）議（ぎ）そうに聞（き）き返（かえ）す。

「別（べつ）の自（じ）分（ぶん）？」

「貴方（あなた）、本（ほん）当（とう）は戦（たたか）いたくないとは思（おも）って無（な）いでしょ」

　刻（とき）代（よ）にそう言（い）われ、澪（みお）は戸（と）惑（まど）い言（い）う。

「そんな事（こと）……」

「断（ことわ）ったら、私（わたし）は貴方（あなた）とは別（べつ）の子（こ）を探（さが）す。そうしたら貴方（あなた）は今（いま）までの事（こと）を忘（わす）れ、前（まえ）の貴方（あなた）に逆（ぎゃく）戻（もど）り」

　そう言（い）って、刻（とき）代（よ）は澪（みお）に責（せ）を向（む）けた。

「……嫌（いや）だ、そんなのは嫌（いや）！」

　力（ちから）強（づよ）くそう返（かえ）した澪（みお）は思（おも）う。

（忘（わす）れたくなんかない、僕（ぼく）は……）

　一（いっ）方（ぽう）、刻（とき）代（よ）は微（ほほ）笑（え）んでいる。

　自（じ）分（ぶん）の思（おも）った通（とお）り、事（こと）が運（はこ）んでいる事（こと）に。

　刻（とき）代（よ）は微（ほほ）笑（え）んだまま澪（みお）の方（ほう）に振（ふ）り返（かえ）ると、優（やさ）しそうに言（い）う。

「これは貴方（あなた）の夢（ゆめ）。出（で）来（き）る出（で）来（き）無（な）いなんて関（かん）係（けい）無（な）い、自（じ）分（ぶん）の為（ため）だけに答（こた）えを出（だ）しなさい」

　澪（みお）はそう言（い）われ、暫（しばら）く俯（うつむ）いて沈（ちん）黙（もく）した後（あと）顔（かお）を上（あ）げると、刻（とき）代（よ）に言（い）う。

「……やる。僕（ぼく）に協（きょう）力（りょく）させて」

「何（なん）の話（はな）しかしら？」

　からかう様（よう）に刻（とき）代（よ）がそう返（かえ）したので、澪（みお）は今（こん）度（ど）は少（すこ）し力（ちから）強（づよ）く言（い）い返（かえ）す。

「僕（ぼく）に太（たい）耀（よう）君（くん）達（たち）と同（おな）じモノをちょうだい！」

「まぁ、30点（てん）ぐらいか？　コレは御（お）礼（れい）よ」

　そう言（い）った刻（とき）代（よ）は、澪（みお）の前（まえ）髪（がみ）を上（あ）げて額（ひたい）にキスをした。

（！）

　突（とつ）然（ぜん）の事（こと）に驚（おどろ）き、硬（こう）直（ちょく）している澪（みお）に刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「少（すこ）し目（め）を覚（さ）ましてもらうわよ」