第2話 借りたモノを返さなかった一族の末路 壱


 時は進み、時代は令和。大きな日本家屋の一室で、化粧台で身嗜みを整える女子高生がいた。


「寝癖もなしっと……よし、いつも通りね!」


 私の名前は月城雅、高校二年生。日本人にしては珍しい蜂蜜色の長い髪に、光の加減でオレンジ色に見える茶色の目をしている。背は148センチ。自分で言うのもなんだが、胸は少し大きい方ではある。


 ただ、人と少し違うところは妖の類を引き寄せやすい霊感体質ってところ。後はちょっと変わった住み込みのアルバイトをしてるって事以外は、至って普通の女子高生だ。


 え? なんで女子高生が住み込みのアルバイトをしているのかって? 実は私の両親は数年前に他界しちゃってるの。だから、こうして住み込みで働いても心配されないし、なにより大好きな人と一つ屋根の下で暮らせる事が、とっても嬉しくて堪らないんだ!


「よーっし、行くぞ〜!」


 お弁当を鞄に入れ、玄関に移動する。綺麗に揃えたローファーに足を入れ、爪先を床でトントンと蹴り、玄関をガラッと開けると、庭に生えている金木犀の匂いがふわりと香る。


 二つの門柱の上に鎮座してある白い稲荷像に、「おはようございます! 白妙様、綱手様! 学校に行ってきますね!」挨拶をすると、黄金の目がキラリと輝き、ギョロッと眼球が動いた。


『雅、気を付けて行くんだぞ!』

『そうよ。雅はおっちょこちょいだから、走っちゃ駄目だからね。後、変なところに入って妖をくっつけて来ないように』


 稲穂を咥えている稲荷像の名前は白妙様。とある神社の神主から依頼があり、神社に祀ってあった白妙様の怒りを鎮める為に力を抜き取った縁で、栗花落家にやってきた稲荷神だ。性格は一言でいうと豪快。喋っていて楽しいし、人型をとった時は私が作った料理を美味しそうに食べてくれる。


 もう一柱の稲荷像の名前は綱手様。ある日、白妙様が嫁が欲しいと信介さんにごねまくり、とある神社から丁重にお迎えした稲荷神。位はかなり高いと聞くが、どれくらいの高いのか人間である私には分からない。けど、綱手様はとっても優しくて大好きだ。


「はーい、わかってまーす! あっ、信介さん! 学校に行ってきますね!」


 玄関の前で箒を掃いているのは私の雇い主、栗花落《つゆり》信介さん。雇い主とアルバイトという関係だが、いつかはお互いを思い合うような、真剣なお付き合いを彼としてみたいと密かに願っているが、今のところ進展はない。


「あぁ、気を付けてな」


 信介さんに微笑みかけられるだけで、胸がドキドキと高鳴ってしまう。これはかなり重症だと自覚はあるが、好きなものは好きだから仕方ないのだ。


(はぁぁ〜、今日もカッコいいです、信介さん♡ 涼しげな目元がまたカッコいいし、サラサラの黒髪も風に靡いていつも以上に美しいっ♡)


 そんな彼の職業は退魔師だ。私の体質を生かして、よく妖を誘き寄せる餌として仕事に駆り出されたりもたま〜にする。本当にたまにだけど。


 そんな化学が発達した現代でも、妖や心霊現象の類の祓ってほしいという依頼が絶えない。占いもできるから女性客も多いんだけど、明らかに信介さんに好意を寄せて帰っていく人達が多いから、私としてはちょっと複雑だったりする。


「雅、このままだと遅刻するんじゃないか?」

「へ? 遅刻?」


 信介さんにそう言われて我に返り、スカートのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、時間を確認する。現在の時刻はなんと八時過ぎ。信介さんの家から学校まで約十五分。走らないと朝礼に間に合わない。


「ひゃ〜〜、ヤバイヤバイ! どうしよう、走って行かなきゃっ! こうなったら近道しちゃおう!」

「気を付けて行くんだぞ。綱手にも言われただろうが、お前はおっちょこちょいなんだ。変な所を通って妖をくっ付けてこないように」

「はーーい、行ってきます!」


 信介さんに手を振ってから猛ダッシュで私は通い慣れた道を駆け抜けた――そう、ここまでは良かったのだ。


◇◇◇


「うぅ〜〜、せまぁぁぁぁいっ!」


 私は鞄を頭上に掲げたまま、大きな声を発した。

今、細い路地を蟹歩きで通り抜けている最中だ。


 この狭い路地を出れば学校の正門近くに出る。ちなみに、ここはマタタビ酒と引き換えに猫又に教えてもらった、妖が出ない安心安全な道だ。


「急げ急げ〜! 一限目は……あぁっ、歴史のマツケンじゃん! あの先生、ネチネチ嫌味を言うから嫌いなんだよなぁ……」


 私はブツブツと文句を言いながらも、なんとか狭い路地から抜け出す事ができた。スカートに付いた花粉や砂埃を軽く払い、気を取り直して顔を上げる。


「よぉーし、いくぞ……って、大丈夫ですか!?」


 近くのブロック塀に寄りかかったまま動けない女子生徒がいた。手に持っていたであろう通学鞄は地面に落ち、中身が足元に散乱している。彼女の顔色は真っ青で、私の問いかけにも返事が出来ないくらい体調が悪い様子だった。


 彼女は黒縁眼鏡をかけ、長い茶色の髪を三つ編みのおさげにしているのだが、なんだか左右のバランスがおかしい。編み込みも部分的に緩かったり、途中で毛がピョンと出ていたりしていたから、少し不器用な子なのかな? と勝手に思っていた。


「大丈夫? 凄く顔色が悪そうだけど……もしかして、女の子の日?」


 私はすぐさま女子生徒に駆け寄った。顔色が悪いから生理痛なのかと思ったのだが、女子生徒は小さく顔を左右に振る。


「違うの。身体の……左側が痛く痛くて」

「左側? 左側がどうかしたの――」


 私は絶句してしまった。彼女の左半身は黒いモヤで包まれており、特に左腕は肌が見えないくらいに真っ黒に染まっていたのだ。


(なんなの、この黒いモヤは!?)


 信介さんの所でアルバイトをしてるから分かる。恐らく何かの呪いの類だと思った。直感的にコレは私が触っちゃダメなヤツだ。取り憑かれたら、一貫の終わり。そんな気がしてならなかった。


「うっ……」


 女子生徒はついに立っている事が出来なくなり、頭を押さえてその場でしゃがみ込んでしまった。私は足元に落ちていた生徒手帳を見やる。


「ごめん、先生を呼んで来るから生徒手帳見せてね! 堀部真琴ほりべまことさんっていう名前なのね。同じ学年の……え、同じクラス?」


 初めて見る子だった。転校生かと思っていたのだが、教室にいつも座っていない席が一つだけあったことを思い出す。椅子にも堀部って書いてあったかもしれない。


「って、馬鹿……そんな事考えてる場合じゃない! 先生、先生ーー!」


 謎は残ったままだが、私は手を振りながら少し向こうの校門の前に立つ先生を大きな声で呼んだのであった。

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