3-04.1話で完全攻略される王国

 ノエルは王都に辿り着いた。

 リリエラと地下で情報を共有した翌朝、ダッシュで向かった。


 彼女の容姿は、未だ金髪碧眼から変わっていない。

 盗賊に襲われることで覚醒するはずだった「白の魔力」は眠ったままだ。


 しかし、魂に刻まれた知識と経験が、それを上回った。

 今のノエルは、聖女として覚醒した当時よりも遥かに強い。


「さっさと終わらせましょう。必ず帰るのです。ご入浴の時間までに」


 ノエルは入浴の世話もしている。

 だって使用人だから。だって、使用人だから!


 前の時間軸において、ノエルは王家で生活していた。

 このため王城の地図を熟知しており、キングが居る場所も予測できる。


「たのもー!」


 ノエルはとある部屋に侵入した。

 空から。窓を蹴り破る形で。


 ガラスが割れる音がした。

 紅いカーペットの上に破片が飛び散り、部屋を汚す。


 ここはキングの寝室。

 ノエルは上手に着地した後、ベッドに座って本を読むキングの姿を見つけ、にやりと口角を上げた。


 その瞬間、出入口のドアが開く。

 ぞろぞろと現れたのは騎士団の鎧を着た護衛達。


「何事ですか!?」


 一人の者がキングに問いかけた。

 キングはその者を一瞥した後、ノエルに目を向ける。

 護衛達はキングの目線を追いかけ、ノエルを見つけた。


「……子供?」


 ノエルは五歳である。

 護衛達は幼い襲撃者を見て困惑した。


「ふむ、中々に可愛らしい客人だ」


 キングはノエルに興味を示し、ベッドから降りた。

 そして裸足のままガラス片の上を歩き、ノエルの前に立った。


 当然、無傷である。

 彼は因果を操り、ガラス片を踏まなかったことにしたのだ。


「迷子か?」


 彼は自分の脚よりも小さなノエルを見下ろして言った。

 ノエルは腰に手を当て、少しムッとした表情で彼を見上げて言う。


「下剋上ですわ!」


 ──ムッチッチ王国の習わし。

 強い者が正義とされ、下剋上が推奨されている。王族も例外ではない。


「……くっ、ふふ」


 キングは堪え切れないといった様子で笑った。

 護衛の者達も、おかしなことを言い出した子供を見るような様子で笑う。


 ノエルは怒った。

 まずは青魔法で体感時間を縮める。


 キングを含めた数人が反応した。

 しかし、白魔法を使えるノエルの方が速い。

 ノエルは護衛の背後に立ち、イロハ直伝の投擲を披露した。


 その人間離れした動きを見て、


「素晴らしい」


 しかしキングは拍手をした。

 その表情には余裕がある。彼は、ノエルが脅威になるとは全く考えていない。


 ノエルは肉体言語による会話を試みた。

 まずは最高速の右ストレート。しかしキングは当たり前のように回避する。


「どうした? 終わりか?」


 キングは嘲るような声音で言った。

 ノエルは大きく息を吸い込み、集中する。


「あなたの力は、確かに強力です」

「まるで余の魔力について知っているかのような発言だな」

「ええ、とてもよく知っています」


 ノエルは目を開く。

 そして、黒い魔力を解放した。


「なっ、黒色だと?」


 それはキングさえも驚かせた。

 黒魔法は、黒髪赤眼の魔族だけが扱えるとされている。それを金髪碧眼のノエルが使用するのは、キングの常識からすれば考えられないことだった。


「貴様、何者だ?」


 ノエルはまだ止まらない。

 黒い魔力を完璧に制御して、それを白い魔力によって増幅する。


「バカなっ!?」


 キングは驚愕した。

 そして本能的に恐怖を感じ取り、自らの魔力を解放する。


 だが、もう遅かった。

 

「……これが、あの方の魔法です」


 カラフルな世界は、モノクロになった。

 白と黒だけで表現される世界の中、ノエルは拳を握り締める。


「わたくしはグレイ・キャンバスの幹部。ノエル」


 跳躍する。

 彼女の小さな手は、キングの顎を捉えた。


「そして、今この瞬間から、あなたのご主人さまですわ」


 ──キングの体が浮いた。

 彼は、ぼんやりとした気持ちで天井を見ていた。


 ……これは、痛みか?


 異様に体感時間が長い。

 さっさと壁か床に叩き付けられれば良いのに、いつまでも衝撃が来ない。

 今の彼に感じることができるのは、ノエルの小さな拳から受けた痛みだけ。


 ……余は、負けるのか?


 突然現れた子供に、何もできずに負けた。

 国のトップたる国王として、決して許されることではない。


 ……あの娘、ご主人さまとか言ったな。


 彼は目を閉じた。


 ……圧倒的な強者に仕える。それもまた、悪くないやもしれんな。


 彼には野望があった。

 それは二大陸の支配者となることだ。


 野望を抱いた理由は、彼が最強だったからだ。

 彼は頂きに立ったことで孤独を覚え、それを紛らわす手段を探していた。


 故に──彼は敗北を受け入れた。



「ミッションコンプリートですわ」



 ノエルが笑う。

 その瞬間、キングは床の上に落ちた。


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