流れ着いた夜の上で。 Ⅰ

 たまたま席が近かったのが未亜でした。そして、案外すぐに打ち解けました。互いにシンパシーを感じたのでしょうか。人付き合いは苦手な方だけど、真琴といるのは楽で良い、と未亜は微笑みました。

 未亜は、私の一番の友達になりました。食堂に行ったり、移動教室への道のりを共に歩いていったり。

 地頭が良いとは彼女の事でしょう。数学と化学は嫌いじゃない、と笑った彼女の手には、私には到底理解できない分厚い本がありました。

 きっと、努力も惜しまないのです。


 私は、未亜と話をする時間が大好きでした。感情論に身をまかすでもなく、かといって正論で他の意見を潰すようなこともしない彼女に、私は惹かれていました。

 沢山言葉を交わしました。未亜に聞いてほしいと思いました。

 私がずっと虐待を受けていること、友達と呼べる人が誰もいなかったこと、反抗するにもその余力すら無くなってしまったこと。


「深い海にいるみたいね。」


 未亜は、私の人生を肯定するでもなく、かといって否定するわけでもありませんでした。私はそれにどれだけ救われたことでしょう。私の心の中に眠るとうに腐り気った心臓は、未亜によって生き返りました。

 仕方ありません。私の知る愛は、暴力と暴言でしかなかったのですから。未亜は私に暴力なんかよりももっと良い愛を、教えてくれたのです。


「真琴は、神についてどう思う?」


 未亜は続けました。全責任を負わされた幻想についてどう思う、と。


 私はその質問を聞いて、理解しました。未亜は、こちら側の人間だと。

 未亜は聡明で、クラスの中でも色々な人から頼られる、良い子でした。

 でも、そうではなかったんです。未亜は良い子の仮面を被っていただけだったのです。


 突拍子もなく告げられたそれに、私は自分と同じ闇を見出しました。未亜の黒曜石のような瞳が、赤く濁って見えてしまったから。


「可哀想、もしくは、いらない。」



 私はそのように返したと思います。私に神はいません。礼拝の必要もありません。何故なら、私は既に信仰を見つけたからです。

 三十錠だった神は、今や目の前の一人の少女になりました。

 私が、未亜を神にしました。



 これは、私の幸福論の話です。実瑠、あなたを殺した私をーー未だ自分を母親と名乗る事も出来ない馬鹿な私を、あなたはどう思って見ていますか。

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