世界でいちばん、密室の愛。

古都 一澄

拝啓、舞い降りなかった天使へ。 Ⅰ



 拝啓。産声を上げられなかった、私の愛する娘へ。



 実瑠、あなたを産んであげられなくてごめんなさい。でも、本当は娘ができて嬉しかったのです。長い間育てていた花が開花する時みたいな、喜びに満ちた心の奥底から湧き上がる感情が。

 あなたは密室で生まれ、ついにその声を聞く前に消えてしまった。紛れもなく、あなたを殺したのは私です。

 ごめんなさい。薄情な母親で、ごめんなさい。メスは痛かったでしょう。私を恨んだでしょう。今も、あなたの魂は私の密室にいますか。


 これは私の幸福論です。あなたを殺した理由を、あなたが生きていた十週間を残すための。

 あなたはきっと納得なんて出来やしないでしょう。きっと、この手紙を破り捨てるに違いありません。それで良いのです、あなたはあなたの信じる正義で、生きて欲しいから。


 ごめんなさい。こんな事を並べたって、あなたには届きません。あなたは処刑台で身体をぐちゃぐちゃにされたのですから。私には、その悲壮も懊悩もわからないのですから。

 死人は語りません。あなたの十週間は、これから私によって塗りつぶされてゆくでしょう。あなたにとって仮初の真実で、たちまち溺れていくのでしょう。

 それでも、私はこれを綴ります。あなたの痛みは誰にもわからないけれど、実瑠が居た事を風化させやしないから。


 あなたの産声が聞きたかった。あなたの顔が見たかった。あなたの姿が、あなたの何もかもを、私はこれからもずっと愛しています。




 この世界で、誰よりもあなたを、実瑠を、愛しています。







 あなたという命を、私の一存で殺してしまってごめんなさい。私の密室は、文字通り閉ざされてしまった。子供用のパジャマや哺乳瓶はどうしたら良いのでしょう。食器は一つで事足りてしまいますね。私はそれを、寂しく思います。こんなことを思う私を、罵りますか。怒りに任せ、私の頭を潰しますか。それとも、あなたがされたのと同じように、麻酔無しで私の四肢を剥ぎますか。




 これは、あなたを殺した私の幸福論です。

 潰された命の重みを知らない私による、愛の重さの話です。










 ーー私は、存在し得ない家族あなたを想って、あなたを堕ろしました。



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