流転の半人反鬼 ~二人の鬼子と真実の鍵~

黒銀結月(くろがねゆづき)

第壱鬼:アルトの誕生日

 これは二人の半人半鬼(はんじんはんき)──そして、その子らの物語である。

人の子と鬼の子が、世界構造を変えるまでのお話────



 世界の名は『ライフィールド』

人と魔物と精霊、そして鬼が暮らす世界。

 緑豊かな草原、悠久の黄昏、闇に包まれた死の都、全てがオパールの砂で構成された都、天まで届く巨大桜と桜色の平原──

七つの様々な王都が、雪の結晶を模した様に建ち並んでいる。


 王の子息が生まれてから早十三年、“流転の時〟が刻一刻と迫っていた──



 ここは世界の中心『第壱王都 ゼロヤ=ワールズ』

ワールズ城の中庭から、激しい風切り音が聴こえてくる。


 紺桔梗色のハーフアップポニーテールを靡かせ、白の中庭で鍛錬刀を振るう少年の姿があった。

透き通る様な天色の左眼に、鍵の紋様が刻まれた淡藤色の右眼が一際異彩を放っている。

 汗を流す少年に、宵闇の如き桔梗色の長髪男性が歩み寄る。


「おい、アルト」

「父様、何事です? 今、剣術の鍛錬を──」

「そんなの、後回しっ!」


 少年の下へ歩み寄った男は『ゼクト・ワールズ』

人間が住まう世界、人世(ひとよ)を治める唯一王である。

 息子アルトの誕生前に、とある事情に因って左半身が鬼と化してしまった半鬼だ。

紅黒い灰色の肌に、20㎝余りの歪な角が生えている。


「そ、そんなのって……大体、父様が──」

「はい、これっ!」

「何ですか、この眼鏡は?」

「そ・れ・はぁー! おたんじょーーびっ! ぷれぜんつっ!」

「……はぁ」


 父ゼクトが息子のアルトへ、十三歳の誕生日プレゼントを用意していた。

逆ナイロールの小洒落た銀縁眼鏡である。


「それな、父さんの手造りなんだ」

「父様の? 伊達眼鏡ですか?」


 ゼクトはハイテンションから一転、神妙な面持ちで話し始めた。


「お前さ、七歳の時の事──憶えてるか?」

「七歳……ですか。あまり記憶に無いですね」

「カンナの奴が“アニマソルト〟に襲われた時の事だよ」

「例の暴走事件の事ですか。記憶に無いんですよ……」



 アニマソルト──それは、全ての源である『ライフソルト』が局所的に残留している特異点“アニマスポット〟で起こる不可思議な現象。


 ライフソルトは、生命が終わる時に発生する微細で高濃度の結晶粒子であり、意志を持たぬ生命体。

生物が吸い込み、身体に吸収する事で長い時間をかけ、新たな“命の種〟が宿る。

且つては、魔導士が扱う世界樹の魔力『マナ』と同一視されていた。


 アニマスポットではライフソルトが姿を変え、この世ならざる霊獣「アニマソルト」として顕在化する。

神が齎す災害、“神災(しんさい)〟として畏れられ、百年に一度発生すると云われていた。



「お前の鬼の力が初めて発現したあの日、師匠の預言通りの事が起こった」

「マギア先生、何処に行っちゃったんでしょうね」


「で・だ! その師匠がな、鬼の力を制御する“空の眼鏡〟を用意しておけって五月蠅かったんだよ」

「空の眼鏡、ですか。レンズが若干、空色ですね。本当にこんな物で鬼の力が──」

「あと、これも持ってけドロボー!」


 ゼクトが空色の勾玉を半ば強引に押し付け、首にかけた。

アルトは少し嫌そうな顔を見せる。


「今度は勾玉の輪、ですか。十二歳の時は、この腕のベルトをくれましたよね。その前はこのグリフェンのガウンコート。その前は──」

「そいつは“空の勾玉〟だ。鬼の力を抑制する神器として、父さん……お前の爺ちゃんから押し付けられたんだ」

「千年前、行方不明になったお爺様の──ところで父様。貴方は今年で幾つになるんです?」

「えっ、えーと……千と三十五歳くらい?」

「……はぁ。そんなに長生きしてるのなら、もう少し、しっかりしてください」

「なっ、なにおう!?」


 千年前、父ゼクトは相棒のスルトと共に、世界を二つに分断する“流転の儀〟を発動した。

その代償として、呪禍(じゅか)を受けた。

この世の魔術では、決して解呪出来ない永劫回帰の呪い。そして、子孫へと受け継がれる呪い。

ゼクトに発現した呪禍は二つ。一つは不老不死、そしてもう一つは──


「アナタ~! アルくぅーーん! ケーキが焼けたわよ~!」


 少し遠くから、アルト達を呼ぶ若々しくも艶やかな声が響いた。

焼き菓子の甘い匂いが風に運ばれ、二人の下へと届く。


「おっと、アルト、残念だったな! ここは一時休戦だ!」

「別に戦ってないですけど……」


「今行くよ、アルマ~! ほら、急げアルトっ! ケーキが冷めるぞ!」

「は、はい……」


 ゼクトがアルトのガウンコートを引っ張り、城の中へと連れて行く。

母のアルマは、湯気が立ち昇る焼き立てケーキを満面の笑みで抱えていた。

産まれたばかりの我が子を抱くかの様に、優しく、大事に──


 眼鏡をギラつかせ、苛立っている様子の神官、ルイネルの足音が小刻みに聴こえてくる。

銀のポニーテールをブンブンと振り回し、ゼクトに近付く。

その姿はまるで、書類から足が生えた魔物──


「ゼクト王っ! 貴方はこちらの書類の山を片付けてもらいますっ!」

「い、嫌だ嫌だ~! ケーキが俺を呼んでるんだぁ~!」

「子供じゃないんですからっ! ほら、行きますよ!」


 ルイネルはゼクトのベルトだらけのロングコートを引っ張り、城の奥深くへと連れて行く。

アルトはそんな父の泣きっ面を見て、こう思った──

「あの人、何で王に成れたんだ?」



 ワールズ一家と従者達、そしてライフィールドの住民達が住むワールズ城──

それは「黒き世界樹」の中に造られた、成層圏まで達する大きな大きな黒き巨城。

この世とあの世、そして“外の世界〟の全ての知識が内包された、世界樹の死骸。



 一方、罪を犯した者が堕ち、鬼に成ると云われる人世と隣り合わせの世界『魘獄(えんごく)』から鬼の子が迫っていた──




「もう直ぐだよ──アルバ────」

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