第7話



 ガタン…ゴトッ…


 電車に揺られながら僕はスマホ片手にSNSであるサイトを見ていた。

 それは、『ギルドメンバー募集要項』だった。

 どこにでも入れるように、僕は死に物狂いで鍛えた。


 メリルとの戦いから一年、今15歳で、中学校をやっと卒業した。

 そして高校………にはいかない。

 そのまま冒険者になるつもりだ。


 メリルがゼロと出ていった後、なんとか立ち直った僕は強くなるために孤児院を出たかったが、そうはいかなかった。


 メリルは特別中の特別。

 なんてったって『英雄』が引っこ抜いていったのだ。


(ゼロ……いや。レイシア・スターリア…日本一のギルド所属…)


 彼女は精霊碑に名を刻んだ正真正銘の英雄だった。

 そんな彼女の弟子になったメリルは…今や僕の遥か先を歩く。


(追いついて…一気に差を開く…!)


 そのためには…ギルドに入るのが手っ取り早いわけで、毎年4月にどこのギルドも入団試験を行なっている。

 そしてこれからいくのは…


『まもなく、ダンジョン都市、ダンジョン都市です。お出口は右側です』


「ダンジョン都市!!日本で唯一存在するダンジョンがある街!もともと地図上にそこはなかったけどダンジョンができたことによって埋め立てを行い今では北海道並みの大きさを誇るダンジョン都市!!はぁああぁぁ…楽しみだなぁ…!どんなところかなぁ…!都会かなぁ!モンスターも普通にいるらしいけど襲ってくるのかなぁ…でも地上のモンスターはダンジョンにいるのより弱いって聞くし…僕でも勝てるかなぁ。飛竜とかもいて運んでくれるらしいし、何よりギルドのほとんどが都市にあるから目移りしちゃうなぁ…!」


「ひ…独り言…きもい…」


 興奮が冷めることはない。

 冷まさせようとも思わない。


 夢にまで見た、英雄の誕生する都市。


 やっと、僕の物語が始まる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ダンジョン都市


 それは数百年も前にできたダンジョンを中心に街を発展させた都市。

 現代で言う高層ビルなどはなく、日本なのに中世ヨーロッパを彷彿とさせる異世界のようなところ

 というのもダンジョンから魔物が溢れてもいいように壊れても撤去や建築をやりやすいようにしているのだ。


 そしてなんとその都市は半径10キロあり、巨大な分厚い壁で四方を覆われ、モンスターが出ていくのを防いでいる。

 城塞都市とでも言えばいいのか。そしてその周辺には広大な草原や森林が存在しそこには魔物が生息する。


 電車もこの草原エリアまでしか続いておらずここからは馬車もしくは徒歩で移動しなければならない。


 本当の異世界に来たような気分だった。

 自分の生きてきたところとは全く違う場所。


 これからはここで…生活をしていくんだ。



 高鳴る鼓動を抑え、僕は乗り合い馬車に乗る。


 乗っている人はもちろんみんな冒険者もしくはそれを志すものたち。


 日本で武装などもってのほかだがここは唯一それが許された場所。

 法律なんかも普通とは違い冒険者のための冒険者の都市なのだ。


「くぅぅぅぅ……!」


 興奮した僕を冷めた目で見てくる人もいるがほとんどの人は落ち着きがなかった。


「そこの若いにいちゃんはどうしてこの都市へ?」


「そんなの決まってる。『英雄』になるためだ」


 御者さんの質問に、乗っている人は皆同じことを言う。


 そして僕の番。

 この宣言は自分への戒め。

 誰とも知らない人たちに宣言したところで意味なんてない。恥ずかしいやつと思われるだけ。

 だけど、これが僕が決めた願望なんだ。

 誰にも折らせないしもう折れない。


「僕は最速の『英雄』になりにきました」


「…………」


 瞬間、馬車内は沈黙へと変わり…次いで誰かが笑った。


「最速は無理でしょ。速姫がいるんだから」


「まぁ目標がたけぇのはいいことだ!それで?ランクはいくつなんだ?」


 筋骨隆々のお兄さんが肩を組んで質問をしてくる。


「僕は…ランク無しだよ」


 そう言った瞬間、先ほどとは別の意味で場が静まり返った。


「…能無しかよ」



 ランク

 それは14歳の誕生日に得れる努力で掴み取る恩恵のこと。

 IからXまであり、今生きている英雄で最高はVlll


 僕はまだ15歳、一年しか経ってないから上がっていないのはしょうがないことだけど、ここではランク無しは『能無し』と呼ばれる。

 主に雑用や荷物持ちしか仕事はないのだ。


 しかしそれも覚悟できた。

 ギルドに入れないなら入らないでダンジョンにいくだけ。

 僕のやることは変わらない。


 もう誰も僕を見なくなったが、急に馬車が止まった。


「悪いことは言わない。まだ若いだろう。引き返して真っ当な職につきなさい」


 確かに御者さんのいうことも正しいのだと思う。

 だけど、


「憧れを簡単に捨てれないよ。それじゃあ我儘じゃない」


「…そうか。忠告はしたぞ」


「うん」


 ヒヒィィィンッ!!??


「うぁ!おいっ!どうした!?」


 突然馬が鳴いて力無く横たわった。

 そしてその首筋には一本の斧が刺さっていた。


 そして左奥に見える木々の隙間からオークが現れた。


 オーク

 ランクIに分類されるモンスター

 しかし発達した筋肉はランクIlに分類される。


 基本近接での攻撃しかしてこないオークは後衛職がいれば楽々倒せる相手だが…

 見た限り、この馬車に後衛職はいない。


「おいおい…まじかよ」


「な…なんでオークが!?ここでは一度も出たことがないのに…!」


 馬車に乗っているのは能無しとランクIが5人、そして御者。


 全員で攻撃すれば前衛だけでも倒せるとは思うが…タゲられたら確実に重傷を負うだろう。


「こ…こんなところで終われないわ!」


 そう言っていち早く逃げ出した女性。

 これで勝ち目が減った。


「ぅ……うわぁぁぁぁ!!」


 また1人、1人と減っていき、

 残ったのは僕と肩を組んできた筋骨隆々のお兄さんだけだった。

 鼻息荒くして近づいてくるオーク

 さすがにもう逃がしてくれそうにはなかった。


 だけど


 元から逃げるつもりなんてない。

 逃げたやつは一生英雄にはなれない。

 この程度の逆境を乗り越えられないようじゃ道はない。


「ぉ…おい能無しぃ…!お…俺が時間稼いでやるから…逃げていいぞ…!」


 声は震えており、膝は笑っている。

 その顔は無理に笑っているからか酷い顔をしていた。今すぐにでも逃げたいはずだった。


「…お兄さんが逃げなよ」


「…は?」


 逆境でこそ、人の本質は見える。

 少なからずこの人は、ここで再起不能になるような人間じゃない。


「膝、笑ってるけど?それで倒せるの?」


「はっ…!ぬかせよ小僧…!お前もガクブルじゃねぇか」


 そりゃそうだ。

 初めてモンスターと戦うのだ。

 怖くないわけがない。

 むしろ超怖い。

 だけど、誰かがではなく、自分がやらないといけない。


「一蓮托生だからさ名前教えてよ。僕は雷兎」


「…ルークだ」


「オークみたいな名前だね」


「お前から捻り潰してやろうか?ん?」


「……いくよ…」


 僕は言葉を発したと同時にオーク目掛けて走り出した。


「おいっ!」


「グォォォォォォォ!」


 振り下ろされる大きな拳。

 それは当たれば骨を砕くほどの威力。


 それを剣で………剣で……剣………


 腰に手を持っていくがあるはずの感触が一向につかめなかった。

 自らの顔に血の気がなくなっていくのを感じる。


(ぐっ…!)


 なんとか体を逸らして躱したが、スピードの出し過ぎと無理な態勢での避けで顔から地面に突っ込んだ。


 ズザァァァ


(け…剣…ないんだった…)


 ひょこっと起きた雷兎の顔は血だらけだったがすぐに立ってオークと距離を取る。


(やるなオーク。だけど君からの攻撃は当たっていない。つまり僕の方が上!ふふふふっ!)


「お前!武器ねぇなら言えよ!なんで突っ込んだ!自殺志願者かくそがっ!」


「いやぁ…面目ない…なんか貸せる武器ない?」


 諸事情で僕は武器の一切を持っていない。

 今あるのは鍛えた己の体のみ。


「なんで持ってねぇんだよ……今はこれとこれしかねぇ」


 呆れたように言うルークだが帯剣したものと懐からナイフを取り出した。


 僕はそれを見てダラダラと冷や汗をかく。


「…他には?」


「ねぇって!それより…くるぞ!」


 オークが地響きを鳴らして走ってくるが僕は逃げずにそのまま正面に立つ。



 あれから一年。

 もうあんな思いはしたくなくて、負けたくなくて、死に物狂いで日々を修練に充ててきた。


 能無しだからってできることはあるに決まってる。


 今度こそは出来うる限りのことをしてきた。

 血を吐いて倒れるぐらい走り込んだ。

 腕の感覚がなくなるまで木の棒を振った。

 毎日重りをつけて生活した。

 るなねぇにしごかれて、対人戦もした。


 避けなければ死ぬほどの魔法を躱して躱して躱して躱して躱して躱して躱して。


 体の動かし方も体術も覚えた。

 魔物や魔法の知識だって頭に叩き込んだ。


 二度目の敗北は…



 ありえないんだよ



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