ポンコツ幼なじみがツンデレ極めるとか言い出した

恵ノ島すず

第1話

広夜ひろやくん、私、ツンデレを極めるから!」


 ちょっと天然の気のある幼なじみの突飛な言動には慣れたつもりでいたが、この突然の決意表明には、さすがにびっくりさせられた。

 一瞬固まってしまったが、その真意を探るべく、彼女に尋ねる。


「お、おう、いきなりだな冬奈ふゆな。え、なんでいきなりツンデレ極めるとか言い出した?」


 俺に問われた冬奈は、ぽ、とその透き通るように白い頬を桜色に染め、パッと見は茶色だが間近で覗き込むとオレンジ色に輝いて見えるその大きな瞳で、上目遣いにこちらを見上げた。

 もじもじと照れて、言いよどんで、それからすごくかわいい、いかにも恋をしている女の子の表情で、彼女は言う。


「……それは、その、私の好きな人が、ツンデレが好き、なんだって。だから、私は、ツンデレを極めるの!」


「そっ、うなんだ。えっと、初耳なんだけど、冬奈に好きなやつなんていたの?」


 衝撃のあまりひっくり返りそうになった声をなんとか抑えつけて、平静を装って訊いてはみたものの、内心バクバクだ。


 嘘だろ。嘘だって言ってくれよ。


「好きな人くらい、いるよ。当たり前でしょ。私だって、年頃の女の子だもん!」


 けれど冬奈は無情にもぷうと頬を膨らませ、年頃の女の子なんて嘘だろと言いたくなるほど幼い怒り方で、残酷な事実を告げた。


 好きな人がいる。

 そいつの好みに合わせるために、ツンデレを極めたい。

 なるほどなるほど。


 いつだって彼女のしたいことを応援したい俺ではあるが、こればかりは応援したくない。

 だってそうだろ。


 俺は、この愛らしい幼なじみに恋をしているのだから。


 相手は誰だよ。どこのどいつだ。

 こいつに俺以上に親しい異性なんていないはずだぞ。

 じゃあその好きな人とやらが実は俺なんでは……と思いあがることはできない。


 だって、俺は、から。


 うちの両親、特に母親は【ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテ】とやらが大好きで、なにかの記念日には両親はそのリゼたんとやらを愛でていたりするようなのだけれども。

 母は、イベントのある日でもない日でも、しょっちゅう『リゼたんくっそかわえぇ!』だの『ツンデレかわいいー』だの『やっぱり高貴かわいいツンデレ悪役令嬢こそが至高!』だのと叫んでいるのだけれど。

 それはもう、という程、幾度も幾度も生まれた時どころか下手したら生まれる前から日常的に聞かされているのだけれども。


 母から日々ツンデレの魅力を説かれても、というか説かれているからこそ、ツンデレってめんどくさいな、なんて個人的には思ってしまうわけで。

 母に言わせればそのめんどくささこそがかわいいのだとかで、熱弁が過熱してしまうから言わないようにはしているけれど。


 とにかく、俺は、ツンデレ好きというわけじゃない。

 つまり、幼なじみの好きな人とやらは、俺じゃない。


「……ひろくん? どうしたの?」


 あまりに絶望的な事実を知ってしまって、よほど俺の顔色が悪かったのか。

 彼女がそろりと、俺の名を呼んだ。

 不安だったり、甘えたかったり、そういう時に、彼女は俺のことを幼い頃からの【ひろくん】の呼び名で呼びがちだ。まずい。

 なにか言わなければと焦って、とにかく口を開く。


「いや、その、無理じゃないか? ツンデレ、とか。冬奈って、基本デレデレじゃん。なに、実は好きなやつに対してだけは素直になれないとか、そんな感じなわけ?」


 思わず意地の悪い事を言ってしまった。

 それに冬奈は一瞬悲しそうな顔をして、でも次の瞬間には健気に笑って首を振る。


「そんなことは、ない、かな。っていうか、私が今まで好き好きーってまとわりついても全然響いてなかった、みたいな。だから、このままじゃダメなんだな、って思って。だから、私は、ツンデレを極めるの!」

「そうか。……まあ、その、がんばって」

「うん! がんばる!」


 再度の宣言にぎこちなく心にもない応援の言葉を投げれば、冬奈は眩しいくらいに笑って頷いた。

 その笑顔に見惚れると同時に俺が抱いたのは、顔も知らない誰かへの殺意。


 誰だよその贅沢な男は。こんなにかわいい女の子に好き好きーってまとわりつかれて、愛を返さないなんて。

 いや、男じゃない可能性もあるか……?

 そういえば、さっきから冬奈は好きな人としか言っていない。


 マジで俺以上にこいつと仲の良い男なんていないからな。

 好き好きーって態度だって、彼女の家族以外の男という範囲で考えれば、俺にしかしていない。

 同性の友だちには、彼女はよく言葉でも態度でも『大好き!』を振りまいているけれど。

 だからてっきり、こいつは俺のことが異性として好きか、そこまでではないとしたらまだ恋とか愛とかには興味がないのだろうと思っていたのに。俺が好きか、好きな人はいないかのどちらかだろうと。


 油断、慢心、思い上がり、勘違いだったってことか。

 絶望と羞恥で死にたい気分だ。


 いやいや、やっぱり彼女の好きな人とやら=俺で、うちの母に変なことを吹き込まれたなどの理由で俺がツンデレが好きだと誤解しているのではないか?

 そんな風にわずかな希望に縋りたいところではあるが、さすがにそれはないだろうな。


 考えてみて欲しい。

 あなたが仮にツンデレ好きな人に振り向いてもらうためによっしゃいっちょツンデレになるかと決意をしたとして。

『私はこれからツンデレになります』と好きな人ターゲットに告げるだろうか? と。


 告げるわけがない。

 告げてからやったらそれはもうただのデレデレなのである。

 自分からネタバラシしてしまっては、ツンなどどこにもない。

 恥じらいも奥ゆかしさもめんどくささも、ツンデレの魅力であろう部分が、全て死ぬ。

 好きな人のためにそこまでがんばるなんて健気でかわいいなと俺は思うが、ツンデレ好きの好みではなかろう。


 よって、ツンデレを極める宣言を聞かされた俺こそは、ターゲットではないに決まっている。

 我が愛しの幼なじみ様はほんの少し抜けたところがあってそれがまたかわいいのだが、はずだから。


 俺は、彼女の恋の手助け及びツンデレを極めるためのアドバイスを求められているのだろう。

 もちろん、素直に協力する気はない。むしろ全力で邪魔をしよう。


 冬奈にツンデレを極めさせてなどやるものか。

 彼女と彼女の好きな人とやらの関係がうまくいかなければ良い。

 そして、傷心のところにつけこんで俺にしとけよと口説き落としたい所存だ。


 ニコニコと楽しげに(そんな子犬のような笑顔と態度が染み付いている身で本当にツンデレになんかなれるのだろうか)ツンデレを極める決意と展望を俺に語り聞かせる幼なじみを眺めながら、俺は暗い結論に達していた。

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