第4話 地球保護艦隊司令部のあんな(自称)




 数分後、俺は意識を取り戻した。

 目を開けると、日向ひなたに膝枕をされてひたすら頭を撫でつけられていた。体はロープでぐるぐる巻きにされていた。手錠も付けられている。


「あれ。目が覚めた?」


 日向はほんのりと、不気味な微笑を浮かべる。


「……なんだこの状況」

「それはこっちの台詞よ。こんな所にあんなちゃんを連れ込んで、一体、どうするつもりだったの?」

「決まってるだろう。泣き叫ぶあんなの服を無理やり引っぺがして、やりたい放題──」


 言い終わる前に、日向が俺のおでこをピシャリと叩く。


「ふふ。国士こくしには、少しきつめのお仕置きが必要みたいね?」


 と、日向は大きなハサミを取り出した。


「ハサミなんか出してどうするんだ」

「心配しないで。ちょっと切り落とすだけだから。きゃ」

「おいおい日向。お前までボケたら、誰が俺達にツッコむんだ」

「大丈夫だよ。朝には、いつもの私に戻ってると思うから」


 と、日向はハサミをチョキチョキ鳴らして威嚇する。そして、日向の手が俺の胸から腰へと伝い、ベルトを掴む。日向は何故か頬を赤らめて、鼻息を荒くしている。


「あれ。そういえばあんなは?」


 俺は室内を見渡した。物置小屋の隅には、まだあんなの姿があった。


「おお。逃げないとは感心だ。誘拐する手間が省けたよ」

「あんたこの期に及んで……状況解って言ってるの? 誘拐なんかしちゃ駄目なのよ」

「丁度良い。あんな、見てのとおり俺はピンチだ。縄をほどいてくれ」

「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? 誘拐された子がそんな命令聞く筈ないでしょ!」


 日向のツッコミをよそに、あんなはとことこやって来て、ロープを解き始めた。


「従順! なんでよあんなちゃん。こんなクズ助けてどうするの?」

「だって、解けって言われたんだけど」

「はあ? 言われたらなんでも従うの?」

「なんでもじゃないんだけど。誰かと付き合ったり、結婚したりはしちゃ駄目だっていわれてるんだけど」

「誰に?」

「地球保護艦隊司令部のラー室長にだけど」

「ん? ああ……そういう設定なのね。じゃあ、あれなの? あんなちゃんは宇宙人かなにかっていう設定なのね」

「設定? よく分からないんだけど」

「馬鹿、日向。中二病を本人に自覚させてどうするんだ。生暖かく見守って陰で嘲笑うのが一番楽しいのに」

「やめなさい! 国士のその腐った性根、今から叩きなおしてあげる」

「なにを言ってるんだ日向。これまで俺に勝ったこともないくせに」

「縛られといてよく言えるわね」


 日向が言った直後、俺は静かに身を起こした。もう、俺を縛るロープは解かれていた。


「もう縛られていないけどな。ご苦労あんな。ご褒美に、後で口汚く罵ってやるからな」


 と、俺はあんなの頭を撫でてやる。とはいえ、手にはまだ手錠がされている。この状況で日向に勝つのは難しそうだ。


「仕方ないな」


 俺はゆらりと立ち上がり、日向へと歩み寄る。日向は空手の構えを作り、俺を待ち受ける。


「来なさい! 今日は負けないんだからね」


 と、日向が前蹴りを繰り出した。俺は攻撃を受け流しながら踏み込んで、そっと日向に身を寄せる。


「悪い子だ。でも、可愛いから許してやる」


 と、俺は日向の唇を奪った。


「ちょ、なにを……やめ……あぅ」


 日向が顔を赤くして、可愛く抵抗する。俺は何度も口づけを繰り返し、これでもかと、日向の頭を撫でつける。

 やがて、日向の身体の力が抜けていった。


「よしよし。日向は、ちょっと焼きもちを焼いただけなんだよな。可愛いじゃないか。心配するな。俺は何処にも行ったりしない。日向はずっと俺の物だ」

「嘘だ。もう、信じないんだから」

「うん。不安だったよな。ちゃんと大切に想ってるから、心配しなくても良いんだ」

「馬鹿。馬鹿馬鹿! そんな事で胡麻化されないんだからあ!」


 日向は泣きじゃくりながら、俺の胸に顔を埋め、胸をポカポカ叩く。


「よしよし。可愛い可愛い」


 俺は言いながら、日向の背中をポンポン叩いて慰めた。

 チョロい奴め。


 ★


 一◯分後、俺達は三人でインスタントラーメンを啜っていた。あんなは宗教上の理由とやらで、肉や魚を口にしないらしい。だから彼女だけ、カップ焼きそばのUSOを食していた。


「何これ。凄く美味しいんだけど」


 あんなはやけに上機嫌だった。


「とりあえず、話を整理するわね」


 と、日向が口を開く。


「あんなちゃんはよその星からきて、地球人を救う方法を捜している。それであんなちゃんを派遣したのが、地球保護艦隊司令部のラー室長って人なのね」

「そうなんだけど。ラー室長は厳しいけど、本当はとっても優しくてみんなから尊敬されてるんだけど」

「ふうん。面白いわね。じゃあ、それってつまり、あんなちゃんは……」

「私、宇宙人なんだけど?」


 と、あんなは可愛いらしく首を傾げる。


「そうかそうか。じゃあ、後で一緒にお風呂に入ろうな」

「馬鹿なの? 馬鹿馬鹿なの? だいぶどギツい事を言ってるんだから、流さないでちゃんとツッコんであげなさいよ」

「そ、そうか。じゃあ、ええと……あんなはどの星から来たんだ?」

「太陽なんだけど」

「ん。太陽は熱くて人が住める場所じゃないだろう?」

「熱いのは、上空のプラズマ層だけなんだけど。プラズマ層の下には海も大地もあって、結構過ごしやすいんだけど。太陽の陸地の地下には亜空間世界が存在して、そこにも大勢、人が住んでるんだけど」

「……素晴らしい。凄い狂気だ。やっぱりあんなは俺の女神だ」

「国士、あんた……信じるという選択肢はないのね? ちょっと安心したけど、言い方には気を付けなさい。あんなちゃん傷ついちゃうでしょう!」


 なんて、日向が身も蓋もない弁護? をする。すると、あんなはぷくっと頬を膨らませ、両の人差し指を頭の上でツンと立てた。鬼さんポーズである。


「それ、何をしてるんだ?」

「拗ねてるんだけど。不機嫌さを表現してみたんだけど。二人とも、私のこと信じてないんだけど」

「か、可愛いわね、あんなちゃん。でも、いきなりそんなこと言われても、信じろって方が無理よ。あんなちゃんが宇宙人だっていうなら、何か証拠でも見せて貰わないと」

「証拠? この天体の道具以外は持っちゃいけない決まりになってるんだけど」

「そうなるわよね。まあ、何か超能力でも見せてもらえるなら信じるしかないけどね。それも無理だっていうんでしょう?」

「超能力って言葉、解らないんだけど」

「そんなことも知らないのか。超能力っていうのは念動力とか超感覚的知覚とかいって、要は、手を触れずに物を動かしたり、他人の心を読んだりする不思議な能力のことだ」


 俺はあんなに教えてやる。

 その直後だった。

 すっと、あんなが前方へと手を伸ばす。すると、掌の上にあった箸がふわりと浮かび上がり、空中で、くるくる回転を始めた。箸は回転しながら物置小屋の中をゆっくり一周し、再びあんなの頭上へと戻る。

 日向が、茫然とした顔で立ち上がる。彼女は箸の周囲を手で探り、糸か何かで操られていないかを確認する。だが、糸なんて何処にもなかった。箸は確かに、空中に浮かんでいるのだ。

 仄かに、あんなの瞳が金色の光を発している。どう見てもトリックじゃない。念動力の類だった。


「もしかして、こういう事? でも、これが不思議な力とは思えないんだけど?」


 あんなは不満気に言う。

 俺も、日向も、度肝を抜かれていた。


「あ、あああ……そう、なのね。うん」


 日向は驚きすぎて、顔を引き攣らせて固まっている。


「ふうん。事実だということは分かった。まあ、それでも俺があんなを滅茶滅茶にする事には変わりないけどな」

「国士、あんた少しは驚きなさいよ」

「驚いてるだろ」

「だって、あんなちゃんは宇宙人なのよ。生の宇宙人が目の前にいるんだよ?」

「そうだな。あんなは宇宙人で太陽人だ。それで良いじゃないか。そんじょそこらの狂人なんかより、よっぽど刺激的で最高だ。そしてあんな、一緒にお風呂に入ろう」

「だからやめなさいって!」

「なんだ。日向も一緒に入りたいのか? でも、最初にあんなの身体を洗うのは俺だからな」

「そこは競ってないわよ!?」


 なんて、俺は日向とバカなやり取りを繰り返す。あんなはあんなで、一々、俺たちの言動を真面目に受け取ってズレた質問を繰り返す。

 こうして、あんなの監禁生活が始まった。



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