　工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）の出（で）来（き）事（ごと）から約（やく）二（に）十（じゅっ）分（ぷん）後（ご）。

　子（こ）供（ども）達（たち）が黒（くろ）沢（さわ）家（け）に戻（もど）って来（き）てから約（やく）五（ご）分（ふん）程（ほど）経（た）って……

　自（じ）室（しつ）に閉（と）じ籠（こも）って居（い）る恵（え）理（り）花（か）以（い）外（がい）は、十（じゅう）畳（じょう）程（ほど）の温（おん）泉（せん）旅（りょ）館（かん）の一（いっ）室（しつ）に似（に）た客（きゃく）室（しつ）に居（い）て、葉（よう）司（じ）は畳（たたみ）に横（よこ）になっており、北（ほく）斗（と）は壁（かべ）に寄（よ）り掛（か）かり座（すわ）っていて、太（たい）耀（よう）は窓（まど）を開（あ）け木（き）の冊（さっ）子（し）に座（すわ）り外（そと）を眺（なが）め、薫（かおる）は座（ざ）布（ぶ）団（とん）の上（うえ）に座（すわ）り俯（うつむ）いていた。

「なぁ、ア（・）レ（・）は何（なん）だったと思（おも）う」

　神（しん）妙（みょう）な顔（かお）でそう太（たい）耀（よう）が三（さん）人（にん）に尋（たず）ねる。

　すると葉（よう）司（じ）は起（お）き上（あ）がり、太（たい）耀（よう）に言（い）い返（かえ）す。

「知（し）るかよ、そんなもん」

　すると薫（かおる）が顔（かお）を上（あ）げ、三（さん）人（にん）に向（む）かって言（い）う。

「恵（え）理（り）花（か）さんの御（お）祖母（ばあ）様（さま）なら、何（なに）か知（し）ってるかもしれませんよ？」

「どう言（い）う事（こと）だよ？」

　薫（かおる）の方（ほう）を向（む）き、葉（よう）司（じ）がそう聞（き）き返（かえ）す。

　すると薫（かおる）は少（すこ）し間（ま）を置（お）いて、説（せつ）明（めい）を始（はじ）める。

「紫（し）織（おり）さん……、すんなり話（はな）しを信（しん）じ過（す）ぎなんですよ。普（ふ）通（つう）信（しん）じます？」

「確（たし）かに恵（え）理（り）花（か）の様（よう）子（す）や、石（いし）橋（ばし）さんからの説（せつ）明（めい）が有（あ）ったとは言（い）え、あんな話（はな）し普（ふ）通（つう）は信（しん）じないか？……」

　太（たい）耀（よう）は真（ま）面（じ）目（め）な顔（かお）で、薫（かおる）にそう返（かえ）した。

　遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）が壊（こわ）れ、子（こ）狗（いぬ）も何時（いつ）の間（ま）にか居（い）なくなって暫（しばら）くしてから、連（れん）絡（らく）を受（う）けて工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）にやって来（き）た紫（し）織（おり）は、恵（え）理（り）花（か）と石（いし）橋（ばし）から遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）が壊（こわ）れた理（り）由（ゆう）を聞（き）き、それを信（しん）じた。

　……そう、信（しん）じたのだ。

　有（あ）り得（え）無（な）い出（で）来（き）事（ごと）をすんなりと。

　そして半（はん）分（ぶん）パニック状（じょう）態（たい）だった男（おとこ）の子（こ）達（たち）を、念（ねん）の為（ため）家（いえ）にまとめて泊（と）める事（こと）にした……

　葉（よう）司（じ）が言（い）う。

「それじゃこれから、皆（みんな）で聞（き）きに行（い）って見（み）るか？」

「話（はな）してくれるでしょうか？」

　しかし薫（かおる）の言（こと）葉（ば）で、再（さい）度（ど）沈（ちん）黙（もく）が流（なが）れた。

　そんな中（なか）……

「ねぇ、ボク達（たち）でア（・）レ（・）探（さが）しに行（い）かない？」

　不（ふ）意（い）に北（ほく）斗（と）がそう提（てい）案（あん）した。

　他（ほか）三（さん）人（にん）は驚（おどろ）いて北（ほく）斗（と）の方（ほう）を向（む）き、葉（よう）司（じ）が言（い）い返（かえ）す。

「マジかよ！」

「じっとしててもしょうがないし、恵（え）理（り）花（か）ちゃんも連（つ）れて行（い）こう。気（き）分（ぶん）転（てん）換（かん）になりそうだし」

　北（ほく）斗（と）の提（てい）案（あん）に太（たい）耀（よう）が続（つづ）ける。

「分（わ）かった。僕（ぼく）は行（い）こう」

　その言（こと）葉（ば）に驚（おどろ）いて、葉（よう）司（じ）は太（たい）耀（よう）に向（む）かって言（い）う。

「おい、太（たい）耀（よう）！」

　すると太（たい）耀（よう）は、バカにした様（よう）な顔（かお）で葉（よう）司（じ）に言（い）い返（かえ）す。

「何（なん）だ葉（よう）司（じ）、お前（まえ）、まさか怖（こわ）いのか？」

　その言（こと）葉（ば）と同（どう）時（じ）に、葉（よう）司（じ）は右（みぎ）腕（うで）を水（すい）平（へい）に振（ふ）り、反（はん）射（しゃ）的（てき）に力（ちから）強（づよ）く言（い）い返（かえ）す。

「んんな訳（わけ）有（あ）るか！」

　しかし言（い）い終（お）わって葉（よう）司（じ）は後（こう）悔（かい）し、太（たい）耀（よう）はそんな葉（よう）司（じ）を見（み）てクスクス笑（わら）う。

　そんな二（ふた）人（り）を尻（しり）目（め）に、北（ほく）斗（と）は薫（かおる）に向（む）かって聞（き）く。

「薫（かおる）君（くん）はどうする？」

「……留（る）守（す）番（ばん）しています。黒（くろ）沢（さわ）さんを誘（さそ）うなら、私（わたし）は居（い）無（な）い方（ほう）が良（よ）さそうですし」

　薫（かおる）がそう言（い）い終（お）わると、部（へ）屋（や）の外（そと）から、歳（とし）老（お）いた女（じょ）性（せい）の声（こえ）が聞（き）こえて来（く）る。

「話（はな）し合（あ）いは終（お）わったみたいだね？」

　その言（こと）葉（ば）と共（とも）に……

　　スゥゥゥゥ

　　トン

　引（ひ）き戸（ど）の移（い）動（どう）する音（おと）と共（とも）に、動（うご）いた戸（と）の裏（うら）から着（き）物（もの）姿（すがた）の恵（え）理（り）花（か）の祖（そ）母（ぼ）、紫（し）織（おり）が現（あら）われ子（こ）供（ども）達（たち）は驚（おどろ）く。

「「うわぁ！」」

「『うわぁ！』とは何（なん）だい。人（ひと）をオバケみたいに」

　少（すこ）し不（ふ）機（き）嫌（げん）そうにそう言（い）い返（かえ）した、着（き）物（もの）姿（すがた）の紫（し）織（おり）は葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）に向（む）かって、持（も）っていた錆（さ）びた装（そう）飾（しょく）品（ひん）を投（な）げ渡（わた）す。

「葉（よう）司（じ）はコ（・）レ（・）、北（ほく）斗（と）はコ（・）レ（・）、太（たい）耀（よう）はコ（・）レ（・）」

「おっと！」

「わっ！」

「ちょっと！」

　葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）は錆（さ）びた装（そう）飾（しょく）品（ひん）を慌（あわ）ててキャッチし、それを確（かく）認（にん）する。

　するとそれは工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）で見（み）た、青（せい）銅（どう）製（せい）の装（そう）飾（しょく）品（ひん）だった。

「紫（し）織（おり）ばぁちゃん、コ（・）レ（・）……」

　葉（よう）司（じ）が紫（し）織（おり）に向（む）かってそう聞（き）くと、紫（し）織（おり）は葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）に向（む）かって答（こた）える。

「一（いっ）緒（しょ）に埋（う）まってたんだ、魔（ま）寄（よ）けぐらいにはなるだろう。持（も）って行（い）きな」

「非（ひ）現（げん）実（じつ）的（てき）」

　太（たい）耀（よう）が呆（あき）れた顔（かお）でそう呟（つぶや）き、それを聞（き）いた紫（し）織（おり）はその言（こと）葉（ば）に笑（え）顔（がお）で言（い）い返（かえ）す。

「それは良（よ）かった。私（わたし）は文（ぶん）化（か）財（ざい）を勝（かっ）手（て）に使（つか）うなと、文（もん）句（く）言（い）われるかと思（おも）ったよ」

　自（じ）分（ぶん）の言（こと）葉（ば）で太（たい）耀（よう）が少（すこ）しムッとしたのを確（かく）認（にん）し、紫（し）織（おり）は申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうに葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）に言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「悪（わる）いけど、少（すこ）し玄（げん）関（かん）で待（ま）っていておくれ。私（わたし）が恵（え）理（り）花（か）を部（へ）屋（や）から追（お）い出（だ）してくるからさ。あの子（こ）だって、お前（まえ）達（たち）に見（み）られたくない姿（すがた）は有（あ）るだろうしね……」

　紫（し）織（おり）の話（はな）しの真（しん）意（い）を察（さっ）した太（たい）耀（よう）と北（ほく）斗（と）は、葉（よう）司（じ）に顔（かお）を向（む）けて言（い）う。

「ほら、行（い）くぞ葉（よう）司（じ）」

「行（い）くよ葉（よう）司（じ）君（くん）」

　二（ふ）人（たり）に同（どう）時（じ）にそう言（い）われ不（ふ）思（し）議（ぎ）がる葉（よう）司（じ）を、太（たい）耀（よう）と北（ほく）斗（と）は引（ひ）っ張（ぱ）りながら玄（げん）関（かん）に向（む）かった。

「おい引（ひ）っ張（ぱ）んな！」

　そう言（い）いながら、玄（げん）関（かん）に向（む）かう葉（よう）司（じ）を見（み）送（おく）る紫（し）織（おり）に、薫（かおる）が申（もう）し訳（わけ）なさそうに聞（き）く。

「すみませんが、何かお手（て）伝（つだ）い出（で）来（き）る事（こと）は有（あ）りませんか？」

　すると紫（し）織（おり）は薫（かおる）の方（ほう）を向（む）き、少（すこ）し嬉（うれ）しそうに言（い）い返（かえ）す。

「薫（かおる）だったっけね。女（おんな）心（ごころ）でも分（わ）かるのかい？」

「滅（めっ）相（そう）もない」

　首（くび）を横（よこ）に振（ふ）りながら、そう答（こた）えた薫（かおる）に対（たい）して紫（し）織（おり）は少（すこ）し考（かんが）える。

（てっ事（こと）は、私（わたし）が何（なに）に付（つ）いて言（い）っているのか理（り）解（かい）してるって事（こと）か……　もう少（すこ）しこの子（こ）と話（はな）してたい所（ところ）だけど）

「それじゃ、風（ふ）呂（ろ）でも磨（みが）いて貰（もら）おうか。今日（きょう）は恵（え）理（り）花（か）に家（か）事（じ）はさせたくないからね」

　紫（し）織（おり）がそう言（い）うと、薫（かおる）は笑（え）顔（がお）で返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「はい」

　その様（よう）子（す）に紫（し）織（おり）は言（こと）葉（ば）を溢（こぼ）す。

「似（に）なくて良（よ）かったよ……」

　すると薫（かおる）は、紫（し）織（おり）の言（こと）葉（ば）を不（ふ）思（し）議（ぎ）に思（おも）い、紫（し）織（おり）に尋（たず）ねる事にした。

「何（なん）の事（こと）ですか？」

（しまった……）

　紫（し）織（おり）は、自（じ）分（ぶん）の不（ふ）要（よう）意（い）な言（こと）葉（ば）を一（いっ）瞬（しゅん）後（こう）悔（かい）したが……

　笑（え）顔（がお）を作（つく）って場（ば）を取（と）り繕（つくろ）う。

「ほら。自（じ）分（ぶん）から手（て）伝（つだ）いを言（い）い出（だ）したんだ、早（はや）く風（ふ）呂（ろ）ばにお行（い）き。場（ば）所（しょ）は廊（ろう）下（か）を右（みぎ）に行（い）って付（つ）き当（あ）たってから、左（ひだり）の廊（ろう）下（か）の先（さき）だよ」

　しかし薫（かおる）から反（はん）応（のう）は無（な）い。

　仕（し）方（かた）なく紫（し）織（おり）は少（すこ）し怖（こわ）い顔（かお）を作（つく）り、少（すこ）し強（つよ）い口（く）調（ちょう）で言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「早（はや）くお行（い）き！」

　驚（おどろ）いた薫（かおる）は「はい！」と言（い）うと、駆（か）け足（あし）で客（きゃく）間（ま）を出（で）て行（い）く。

　その姿（すがた）を見（み）送（おく）った紫（し）織（おり）は、心（こころ）の中（なか）で薫（かおる）に謝（あやま）る。

（悪（わる）いね。この事（こと）はもう少（すこ）しだけ、秘（ひ）密（みつ）にしときたいんだよ……）

　そして紫（し）織（おり）は客（きゃく）間（ま）から出（で）ると、恵（え）理（り）花（か）の事（こと）を考（かんが）え始（はじ）めた。

（……後（あと）は恵（え）理（り）花（か）か。あの様（よう）子（す）だと大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）だとは思（おも）うけど……）

　紫（し）織（おり）は、恵（え）理（り）花（か）を心（しん）配（ぱい）しながら恵（え）理（り）花（か）の部（へ）屋（や）の前（まえ）までやって来（く）ると、目の前（まえ）のドアを軽（かる）くノックする。

　　コン

「恵（え）理（り）花（か）、入（はい）るよ良（い）いかい？」

　紫（し）織（おり）の言（こと）葉（ば）に、部（へ）屋（や）の中（なか）から恵（え）理（り）花（か）が返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「どうぞ……」

　その言（こと）葉（ば）に元（げん）気（き）は無（な）い。

　　カチャン

　ドアを開（あ）け、ドアノブの音（おと）と共（とも）に紫（し）織（おり）が恵（え）理（り）花（か）の部（へ）屋（や）に入（はい）ると、恵（え）理（り）花（か）はベッドに俯（うつむ）いた状（じょう）態（たい）で座（すわ）って居（い）た。

　その顔（かお）は今（いま）にも泣（な）き出（だ）しそう。

　そんな恵（え）理（り）花（か）を見（み）た紫（し）織（おり）は、恵（え）理（り）花（か）に向（む）かって心（しん）配（ぱい）そうに言（い）う。

「そんな顔（かお）で落（お）ち込（こ）んでるんじゃないよ。壊（こわ）れた物（もの）は仕（し）方（かた）ないし、私（わたし）は怒（おこ）って無（な）いって言（い）っただろ」

　紫（し）織（おり）の言（こと）葉（ば）に恵（え）理（り）花（か）は首（くび）を軽（かる）く横（よこ）に振（ふ）ってから、紫（し）織（おり）に顔（かお）を向（む）けて返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「それは大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）……　葉（よう）司（じ）君（くん）達（たち）が、お祖母（ばあ）ちゃんが来（く）るまで大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）って励（はげ）ましてくれてたし」

　恵（え）理（り）花（か）の言（こと）葉（ば）で、紫（し）織（おり）は思（おも）う。

（達（・・）って事（こと）は、たぶん薫（かおる）を抜（ぬ）いた三（さん）人（にん）の事（こと）か……　ククリが選（えら）んだから心（しん）配（ぱい）はしていなかったけど、一（いっ）丁（ちょう）前（まえ）な事（こと）は出（で）来（き）る様（よう）になった訳（わけ）か）

　そして紫（し）織（おり）は恵（え）理（り）花（か）に尋（たず）ねる。

「じゃぁ何（なに）に落（お）ち込（こ）んでるんだい？」

　すると恵（え）理（り）花（か）は再（さい）度（ど）俯（うつむ）き、少（すこ）し間（ま）を置（お）いてから紫（し）織（おり）に聞（き）く。

「ねぇお祖母（ばあ）ちゃん……　抱（だ）き付（つ）いて良（い）い？」

「珍（めずら）しいね。良（い）いさ、おいで」

　微（ほほ）笑（え）んでそう紫（し）織（おり）が言（い）い返（かえ）す。

　すると恵（え）理（り）花（か）はベッドから立（た）ち上（あ）がり、紫（し）織（おり）に向（む）かって抱（だ）き付（つ）いた。

「お祖母（ばあ）ちゃん、怖（こわ）い……」

　顔（かお）を伏（ふ）せたままそう呟（つぶや）いた恵（え）理（り）花（か）に、紫（し）織（おり）は優（やさ）しく尋（たず）ねる。

「何（なに）がだい？」

「分（わ）かんない。でもア（・）レ（・）を見（み）てから、ずっと不（ふ）安（あん）で怖（こわ）い……」

　恵（え）理（り）花（か）の言（こと）葉（ば）に紫（し）織（おり）は思（おも）う。

（恐（きょう）怖（ふ）じゃ無（な）く不（ふ）安（あん）て事（こと）は、アラハバキの力（ちから）の所為（せい）か……　それなら丁（ちょう）度（ど）良（い）い）

「ねぇ恵（え）理（り）花（か）、少（すこ）し目（め）を閉（と）じていておくれ。不（ふ）安（あん）に勝（か）つ呪（じゅ）文（もん）を教（おし）えてあげるよ」

　そう言（い）って微（ほほ）笑（え）む紫（し）織（おり）に、恵（え）理（り）花（か）は少（すこ）し恥（は）ずかしそうに言（い）い返（かえ）す。

「お祖母（ばあ）ちゃん、私（わたし）もうそんな歳（とし）じゃ……」

「良（い）いから言（い）う事（こと）を聞（き）いとくれ。ほら、私（わたし）の為（ため）だと思（おも）って」

　紫（し）織（おり）に笑（え）顔（がお）でそう言（い）い返（かえ）され、恵（え）理（り）花（か）は仕（し）方（かた）なく瞼（まぶた）を閉（と）じた。

　すると紫（し）織（おり）は、袖（そで）に仕（し）舞（ま）っていた化（け）粧（しょう）箱（ばこ）を取（と）り出（だ）し、化（け）粧（しょう）箱（ばこ）の中（なか）から、白（しろ）い勾（まが）玉（たま）の付（つ）いたペンダントを取（と）り出（だ）す。

「もう少（すこ）し待（ま）っておいで」

　更（さら）にそう言（い）いながら、化（け）粧（しょう）箱（ばこ）をベッドの上（うえ）に置（お）いた紫（し）織（おり）は、ペンダントの後（うし）ろ部（ぶ）文（ぶん）の留（と）め具（ぐ）を外（はず）し、恵（え）理（り）花（か）の首（くび）にそっと掛（か）ける。

　チェーンの感（かん）触（しょく）を首（くび）に感（かん）じた恵（え）理（り）花（か）は、瞼（まぶた）を閉（と）じたまま紫（し）織（おり）に尋（たず）ねる。

「ペンダントか何（なに）か？」

「まだだよ恵（え）理（り）花（か）。これから秘（ひ）密（みつ）の呪（じゅ）文（もん）を唱（とな）えるからね」

　言（い）い返（かえ）した紫（し）織（おり）は、ペンダントの白（しろ）い勾（まが）玉（たま）に向（む）かい、心（こころ）の中（なか）で願（ねが）う。

（スセリ、少（すこ）し力（ちから）を借（か）しとくれ……）

「オーリゴー、アニムス、アエテルヌス、プラエタリタ、レディーレ」

　紫（し）織（おり）が呪（じゅ）文（もん）を唱（とな）えると、その影（えい）響（きょう）で恵（え）理（り）花（か）が一（いっ）瞬（しゅん）光（ひか）る。

　そして光（ひかり）が収（おさ）まると、紫（し）織（おり）は恵（え）理（り）花（か）に教（おし）える。

「恵（え）理（り）花（か）、目（め）を開（あ）けてごらん。気（き）分（ぶん）はどうだい？」

　言（い）われて恵（え）理（り）花（か）はゆっくり瞼（まぶた）を上（あ）げ、紫（し）織（おり）に答（こた）える。

「大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、落（お）ち付（つ）いた」

「それは良（よ）かったよ」

　紫（し）織（おり）が笑（え）顔（がお）でそう言（い）うと、恵（え）理（り）花（か）は自（じ）分（ぶん）の首（くび）に掛（か）かったペンダントに目（め）を向（む）けた。

　すると遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）が身（み）に付（つ）けていた、白（しろ）い勾（まが）玉（たま）が取（と）り付（つ）けられている事（こと）に気（き）付（づ）き、驚（おどろ）く。

「お祖母（ばあ）ちゃん、コ（・）レ（・）！」

「恵（え）理（り）花（か）にやるよ。一（いっ）緒（しょ）に埋（う）まってたんだから、魔（ま）除（よ）けぐらいには成（な）るだろう。玄（げん）関（かん）にあの子（こ）達（たち）を待（ま）たせて有（あ）るんだ、お前（まえ）達（たち）が見（み）たア（・）レ（・）を探（さが）しに行（い）くって言（い）ってたから、お前（まえ）も一（いっ）緒（しょ）に行（い）って来（き）な」

　紫（し）織（おり）の言（こと）葉（ば）に、恵（え）理（り）花（か）が少（すこ）し考（かんが）えて居（い）ると、紫（し）織（おり）は言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「あの子（こ）等（ら）に励（はげ）まして貰（もら）ったんなら、元（げん）気（き）な姿（すがた）を見（み）せてやるのが筋（すじ）ってもんだよ。それにア（・）レ（・）自（じ）体（たい）が怖（こわ）い訳（わけ）じゃないんだろ。それともお前（まえ）は、家（いえ）に籠（こも）って私（わたし）に心（しん）配（ぱい）させる聞（き）かい？」

　その言（こと）葉（ば）に首（くび）を横（よこ）に振（ふ）り、恵（え）理（り）花（か）は笑（え）顔（がお）で言（い）い返（かえ）す。

「分（わ）かった。それと素（す）敵（てき）なプレゼントありがとう、お祖母（ばあ）ちゃん」

「どういたしまして。風（ふ）呂（ろ）の掃（そう）除（じ）は薫（かおる）が代（か）わってくれたから、後（あと）でお礼（れい）を言（い）いな。それと同（おな）じく埋（う）まっていた物（もの）を、あの子（こ）達（たち）にも持（も）たせて有（あ）るよ」

　紫（し）織（おり）がそう現（げん）状（じょう）を説（せつ）明（めい）すると、恵（え）理（り）花（か）は紫（し）織（おり）に笑（え）顔（がお）を向（む）けて言（い）う。

「それじゃ遊（あそ）びに行（い）って来（く）るね」

　元（げん）気（き）いっぱいに。

「行（い）っておいで。良（い）い女（おんな）でも、男（おとこ）を待（ま）たせるには限（げん）度（ど）が有（あ）るからね」

　笑（え）顔（がお）でそう言（こと）葉（ば）を返（かえ）した紫（し）織（おり）は、恵（え）理（り）花（か）が部（へ）屋（や）を出（で）て行（い）くのを見（み）送（おく）りながら、死（し）んだ友（ゆう）人（じん）に向（む）かって心（こころ）の中（なか）で言（い）う。

（国（くに）の為（ため）とは言（い）え。私（わたし）達（たち）が人（ひと）様（さま）の子（こ）や孫（まご）を巻（ま）き込（こ）んで、本（ほん）当（とう）に良（よ）かったのかねぇ……　ねぇ円（まどか））

　★★★★

【同（どう）時（じ）刻（こく）　境（きょう）群（ぐん）市（し）上（じょう）空（くう）】

　工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）から姿（すがた）を消（け）した、ラメを含（ふく）んだ様（よう）な黒（くろ）き球（きゅう）体（たい）は、大（たい）気（き）圏（けん）にやって来（く）る妖（よう）艶（えん）な女（じょ）性（せい）の姿（すがた）に変（か）わり、高（たか）笑（わら）いを始（はじ）める。

「フフフフ、フッフッフッ、フハハハハハハハ」

　高（たか）笑（わら）いをを止（や）めたソ（・）レ（・）は、地（ち）上（じょう）を軽（かる）く見（み）下（お）ろして言（い）う。

「地（ち）に輝（かがや）くの星（ほし）も美（うつく）しい、コ（・）レ（・）ぞ懐（なつ）かしき現（うつし）世（よ）よ」

　そして、背（はい）後（ご）の離（はな）れた位（い）置（ち）に居（い）る女（じょ）性（せい）に意（い）識（しき）を向（む）け、妖（よう）艶（えん）な笑（え）みを湛（たた）えながら、その女（じょ）性（せい）に語（かた）り掛（か）ける。

「……お前（まえ）は祝（いわ）ってくれるか、太（たい）陽（よう）神（しん）？」

「祝（いわ）えると思（おも）いますか？　天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）」

　太（たい）陽（よう）神（しん）は強（つよ）くそう言（い）い返（かえ）し、それと同（どう）時（じ）に、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）は太（たい）陽（よう）神（しん）の方（ほう）を向（む）く。

　そして太（たい）陽（よう）神（しん）に尋（たず）ねる。

「お前（まえ）は変（か）わらんな……　いや、私（わたし）達（たち）は変（か）われんか」

「貴女（あなた）と問（もん）答（どう）するつもりはありません」

　太（たい）陽（よう）神（しん）は言（い）い返（かえ）すと、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）はクスクス笑（わら）いながら思（おも）う。

（確（たし）かに、スサノオの心（しん）配（ぱい）した通（とお）りか……）

　左（ひだり）手（て）を差（さ）し出（だ）し、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）は太（たい）陽（よう）神（しん）に聞（き）く。

「お前（まえ）の望（のぞ）みは何（なん）だ？」

「その答（こた）えは決（き）まっています……――」

　その言（こと）葉（ば）と同（どう）時（じ）に、太（たい）陽（よう）神（しん）の装（よそお）いが変（か）わる。

　左（ひだり）手（て）に輝（かがや）く弓（ゆみ）。

　右（みぎ）手（て）に白銅（はくどう）の剣（けん）。

　首（くび）に白（しろ）い勾玉（まがたま）が３つと、黒（くろ）い勾玉（まがたま）が１つ付（つ）いた首飾（くびかざ）りをし。

　龍（りゅう）の麟（うろこ）で出（で）来（き）た革（かわ）鎧（よろい）を身（み）に付（つ）け。

　背（せ）中（なか）に大（おお）きな烏（からす）の翼（つばさ）が生（は）えた。

「そこに座（ざ）すのは、私（わたし）達（たち）姉弟（きょうだい）の使（し）命（めい）。退（ど）かぬと言（い）うのなら、今（こん）度（ど）は私（わたし）自（みずか）ら、貴女（あなた）を常（とこ）世（よ）に封（ふう）印（いん）してあげましょう」

　天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）に白（はく）銅（どう）の剣（けん）を向（む）け、そう啖（たん）呵（か）を切（き）った太（たい）陽（よう）神（しん）だが、内（ない）心（しん）は悩（なや）んでいた。

（そう、御（お）父（とう）様（さま）に任（まか）せられたのだから……――）

　そんな太（たい）陽（よう）神（しん）に、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）は笑（え）顔（がお）で言（い）い返（かえ）す。

「それがお前（まえ）の本（ほん）心（しん）か、太（たい）陽（よう）神（しん）アマテラス」

　同（どう）時（じ）に、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）の装（よそお）いが、アマテラスと同（おな）じ物（もの）に変（か）わった為（ため）、アマテラスはその場（ば）から一（いっ）歩（ぽ）退（ひ）く。

　その様（よう）子（す）を確（かく）認（にん）した天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）は、白（はく）銅（どう）の剣（けん）をアマテラスに向（む）け、妖（あや）しく尋（たず）ねる。

「何（なに）を驚（おどろ）いている？　我（わ）が名（な）は天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）、夢（ゆめ）と業（ごう）の女（め）神（がみ）アラハバキ。私（わたし）の姿（すがた）を見（み）て退（しりぞ）いたと言（い）う事（こと）は、貴（き）様（さま）は私（わたし）に、自（みずか）らの負（ま）ける理（り）由（ゆう）を欲（ほ）っしているのだ」