第六章

第43話 現場の事情は…偉い人には分からん物なんですよね? 1 

 マルグリット殿下と話してから4日、僕とミネルヴァは、エルグラン大森林から15kmほど西にある旧大公領の領都グランヴィアにいた。



 現在はギルムガン王国の侵攻隊に占領されてはいるものの、表面上は平静を保っている。流石に正規訪問は遮断されているが、街の内部に限っては外出しても咎められないようだ。それでも目立つ事は避けたいので裏路地を進んでいたが・・・



 旧大公領は現在グラム神聖国に統治されておりアルバ地方と呼称されている。元々この地は100年近く前に、グローブリーズ帝国がグラム神聖国から奪い取った地である。元々の地名もあったがアルブレヒト前領主を慕う領民達の、気持ちを抑える為の措置らしい。



 グラム神聖国は、政教一致を国是とした強固な支配体制を敷く宗教国家である。宗教に名前は無く一神教、国民に信教の自由は無い。元々この世界の宗教観は多神教が多い為、周辺国家とは事あるごとに対立している。しかも他教から改修を強いられた旧領民は、唯一神への背信を咎められ、10年間は税率が1.5倍に定められて貧困に喘いでいる。



{とてもな宗教とは思えないな。今が占領下にある事を差し引いても領民達に活気が無さ過ぎる。}



{旧領民は税率だけで無く、有形無形の様々な差別を受けています。反乱を抑制する為かと思われますが、街に入ってからの集音分析からすると、現在の領主であったジェローム枢機卿は相当あくどい人間だったようです。}



{しかも、そいつはギルムガン王国の侵攻が始まった途端に逃げ出したんだろう?}



 話に聞くと、エルグラン山脈に巣くう“ギドルガモン三首の神獣”なる魔物は、グラム神聖国の教義では神の御使いとされ、山脈丸ごと聖地に認定されているらしい。



{宗教国家にとっては絶対死守するべき土地なのに随分あっさり撤退したな?}



{其処にはやはり裏事情がある様です。先の大戦で、辛うじて戦勝国に名を連ねたグラム神聖国ですが、当初は別の土地を要求していたそうです。しかしエルグラン山脈を聖地と吹聴していた為、グローブリーズ帝国はこれ幸いと魔獣のいる山脈ごと、赤字を重ねる不毛な土地を押し付けました。グラム神聖国側も、教義に背く訳にはいかず、渋々受け入れたそうです。}



{アルブレヒト大公は皇位継承権一位だったのにそんな不毛の土地を押し付けられていたのか?}



{大公は皇位を継承する前に、元々天領だった土地を自ら大公領として譲り受けました。不毛の土地を憂いて、農地改革を行ったり、積極的に冒険者を誘致し、魔物討伐を行った結果、領内はかなり安定し始めていたそうです。しかし最悪のタイミングで先の大戦が起こります。大公領は戦略的要衝の為に最前線となってしまい、また荒廃する事になります。}



{・・・マルグリット殿下達には少し言い過ぎたな。確かにこんな状態を見たら我慢ならないだろうと思う。}



{私には人間性に起因する感情は有りませんが、知識と照らし合わせても確かにまともでは有りませんね・・・主殿、前方15mを右折して下さい。更に20m先の左手がヴィルヘルム殿から聞いている目的地になります。}



{解った、ありがとう。引き続き周辺警戒を頼むよ。}



{承知致しました。}



 もう暫くすれば夕暮れとなる。薄暗い路地だが、モノクルの機能である露光調整が働いて視界は良好だ。良好なのだが・・・良好だからこそ見えなくて良い物まで見えてしまう。



{主殿、右手3m、推定身長140cmの人物が潜んでいます。}



{ああ、僕にも見えたよ。}



 その人影は、どうも潜むと言うより物陰にうずくまっているだけの様だ。どう見ても子供だがフード付きの外套を身に付けていて詳細は解らない。



 厄介な事になった。時間に余裕は無いのだが、見つけてしまったからには、無視するのもはばかられる。



{ミネルヴァ、危険度は?}



{エコーにて確認しましたが、どうも気を失っている様です。}



 それはまずいな。大急ぎで声をかける。



「大丈夫ですか?こんな所で寝てると危ないですよ。」



 どうにもテンプレな声の掛け方だが、うずくまっていた人影は、一瞬“ビクッ”として恐る恐る視線を上げる。フードの奥から見える面立ちは、どうみても子供の物だ。



「・・・あんた誰だい?」



 どうやら警戒されている。出来るだけ穏やかに返答する。



「ただの通りすがりです。あなたがうずくまっているのを見て、声を掛けただけですよ。問題ないのならおいとましますが?」



「・・・問題ならある。・・・俺は腹が減って動けない。何か食い物があったら分けてくれないか? 金は無いが、代わりに俺に出来る事なら何でもするよ。こう見えても獣人の端くれだ。それなりに力もある。荷運びでも、遣いっ走りでも、何でも言ってくれ!」



 どうやらただの行き倒れの様だ。それなら、あまり関わってはいられない。幾ばくかの金を渡して家に帰る様に諭す。



「これで何か食べて・・・なら家に帰りなさい。この街は今、他国の軍隊によって占領されています。あなたのような子供にとっては、良い環境とは言えない。」



「・・・おっさん!馬鹿にすんなよ!あんたはと思ったのかも知れないが、俺は物乞いじゃねぇ。それに俺はこれでも18歳だ!」



 フードをとって、早口でまくし立てて来た。その顔を見て更に驚く。どうみても小学生位にしか見えない。しかも・・・



「あなた・・・女の子ですか?」



「どこまで失礼なんだ!女性と言えよ!」



 どうやら地雷を踏んでしまったようだ。



「あなたの言い分は解りましたが、僕には関係有りませんね。助けが必要ないなら、僕は行きますが?」



「・・・うううぅぅ、それは困る。頼む何でもいいんだ!これは誇りの問題なんだよ。」



 この地雷、どうも厄介な事に誇り高い地雷の様だ。



「・・・解りました。僕はそこにある“黒猫亭”で食事をする予定なので、そこに同行して一緒に食事して下さい。あなたに頼むのは、今のこの領内の情報です。知っている事だけで結構ですので教えて下さい。」



「あんた・・・ここらの人間じゃねーな?・・・うーん、仕方ねぇ。背に腹はかえらんねぇ、取りあえず飯を頼むよ。」



「お食事はお任せ下さい。情報を宜しくお願いします。 ああ、あなたのお名前は?」



「・・・ロアナだよ。本当にそれだけ情報で良いのか?」



「ええ。宜しくお願いします。」



――――――――――



 本来の目的地である黒猫亭は、こじんまりした店だ。僕らは端にあるテーブルに着いた。一通り注文をし最後にを追加で頼む。



「おっさん。何でこんな端っこに座るんだよ。ガラガラなんだからもっと良い席に座ろうぜ。」



 この娘、どうにも口が悪い。



「・・・2つ訂正しておきましょう。一つ、この席に座るのは必要が有るからです。2つ、僕は“おっさん”呼ばわりされる歳じゃありません。」



「幾つなんだよ?」



「24才です。」



「十分おっさんじゃねーか。まあいいよ、おっさんが嫌なら名前を教えてくれよ。」



 ロアナの“十分おっさん”発言で少しへこんだ。


「・・・そういえば名乗ってませんでしたね。僕はカナタ・コウサカです。」 



「げ!名字持ちか。まさか貴族なのか?」



「いえ、魔法使いですよ。」



「そのしがない魔法使いが、このタイミングでアルバ地方に来るなんてどういう了見なんだ?」



「知人に会いに来たんですよ。あなたこそこんな状態の街になぜ来たのですか?」



「・・・俺が街の外の人間だってなんで分かる?」



「街に住んでいる人が、行き倒れる筈が無いでしょう。」



「・・・それもそうだな。俺はエルグラン大森林にある獣人族の村から来たんだ。アルバ地方にギルムガン王国の軍が来て占領してるのは見ての通りだけど、俺達の村なんて基本は、ほとんど戦力にならない。だから戦争があっても分隊程度の数が来て、大人しくしてろと釘をさされて終わりなんだよ。」



 確かに領都を制圧しているし、侵攻を進めるにしても西に進める筈だ。



「それが奴ら何をとち狂ったか、1000人規模の精鋭部隊で村を占拠して、エルグラン山脈のギドルガモンに戦いを挑むから、案内しろってほざきやがった!」



「・・・それはおかしいですね? ギドルガモンを討伐して何か得があるんですか?」



「そんなの分かんねーよ。確かに伝説の神獣だ、お宝くらい隠してんのかもしんねーが、奴ら程度の人数じゃ確実に全滅だよ。奴らがのは一向に構わねーが、下手をしたら周辺の村どころか領都まで壊滅だよ。だから俺が村を抜け出して領主に知らせに来たら、ヤローとっとと逃げ出してやがった。」



 そこまで話を聞いた時に料理が運ばれて来た。配膳が済むと何故か配膳係りの壮年の男が僕らの席に座った。



「この料理はヴィルヘルムの奴から聞いたのか?」



「ええ、あなたがライモンドさんですね。」

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