第36話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 8

 その男はまるで自宅のリビングにいるように寛いだ姿でソファーにその身を沈めていた。部下の報告からウォルター・アレディングだというのは一目で分かった。


「招待した覚えはないぞ、ウォルター・アレディング。いや貴様ウォルターではあるまい」


 さほど広い部屋ではない、ソファーが視線から外れたのは一瞬だ。何らかの魔法を使ったのは間違いないしウォルターが魔法使いではないのは報告書にあった。


「私は事件の被害者達の代弁者に過ぎませんよ。あなた達こそ何者です?僕は本来、帝国内での揉め事になど興味も感心もありません。死人が出た以上看過は出来ませんが、今の所あなた達の事を帝国に通報する義理もありません。最低限のをつけていただければね」


 侵入者は見た所、肩のフクロウと左目のモノクル以外、服装といい口調といいこれといって特徴のない素朴な風貌だ。しかし外見とは裏腹にその口から出た言葉は反論など出る筈がないと思っているだった。


「こちらの質問に答える気が無いのは分かった。ならば答えたくしてやる迄だ」


 同時に魔法を起動する。コンマ数秒で発動しようとした時、まるで緊張感のない口調で

 

「止めておいた方がいい。僕が此処に無計画に伺ったと思ってはいないでしょう?」


 途端に自らのが先日から投宿している事を思い出し、魔法の行使を止め相手を睨む。


「貴様!知っている?」


 先日到着した主と従者は、部下達に会わせていない。会話も厳重な遮音結界で漏れていない筈だから部下が捕まっていたとしても存在が漏洩する事は考えられない。


 だが主の滞在を秘匿する為に人払いしてしまったのはまずかった。手駒のない中で主の防衛と目の前の男の始末は明らかに分が悪い。


「あなた方の事情など知りませんね。僕が約束出来るのはがあなたの振る舞い次第、という事だけです」


貴様ぁーきさまぁー!」


 思わず怒声を発しながらも心の中は冷えて行く。主に危害を加えられる訳にはいかない。


「落ち着いて下さい。話を続けましょう...」


――――――――――


「ではシドーニエさん、行って参ります。恐らくさほどの時間は掛からない筈ですが、事が起こったらはお任せしますので宜しくお願いします」


 カナタとシドーニエは奴等のアジト近くの路地にいた。


「了解致しました、お任せ下さい。」


 シドーニエは短く答えた。作戦の概要は伝えてあるが緊張している様だ。


「大丈夫ですよ。隠 蔽フルカーテンが発動していますしドローンオウルミニミネルヴァも残して行きます。撤退が必要なら彼が転移魔法でヒルデガルド様の所まで運んでくれます。」


 シドーニエは微妙な顔をしている。


「...コーサカ様に心配が無用なのは分かっておりますが...万が一の事もあります。くれぐれもご注意を」


「ありがとうございます。さあ一仕事してきますか...」


 そう言って、まるで自宅に帰るかのように歩きだした彼は目的の建物に吸い込まれていった...


「...コーサカ様は緊張感が無さ過ぎです。」


――――――――――


「話を続けましょう。と言ってもこちらの要求はあなた方の正体を話す事と、亡くなった方達への正当な賠償、今後、こちらにをかけないという事位でしょうか...」


「我らが素直に話すと思うか?人質さえ取られなければ貴様など即座にチリに変えてくれるものを...」


 まあ、概ね予想通りの反応だ。だが人質とは...建物内の男女の事か、ミネルヴァから彼が最上位者らしいと聞いていたので気にしていなかったが反応をみる限り随分重要人物らしい。


「少し訂正しましょう。建物内の人達を人質に取ったつもりは有りません。純粋にあなたと私が争えば危害が及ぶだけの事ですよ。それにあなたが何者かは知りませんが現状、私に敵対する事は出来ません」


「...どういう意味だ?貴様如き若造に我が敗れるとでも?随分とじゃないか」


 挑発して隙を作ろうとしているのは見え見えなのだが...


「まあ、納得されませんよね。では外に出ましょう。建物の中ではお互いやりにくいでしょう」


 相手は訝しみながらも外についてきた。奴としても邸内での戦闘は避けたいのだろう。


 外は静まり返っていた...この建物にはそれなりの庭があったのでそこで対峙する。


「では遠慮なくどうぞ」


「デカい口を叩く! ならばこれくらいは軽く受けて貰おうか」


 そう言った途端、男の周囲には半透明の球体がざっくり30程も浮かび上がった。


嵐 風 陣ブラスト・バースト


 恐らく空気を圧縮した球体なのだろう。それがあらゆる方向から迫る。


(ああ、あらかじめの準備をしてないと絶望的だったな)


 そんな事を考えながら球体を躱す。本来なら絶対に無理だが今のカナタには文字通り


 全ての球体を躱して見せると、相手は驚愕に目を見張りながらも直ちに次の手を打ってきた。


認識増速魔法バイ・アクセル


 瞬間、相手の姿がぶれて即座に消え去った。だが落ち着いて周りを見回すと後ろに周り込みながら手元に魔力を収束している相手が見えた。


{ミネルヴァ、今のは?}


{自らの脳に働きかけ、あらゆる知覚の認識速度を引き上げる魔法です。神経伝達速度が飛躍的に上昇し常人には不可能な速度で動けます}


{なる程、凄まじいスピードだな。まあ僕らも似たような事をしている訳だが...}


 そんな会話をしている内に、背後に移動した奴から、鉛筆位の半透明な矢が無数に迫って来る。ご丁寧な事に回転しながら、まるで無数のドリルが迫ってくるようだ。


 こちらのスピードを見て更に高密度な範囲攻撃に変えて来るあたり、流石に戦い慣れている。


 だがカナタにとって如何に早く強力な攻撃でも、それを認識出来るなら、なんら脅威足り得ない。


「ムーヴ!」


 小さな呟きと共に範囲攻撃の外に転移する。相手からは正に質の悪い冗談のような物だ。


「...貴様、本当に何者だ?われが増速魔法を使って放った範囲攻撃を躱すなど王国の“黄泉路を司る騎士インフェルノライダー”やグラム神聖国の“絶対の光を纏う者グランドグリッター”位だぞ。」


「...その方達の事は存じ上げませんが、貴方はこれで終わりでは無いでしょう。奥の手があるなら是非見せて頂きましょう」


「...ふん、まあよかろう。そんなに見たければ見せてやろう。但し誰にも語る事は出来んがな!」


 彼が魔法発動の集中に入った瞬間ミネルヴァから通信が入る。


{主殿、奴が周囲の魔 力エネルギー粒子を集積して魔法を発動しようとしています。}


{...分かった。奴のエネルギー集積量がもし想定以上なら奥の手を切る、奴のエネルギー総量に注意していてくれ}


{了解致しました。}


 その間にも奴は呪文らしき物を詠唱している。


「...今その身を再び現世うつしよに現さん! 召喚!!暴風の翼竜王テンペストワイバーン


 呪文が終わった瞬間、目の前には体長15mはある巨大な漆黒の翼 竜ワイバーンが翼を広げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る