第34話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 6

 最上階のスィートルームは流石の豪華さだった。主寝室が2つ、コネクティングルームが一つにリビングやキッチン・トイレは勿論の事、珍しく風呂まである。更に重厚な扉や鎧戸を備えた窓など、防犯に対する意識も高いようだ。


「基本的にスィートルームは、VIP以外ほぼ泊まる事がありません。護衛の観点から考えても外に出る事無く済むようになっている事が多いのです」


 とは、シドーニエの弁だ。


 僕たちは在室中の襲撃に備えて“テンプオーダー”を展開しているが、この部屋だけでも充分に防御力は高いだろう。


 我々は2つの主寝室をそれぞれ使用する事にした。と言っても“テンプオーダー”で作った部屋の入口を設置するので、ほぼ使用されないのだが.....


「シドーニエさんは先程の“伝言”をどう思いますか?」


 現場を確認したうえで改めて伝言作戦の可否について問いかけてみる。


「実際の規模や従業員を見た限り、やはり宿その物は件の密輸集団とは関係ない様に思います」


 シドーニエは僕と同じ意見のようだ。改めて根拠を聞く。


「何故その様に思われるのですか?」


「ある程度の“匿名性を担保した連絡方法”が目的と仮定します。しかし、この宿を丸ごと抱え込むのは、情報漏洩や経費に対してのリスクがメリットに見合いません」


「僕もそう思います。理由も概ね同じです。しかし宿側は知らなくても確実に一部の従業員は『ブレーメン』側と通じています。少なくとも伝言が入った事を外部に知らせている人間は確実にいますね」


「?何か根拠がおありなんですか?」


「状況証拠の積み重ねですが.....まず第一にこの宿の規模です。かなり大きな宿ですが、それでも頻繁に一個人宛てに伝言を残せば従業員に印象を残します」


「確かにそうですね。」


「それは密輸集団が避けたい事態の筈です。ならば一人に的を絞って金銭で協力者に仕立て上げるのはどうでしょう? そして、その人物のみを窓口にすれば、印象に残る事は避けやすい」


「確かにその通りですね」


「第二に、同じ理由で従業員の印象に残らない様にしたいなら、定期的な出入りなどは極力避ける筈です。しかし伝言の即応性がないと連絡手段としては心もとない」


 シドーニエは発言の内容を咀嚼しているのか、何度も頷いている。


「ならば、従業員が伝言の有無を知らせていると考えたら如何です?恐らく伝言内容は知らずに.....例えば“特定の窓に花を飾る”のが合図としたらどうでしょう。これなら証拠は残らない。もしかしたら従業員は犯罪者に手を貸している自覚すら無いかもしれません」


「.....なる程。やはり相当慎重な組織ですね.....逆に、“ホテルオーナーや従業員が完全に奴らの仲間”の可能性はあるでしょうか?」


「可能性は薄いと思いますが、まぁその場合は恐らくこの宿に宿泊した痕跡も残さないでしょうね。宿事になります。しかし敵だった場合の方が話が早いのも事実です。だから対策として“テンプオーダー”を展開している訳ですが.....」


 そこでミネルヴァからタイムリーな報告が入る。どうもタイミングを計っていた様な気がする。


{主殿、この宿を監視している集団が二組いると考えられます。如何なさいますか?}


{うーん。こちらに踏み込んで来る様子はあるかい?}


{集音分析とエコーロケーションの結果、今の所は監視のみに留めているようです。基本的にどちらも無駄な会話は避けている様で正体は判明しておりません}


{二組はかい?}


{恐らく}


{なら暫くは泳がせて、引き続き分析を続行してくれ。何か判明したら報告頼むよ}


{了解致しました}


「シドーニエさん、既にお客様が来られた様です。まあ前触れアポイントがないので暫くは知らんぷりしていて下さい」


 シドーニエの顔に緊張が走る。


「分かりました。ヒルデガルド様は大丈夫でしょうか?」


「わざわざ国の使節団にちょっかいをかける程馬鹿な事はしないと思いますが.....後でヒルデガルド様の所に様子を伺いにいきましょう」


「了解です」

 

 ――――――――――


「〔金の万年筆亭〕に伝言だと?」


 フードを目深に被った男が、部下の報告に眉をしかめる。あの宿はアレディング商会との連絡以外には使っていない。ならばフランク・アレディングが捕縛された以上、伝言は確実に罠だろう。


「はい。伝言の合図が出ている事を担当が発見しました。部下を宿泊客として送り込みました所、伝言の主はウォルター・アレディングを名乗る20代前半の男です。今は秘書と共にスィートルームに宿泊しているとの事です。大事をとって伝言には手を付けていません」


「ふん!それが本当なら何の用だ。今更オヤジの恨み言でもあるまい。監視だけ付けてほうっておけ。伝言も確認する必要はない」 


「よろしいのですか?」


「かまわん。ケチのついた連絡網に固執するなど低脳の証拠だ。アレディングの息子は優秀だと聞いていたがな.....」


 そう、アレディング商会と取引する前にした事前調査ではウォルター・アレディングは優秀な男だと聞いている。ならばこのな誘いには何らかの意図が有るのか?情報が少ない状況で判断するのは早計かも知れない。


「監視からの報告は密にさせろ。何か動きがあれば即伝えろ、状況は問わない」


「了解しました」


――――――――――


「監視が二組か.....その内の一組は帝国の諜報かもしれん。今回の使節団は戦後処理の為に来ているからな。民間交易が滞っていたから同行したと偽って間諜を紛れ込ませるなどやって当然と思われるだろう」

 

 そうヒルデガルドが言うと僕も頷いた。場所は帝国の迎賓館、ヒルデガルドの私室の控室だ。予め転移先として決めておいたのでヒルデガルドとの面会はスムーズに出来た。


「ならばもう一組が例の組織か.....コーサカ殿はどうされるおつもりか?」


「暫くは泳がせて様子を見ようと思いますが.....一組が帝国側の監視となると手を出すわけにはいきませんね。帝国側と『ブレーメン』側との選別が済み次第、出来るだけ気取らない様に『ブレーメン』側のみを探って見ます」


「ならば我々は本来の目的である帝国側との折衝に力を入れよう」


「僕たちはカムフラージュで帝都の素材商と接触し、平行して選別を済ませます。もし向こうから接触を計って来た時はその場での判断となりますが.....」


「そこはお任せする。くれぐれも安全を優先してくれ。いや.....コーサカ殿には無用の心配だな」


「微力を尽くします。それでは僕は〔金の万年筆亭〕に戻ります。ヒルデガルド様もお気をつけて」


「ああ、よろしく頼むよ」


「それではこれにて.....“ムーヴ”」


 ――――――――――


 〔金の万年筆亭〕に戻るとシドーニエが“テンプオーダーエンター2”から出て来た。


「ヒルデガルド様はお変わりありませんでしたか?」


「ええ、向こうは問題ありませんでした。こちらは如何でしたか?」


「こちらも変わった動きはありませんでした。と言っても私は室内を出ていませんので外の動きまでは分かりませんが」


「充分です。さあ、もう夜も更けて来ました。明日からの事もありますから早く休みましょう。中に入ったら入口を閉めて下さい。先程待って頂いた時と同じく、自動的に外の入口は消えて客室内の様子が見れるようになります」


「分かりました。お休みなさい」


「はい。お休みなさい」


 シドーニエが主寝室に消えると僕ももう一つの主寝室に入り鍵をかける。


「ミネルヴァ、シドーニエはエンター2に入ったかい?」


「はい。お休みの準備をなさっております」


「分かった。外の連中はどうだ?」


「今の所動きはありません。如何なさいますか?」


 ミネルヴァには帝都のマッピングをして貰わなければならない。


「とりあえず放置するしかないかな?」


「では私が魔力で分身体を召喚して見張らせましょう」


 ?そんな事が出来るのか? 訝しげな表情をしたのだろう。ミネルヴァが説明してくれた。


「最初に砦で召喚した“ゲヘナサラマンダー”を覚えておいでですか?あれは魔力で構築した“仮想使役体AIドローン”です。同様の物を私を模して構築し監視に当たらせます。魔力ネットワークが形成されますのでリアルタイムで情報分析が出来ます」


「すっかり忘れていた。さすがミネルヴァだな。それでは監視をよろしく頼む。どちらもいつかは交代しなければならんだろうから出来ればアジトを突き止めて欲しい」


「お任せ下さい。行動を開始します。魔力集積エネルギー粒子集積元形質複写サンプルコピー魔力回ネットワーク路構築スタンバイ行動パターン構築仮想プロトコル構築全設定完了オールグリーン! 召喚、ドローンオウルミニミネルヴァ


 ミネルヴァが詠唱すると小型の魔法陣が4つ現れ、一回り小さなミネルヴァが4体現れた。


「彼らに外の監視と交代時の尾行を任せます」


「分かった。何かありしだい連絡を頼む。眠っていても起こしてくれて構わない」


「了解致しました。必要なら起こしてご報告させて頂きます。外に出る際にスキルをお借りしても?」


「問題ないよ。じゃあ後は頼む、悪いが少し休ませて貰うよ」


「ごゆっくりお休み下さい。行って参ります。“ムーヴ”」


 そう言ってミネルヴァ達は消えていった。


 さあ僕も少し休もう。どうせ明日も忙しくなるだろうし。



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