第27話 道具は…手に馴染む物が一番だと思いませんか? 7

 フランク・アレディングを張っていた部下から連絡が来たのはカナタ・コーサカが鍛冶屋街に赴いてから3日後の事だった。


 普段の奴ならもう少し慎重に行動したかも知れない。だがここの所、奴にとっては思わぬ事態の連続で焦っていたのだろう、慌てて早馬を仕立てて王都を離れて行った。


 行き先は恐らく国境付近にある廃村跡だろう。今は奴が金にあかせてムリヤリ集めた鍛冶師たちが、密輸用の武器を製造している密造現場だ。


 実はここで働いている鍛冶師たちの大半が密輸品であることは知らずに働いている。状況が状況だけに多少の胡散臭さは感じているかも知れないがさほど気にしないで仕事に従事していた。


 以外な事にアレディング商会は雇い入れた鍛冶師をかなり優遇していたのだ。逆に今の状態でストライキでも起こされたらたまらないから優遇していたともとれるが..

.


 コーサカ殿からの報告で、奴が帝国の怪しげな人物と違法な取引を行っているのは分かっていた。しかし相手方の素性や目的までは流石に分からず、今のところ帝国の人間を合法的に捕縛するには違法な商品の取引現場を抑えるしか手がなかった。


 実際帝国とは緩やかな緊張状態が続いているが民間レベルの交易が禁止されている訳ではない。ただ交易を行っているだけなら捕縛など出来ない。大量の武器を密輸している現場でも抑えない限りは...


「...いやに慌てて動き出したな? ハッパをかけにいくだけなら部下で事足りるだろうに...もしかしたら動きがあるかもしれん。クリステンセン!」


「こちらに御座います、旦那様」


「直ちにビットナー領、衛兵隊一個小隊を率いてフランク・アレディングを追跡せよ。動向を連絡するのを忘れるなよ。アレディング商会の後始末をパウルセン様に押し付...頼み次第、追って私も出る!」


「かしこまりました。直ちに手配して出立致します」


 途中の失言は聞き流すのが、出来る執事長というものだ。実際衛兵隊の指揮を任される普通の執事もないものだが...


「さあ、どこの輩かは分からんが...逃がしはせんぞ」


――――――――――


「さて、フランク・アレディング。既に密造村にも捕縛の手は伸びている。怪我をしたく無ければおとなしくしている事だ」


 既にフランク・アレディングは事の次第を悟ったのか蒼い顔のまま身じろぎも出来ずにいる。


 自らの商会を王都一の大商会に育て上げた男にしては少々情けないが今はもう一人の男の方が重要だ。


「今の動きでお主が出来る人間だというのは分かった。だが武器一つ持たずにこの場を切り抜けられる程ではなかろう。おとなしく捕縛される事を進めるが...」


「フンッ、その程度の手勢で息巻いては恥をかくぞ伯爵。網なんぞ面倒だから避けてやったに過ぎん。疑うならもう一度やってみるがいい」


「ほうぅ、なかなか言いよるわ。しかし我々がいつまでも手加減すると思うなよ。貴様の口が動けば...」


 その瞬間、後方に控えていた衛兵二人から灰色の球体が高速で飛ぶ。


「「捕 獲アレスト!」」


 圧縮した捕縛用の網を風属性魔法で高速射出する。気付かれない様にハンドサインで指示を出す事で完全に隙を突いたかに見えたが...


[ カツンッ ]


 捕縛網がはじけた瞬間、男がつま先を小さく鳴らした。すると男の周囲を瞬時に風が渦巻き捕縛網は粉々になって足元に落ちる


「ハハハ、食えない男だな伯爵。そら今度はこちらの番だ。“風 爆エアバースト”」


 男が詠唱した瞬間、15センチ程の半透明の球体が形成され、高速で伯爵目掛けて飛んでくる。


「小癪な!“強 化ブースト”」


 伯爵が短く詠唱する。同時に大剣の腹で風の魔力球を正面から叩き伏せる。魔力球の威力で床が粉々になり、その下の地面に直径1m前後のクレーターが出来た。


「ふん。この短期間で高位魔法使いに出くわすとはな! まあ二人目は随分小粒だがな!」


 挑発しながら袈裟懸けを放つ。魔法で底上げされた身体能力を駆使して、凄まじい威力と速度に達した剣は巨大な黒曜石をも真っ二つに切り分ける。


「フンッ、“認識増速魔法バイ・アクセル”」


 しかし男は魔法を唱えた瞬間、その場から消えて背後の扉の外に現れた。


「なかなか聞き捨てならないことを言うじゃないか。そいつはもしかして先日のグルム砦の一件にかんでいるって噂のヤツか?」


「...逃げ足だけは早い様じゃな。をお主が知っても無駄じゃよ。今の手合わせでお主が尋常の力量でないことは充分に分かった。だがそれでも...彼の御仁の立つ場所には遥かに及ばん。御仁の達している遥かな深淵は貴様程度では覗き見ることも叶うまいよ」


「先の七大国大戦では“黄泉路を司る騎士インフェルノライダー”と呼ばれた男が随分入れ込んでいるじゃないか...まあいい。そいつが我らの前に立ちふさがるならやるまでだ。お前らには土産をやるからせいぜい楽しむがいいさ」


 そう言い捨てて、男は消えた。そして次の瞬間外から凄まじい咆哮が響き渡る。伯爵達が慌てて駆けつけると...


「なんと...奴の仕業か? 厄介な事ばかりしおって!」


 そこには10頭の双頭の黒犬オルトロスが唸りを上げていた。



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