第4話 アリと餌

 バスの中には、俺と美波しかいなかった。俺は黙ったままで外の景色を眺めている。


「卒業したら、どうするんですか?」


 このまま黙ったままでいられると思った矢先、美波が話しかけてきた。


「……いきなりなんだよ」


「いえ。もう私達も今年で卒業ですから。士郎は、卒業したらどうするんですか?」


 美波は無表情のままに俺に聞いてくる。


「……さぁな。どうせ村からは出られないだろ、俺たちは」


「まぁ、そうですね」


「……お前こそどうするんだよ。村長から何か言われてないのか?」


 俺がそう言うと美波はフッとバカにしたように嗤う。


「村のことは兄様たちがやることです。私は家の手伝いをしていればそれでいい存在ですから」


 美波は半ば諦めたようにそう言う。かといって美波もそれが嫌だという感じではなく、むしろ、それが当たり前のことだという感じの口調だった。


「あぁ。でも、結婚はしろって言われているんですよね」


「……大変だな。有吉家に婿入りする男なんて見つけるの苦労するだろうな」


 俺がそう言うと、なぜか美波は俺のことをジッと見つめてくる。


「……な、なんだよ」


「士郎。結婚しませんか?」


「……は? いきなりなんだよ……」


「いえ。形だけでいいんですよ。私としても士郎の言う通り、婿入りしてくれる人を探すの大変ですし……。それに村出身の相手なら、御祖父様も簡単にお許しになってくれると思いますし」


 その視線は本気なのか冗談なのか……正直わからず、反応に困ってしまった。


「……嫌だね。大体俺には――」


「カゲロウ様が好きだから、私とは結婚できない、ですか」


 バカにした調子で、美波はそう言う。俺は黙って美波を睨みつけた。


「士郎もわからない人ですね。2年前、あんな目に遭って……そして、これからまた地獄を見るかもしれないっていうのに」


 2年前、という言葉で俺は黙ってしまう。しかし、しばらくしてから言葉を返す。


「……それでも、俺は……千影が好きだ」


 俺がそう言うと美波は少し不機嫌になったようだった。俺は構わずに美波を睨み返す。


「そうですか。まぁ、いいんじゃないですか。せいぜい報われない恋をしていれば」


「……お前、そんな言い方は――」


 と、俺が言い終わらないうちに、バスが停車した。


「でも……わかってますよね?」


 と、急に美波が声を落として俺の耳元でささやく。


「アナタは蟻なんです。そして、カゲロウ様が餌を食べるのを見届ける義務があるんですよ」


 俺は思わず苦々しい顔をしてしまう。と、美波は不意にニッコリと微笑む。


「そして、『餌落とし』が滞りなく行われるかどうかを監視するのが私、というわけですね」


 「餌落とし」という言葉に俺が如実に反応した後で、美波はそのまま座席から立ち上がった。


「村の人から連絡が入りました。カゲロウ様と餌は、神社の境内にいるそうです。対応、お願いしますね」


 そう言って、そのまま美波はバスから出て言ってしまった。


 俺は思わず大きくため息を付きながら、立ち上がりバスを出る。


 やかましい蝉の声を聞きながら俺は神社の境内に向かったのだった。

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