連携の取れてない三人の冒険者 vs ハーピー40匹 ~リジストン興国記~

浅賀ソルト

第1話

まだ日の高い峠道。駆け出しの冒険者サン・クンは壊れた屋根付き馬車の陰に隠れて剣を握っていた。

近くには新鮮な死体が7つ。ちょっと離れたところには死後二週間以上が経過して腐敗のピークにある死体が15体。そちらの死体のそばにも馬車があり、馬の死体も並んでいた。

あっちの馬車は隊商のもので、食料や雑貨や装飾品などの金目のものもあるかもしれない。武器は期待できない。

こっちはハーピー退治でやってきた冒険者一行のもので、金目のものは無いが食料はまだ新鮮であてにできる。武器を積んではいないが7つの死体のうち6体は冒険者のものなのでその死体から武器が回収できる。

それらのものを使ってハーピーの大群をサンたちは退治しなくてはならない。おそらく逃げるのは無理だろう。

装備の整理。

まずは飛び道具から。ハーピーは両手が鳥の翼になっている人型の怪物で、上空から襲ってくる。

小型のクロスボウ一つ。

小型の弓が三つ。

クロスボウの矢は1ダース12本くらい。

弓の方の矢は全部で30本くらいはある。矢筒は3つあるが、見た感じ中身がすべて地面にぶちまけられているので回収には苦労しそうだ。

簡単な槍が2本。戦場で使う本格的な奴ではなくて、木の棒に刃を付けたような簡単なものだ。長さは2メートルくらい。こういう使い捨てでいざとなったら投げられるような槍が便利なんだと死体の一人が生きているときに言っていた。

剣は大小様々で1人1本ずつ持っていたが、両手剣はない。ナイフもここに勘定すると刃物類ってことで冒険者6体の死体に合計10本はあるだろう。隊商の15人の死体にも刃物はあるはずだ。非武装でキャラバンをやるわけがないので半分くらいの人間が剣を持っていると考えて7本は期待できる。

鎧を着ている冒険者はいない。盾は6つある。これも大小様々で同じものは2つとない。全部木製だ。

あとは冒険者は全財産を身につけているものなので、ネコババできたら無事に帰れれば収入になる。さっきも言ったが隊商の商品だってまだ全部が駄目にはなっていないはずだ。

装備に関してチャチだと思ったかもしれないが、ハーピー退治といえばこんなもんである。大物じゃない。ゴブリンやコボルドに比べれば厄介な相手だが、重い装備はかえって邪魔になるくらいの相手だ。10人という人数が安全な狩りとしてベストな構成といえる。昨日知り合った、サンと同じく本日がデビュー戦の冒険者と、唯一、このハーピー討伐隊のリーダーでベテラン戦士の3人になってしまった現状では、何がベストだと突っ込まれそうだけど。

死体の解説をしてもしょうがないが、失った仲間には魔法使いも僧侶もいる。今となっては使えないローブや使えない杖やナイフといった存在でしかないが。

状況の整理。

サンがいるのは馬車の前方の陰である。引いていた馬は四頭とも今は死んで地面に倒れている。冒険者たちは馬車から降りて後方で戦闘の陣形を取ったところで襲われたので馬車からちょっと——五メートルくらい——離れている。道の中央なので駆け寄ったら格好の餌食だ。馬車の下に潜ろうかとも思ったが御者台と馬の死体の隙間でも大丈夫だろうと思ってサンはそこで剣を握ったまま小さくなっていた。

道の脇は藪になっているがそれほど深いものではない。だから身を隠せるほどではない。

そしてバサバサという鳥では考えられないようなでかい羽音が馬車の後方、冒険者の死体のあたりから聞こえる。ゲッゲッゲッというベタに怪鳥の鳴き声が聞こえる。ハーピーは人間の女の顔をしているが声を出したり喋ることはできない。甲高いケーケッケッケッとか、クワーックワックワッといった鳴き声しか出さない。知能も低い。雑食で、主に何を食うのかは今その仲間同士で食い物の取り合いをしている様子でよく分かる。

このあたりの基礎知識は、かつての討伐パーティメンバー、現ハーピーの食料から聞いた話である。

今は食事に夢中でこっちのことはおかまいなしなのは助かる。

馬車の陰からせめて群の数だけでも確認しようと思った。そのときに地面を影が動いたように感じ、ふっと顔を上げると自分めがけてハーピーが急降下してくるところだった。猛禽類と同じ爪の長い細い脚をしていて、翼を広げて減速しながらその両脚を突き出して突撃してくる。

「ひっ」と声を上げてサンはしゃがみ込んだ。

ハーピーは降下攻撃のプロでそんな動きには簡単に対応できる。助かったのは運がよかった。しゃがんだときに馬車の壊れた枠に当たって崩れた屋根ごとがらがらと転倒してしまったのだ。ハーピーもさらに追撃して脚を伸ばしてきた。空中で減速してコースも変えた。しかし間一髪で逃れられた。そいつは羽を動かして急旋回してまた上昇していった。

上を見たわけではなく地面の影を見てこれはやばいと思い、サンは道を出て横の森に逃げ込んだ。道の脇は森が低い。

しばらくの猶予時間があった。次のハーピーの一団が馬の死体の方に群がったからだ。

サンは息を整えていた。

地面に伏せていると上が見えないので、あおむけになって下から木と空を見ていた。

耳には争いの鳴き声が聞こえる。

剣は両手に抱えて全力で握っていたので、そこでやっと力を抜いて普通の力に戻した。

自分を狙っているハーピーはいないと空を見て確信して、サンは俯せになり、峠道の方を確認した。

馬を食っているハーピーが八匹、冒険者を食っているハーピーがその倍の十六匹くらい。

手がなくて脚が鉤爪というハーピーは獲物を脚で押さえて口で噛み千切るという、肉食の鳥と同じ食べ方をしていた。当然、その獲物の奪い合いも鳥同士の喧嘩と同じになる。口に咥えたまま冒険者の死体をお互い引っ張り合うということになり、足と腕と胴を噛みつかれた死体がバタバタと揺れていた。お互いに引っ張り合うことでバラバラに食べやすくなり、どこで千切れるかで当たり外れが生まれる。口元で千切れて一口サイズしか取れなかったハーピーが怒って他の仲間の肉にまた食い付くといった様子だ。馬の方も似たようなものである。

これで全部というわけではなかった。峠道にも、サンのいる森の中にも動く影が視界に入る。さらに上空から普通に、ギャーギャッギャッという濁った鳴き声が聞こえる。まだまだいて、食い物の分け前を狙っている。

サンはハーピーを見るのは初めてだった。

脚の付け根から下は鶏など普通の鳥と同じだった。鱗のある細い脚で、先には五つに分かれた鉤爪のある爪先がある。人の頭をがっつり掴める大きさだ。脚の付け根から上は人間の太股のようになっていて毛深い白い毛に覆われている。これも鳥の下半身に似ている。違うのはそこから上で、あまり発達していない胸筋に、ここだけ羽の無い剥き出しのおっぱいが付いている。見たところ巨乳も貧乳もいるようだ。乳首は生意気に全員ピンク。そういう衣装を着ているかのようにヘソからおっぱいのあたりだけ毛がない。そのまわり、脇も背中も両肩も毛に覆われている。そして両手は翼になっている。翼は端から端まで広げると六メートルくらいありそうだ。襲撃してきたときや食事をしているときも含めて基本的に手を曲げて半分くらいに折り畳んで動する様子だった。顔は人間で、成人女性というよりちょっと年を取った壮年期の女性といった顔である。皺があり顎のあたりまでは羽毛が生えている。目つきとか口の開き方に品がないというかなんというか。全部が全部そういう顔なので、そういう生き物なのだろうけど、もうちょっと好感を持てるデザインでもよかったんじゃないかと思う面構えだった。性根のねじまがったババアそのものという顔が例外なく並んでいるのだ。おっぱいは若々しいくせに。頭にも短い毛が生えている。表現として正しくはないが、全員がベリーショートである。また、頭蓋骨そのものが小さく、身体のバランスから言えば小顔だ。

顔をぬぐう手がないので、今は全員、口のまわりが血だらけだ。よだれのように垂れた血が口から下の首にかけての毛を赤く染め、さらにおっぱいの間から股間に向けてまで染めている。

文章で書いても全然伝わらないと思うけど、非常に絵面がよくない。汚いだけでなく邪悪と表現してもいい感じだ。悪魔の使いだと言われても信じてしまうけど、実際には屍肉を漁るただの野生動物である。悪趣味な神様に作られた生き物という感じ。

冒険者を食ってる一団の中に一回り体が大きくて声もでかい一匹がいた。顔に斜めに大きな傷跡があり、頭髪の一部に黒いメッシュが入っていた。翼もおっぱいまわりの胴体にも傷跡がある。顔つきは——一応女の顔なんだけど——角刈りの髪型でチンピラがメンチを切っている目といった感じだった。明らかに偉そうで他のハーピーが逆らえないでいる。ぐわーと叫んで女戦士の死体に食いつくとそれを引っぱり、完全に独占してむさぼり食っていた。

サンは仮でそのハーピーをボスハーピーと呼ぶことにした。

ボスハーピーは雑に女戦士の肝臓と胸腺と心臓の一部だけ食い散らかし、さらに口の周りを噛み千切って舌に食いついて飲み込むと、もう好きな部位はないとばかりに飛び立った。

他のハーピーたちがおこぼれに群がった。

サンは顔を上げた。

木の葉の隙間から上空を飛んでいるハーピーたちの影が見える。まだ十はいるのではないだろうか。合計で四十前後か。

まだ午前中なので日没まで六時間以上ある。聞いた話だとハーピーは鳥目で夜はものが見えないそうなので、それまでしのげばなんとかなる。

生き残りの残り二人はどこにいるのか。声を出すわけにもいかないし。

がさがさと木の葉の音が聞こえた。そちらを見ると太い枝の上に一匹のハーピーがいて、サンをじっと見ていた。口の周りは血だらけだ。声に出していないのに、その表情がぐへへへと笑っているように見えた。

本当にどこまで下品で下劣なんだ。全然好きになれないな。

サンは自分の武器である幅広の曲刀を持って、大木を背にして構えた。

さっきの馬車のそばでの襲撃もそうだが、ハーピーは障害物のそばの獲物を襲うのがうまくない。上空から降下攻撃をする都合上、失敗すると激突して墜落してしまうからだ。仲間の冒険者が失敗したのは障害物のないところにわざわざ展開し、円陣を組んで迎えてしまったことが原因だろう。

あと、サンが目撃したところ、距離のある狙撃は降下突撃中だろうと器用に身をひねって矢をかわす。機動力も低くない。弾道の予測もするし、そもそも弓という武器が何かを知っている。

木の上でサンを狙っているハーピーも、この状況では襲ってこない。木を背にして剣を構えた人間を襲っても返り討ちになるのが分かっている。

ゲッゲッゲッ。木の上のハーピーは、緊張して剣を握っているサンを見て愉快そうに笑っている。日没まで気張っていられるかな?と挑発しているようだった。油断したらペロリだぞ。そう言うかのように舌舐めずりをして口の周りの血をぬぐった。

サンは勇気を出して大声を出した。「おーい!」

峠道にいるハーピーも含めて何匹もが動きを止めた。気配だけだがこっちを向いたのも分かった。目は木の上の一匹から逸らせなかった。

「僕はここにいるぞー、みんなは生きてるかー!」

しばらく間があった。ハーピーたちが動きを止めてこちらを見ていた。『なに言ってんだこいつ?』という顔をしていた。やがてほとんどが食事に戻り、喧嘩とクチャクチャという咀嚼音が戻ってきた。

バサバサバサという羽音が聞こえて、サンの視界内の木の上にさらに何匹かのハーピーが登場した。そして音で、自分が背にしている木の上にも一匹やってきたのが分かった。

「おーい! 誰もいないのかー!」

叫んでみるが返事はない。前方の視界の右から左まで、上半分にだけハーピーの包囲網が完成していて、ニヤニヤ笑いのデザイン顔でこちらを囲んでいた。

他の二人はもう食われたか、あるいはこっちを囮にするつもりで隠れているのか。

見つかった自分に選択の余地はない。他の二人が隠れていそうなところに走っていって巻き込むしかない。協力して状況を打破といきたいところだが四十匹のハーピーに冒険者三人はさすがにまともなやり方では勝てない。しかもサンともう一人は正真正銘の初心者で、武器を持って討伐するのが初めてなのだ。囮役をなすりつけてなんとか隠れながら逃げ切れれば御の字である。

というところで周囲の情報も整理しておこう。

一番近くの村からここまでは馬車で四日かかる。山道は二日間で、残りの二日間は木のない野原となる。水の少ない渓流だけで、大きな川もない。山も水が少ないせいで大木は少なく、野原はさらに隠れる場所がない。ハーピーに有利な地形が続くので、追跡されたら逃げきれない。追跡を諦めさせるというより、そもそも追跡させない必要がある。そうでなければ死ぬだけだ。レバーとタンとハツになるだけだ。

もう一つ、ハーピーのやたらと人をムカつかせる見た目や振る舞いは進化の結果に手に入れたものだ。ハーピーはある程度まとまった数の弓兵であれば簡単に狩れてしまう。道端で隊商や少人数の集団を襲うには敵なしだが、一人でも逃がして応援を呼ばれると途端に不利になるのだ。だから最後の一人まで狩りたい。そのためには逃げるよりなんとか一泡ふかしてやりたいと、人間を怒らせて正常な判断をさせないことが必要になるのだ。で、女の姿で——そこは実際にメスなのだけど——おっぱい丸出しで羞恥心のないビッチで、こちらを馬鹿にしたような顔をして耳障りな金切り声で笑いまくるという進化をしたのである。

こんなんに背中を見せて逃げるとか、理性で分かっていてもなかなかできない。

サンも、頭のどこかで、どうせ逃げきれないなら一匹でも多く殺してやるという気持ちが芽生えていた。

これはハーピーに遭遇した人間にとって、どうしても避けられない反応のようなものだった。そもそもハーピーがその反応をさせるために進化してきたのだからしょうがないものだった。

サンは巻き込むための残り二人がどこに隠れているかを考えた。

討伐隊隊長のブフミトギミは直前まで仕切っていたはずだ。円陣を組ませて本人は馬車からその様子を見ていた。円陣が襲われたときに援護しなかったのだから真っ先に逃げたに違いない。とすると道のこっちか向こうか。どちらかにサンと同じように隠れている。

「おーい、今からそっちに行くぞー!」サンは大声で道の反対側に声をかけた。

声は森の中に静かに消えていった。

生命のピンチを迎えたサンの野生の勘でしかなかったが、確実に討伐隊隊長はいると思った。サンの声を聞いて、こっちくんなと声を出さずに怒っている。

「隊長、ハーピーに見つかっちゃいました。助けてくださーい!」

木の上にとまっているハーピーたちがゲッゲッゲッと大爆笑した。

サンがやってることがハーピーと同じなので、煽りに関してはノリがいい。味方にすると頼もしい。

どうせならと思って一番目立つハーピーの方を向いて目を合わせ、軽く会釈し、道の反対側を指差し、「あっちに行ってもいい?」という顔をしてみた。するとハーピーがものすごく醜悪な笑顔(「にやぁ」とか「にたぁ」って顔)になり「いいよ」という感じで頷いた。そしてバサッと翼を一打ち。

捕食者とこんなに円滑にコミュニケーションが取れるとは。

サンはちょっと愉快になった。

もちろん友達になったわけではない。

ハーピーにとってはエサが足の引っ張り合いをしているわけで、うまいことすれば苦労せず残りを見つけられるというところで利害が一致したのである。

合意したハーピーがイーッと鳴いて、他のハーピーも様子見の体勢になった。手を出すなという感じだ。言葉じゃないが、不思議と意味は分かる。家畜や飼い犬とのコミュニケーションと同じだった。

意外と知能は高いんだろうな。サンは思った。バカっぽいのも計算のうちか。

さらにサンは思考を進めて、次の討伐隊を連れてくるから俺を見逃してくれないかという交渉ができるかもしれないと考えた。警戒されないようゆっくりと道の反対側に移動しながら、たくさんのハーピーがこっちを見守って首を回している中で。

エサを連れてくるから俺を見逃してくれ。交渉としてはありかもしれない。

ん? その交渉をすでに討伐隊隊長がしているとしたら? 俺達は隊長に騙されたとか?

それから絶望的にそのアイディアを否定した。無いな。生き残るための交渉としてはありだが、ほぼ確実に口約束で終わる。その約束を守る必要が人間に無い。村に戻ったら次の討伐隊を編成するだけだ。ハーピー側もそんな約束が守られるわけがないと承知しているから、つまり交渉として成立しない。人間の方に、隊商や冒険者の遺品を漁り放題というメリットはあるが、そのメリットと引き換えにハーピーと協力するというのはリスクが大きすぎるように感じる。ハーピーを討伐して道の安全を確保することのメリットが圧倒的に大きい。

結論、隊長は最初から騙していたわけではない。討伐をするつもりはあった。あっという間に壊滅したので逃げただけだ。俺達を囮にして。無罪だけど有罪。

無罪で無罪だとしても助かるためには全力で利用させてもらう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る