第8話 称賛と尊敬と好意

「神殿からの……依頼?」


 老齢の男性神官はたしかにそう言った。


「はい。現在王都にいる神官たちの数は多くありません。仕事でほかの街に向かう者が多いのです。しかし、本日とても神官では回らないほどの急患が殺到しまして……」


「その手伝いを俺にしてほしいと?」


 単刀直入に訊いてみた。


 男性神官はぺこりと頭を下げる。それを肯定と俺は取った。


 ちらりと横に並ぶ父を見る。父は満足げに笑うと、


「いいじゃないか! 神殿の手伝いができることはそうない。騎士たちから話は聞いたぞ? なんでも、お前には強力な治癒のスキルがあるとか」


「え、ええ……まあ」


「それを神殿のために活かしてあげなさい。それが我が家のためになる」


 それらしいことを言ってうんうん頷く。


 だが俺は知っている。父があえて「人のため」ではなく「神殿のため」と言ったのは、自分以外はどうでもいいってこと。


 おまけに最後の「我が家のためになる」。それに全ての気持ちが籠められていた。


 どこまでも利己的な人間だ。


 けれど救命行為は悪役ルート脱却に利用できる。個人的にも困ってる人がいるなら助けてあげたい。独自の繋がりを持つ神殿に貸しを作れるのも大きいし……ヒロインがいることを除けば完璧だ。




【クエスト発生:負傷者をたくさん治療せよ】




「ッ!?」


 ここにきてクエストまで表示された。いよいよもって断る理由がなくなる。


 俺はにやりと笑い、


「解りました。神殿へ行き神官様のお手伝いをします」


 と答えた。


 老齢の男性神官とクラリスが喜ぶ。


「おお! ありがとうございます、オニキス様。これも神のご加護ですな」


 あながち間違ってないから反応に困った。




 ▼△▼




 着替えて神官たちとともに神殿へ向かう。


 馬車の中、なぜか隣に座ったクラリスからめちゃくちゃ話しかけられた。


 主に、


「オニキス様は休日はなにを?」


 とか、


「オニキス様には婚約者などは?」


 とか、


「オニキス様の好きな食べ物と飲み物は……」


 などの、仕事とはまったく関係ない話題ばかり。


 適当に答えたが、彼女はどうして俺の趣味や食事事情を訊ねたのだろう? 対面に座る老齢の男性神官もにこにこしてたし……意味が解らなかった。


 やがて気まずい時間は終わり、神殿に到着する。


 荘厳な正面扉を開けて中に入ると、神官服の男女が左右へ行ったり来たり。もの凄く忙しそうにしていた。


「大変そうですね」


 呟きとともに床のほうを見る。


 よく磨かれた藍鉄色の床面には、包帯を巻かれた何人もの患者が倒れていた。


 そのほとんどが苦しそうに呻き悶えている。


「喧嘩。建物の倒壊。魔物に襲われた冒険者。そのほかにも色々な理由で怪我をした人が運ばれています」


 答えたのはクラリスだった。


「いつもこんなに忙しいんですか、神官様は」


「さすがに普段はほとんど怪我人は来ませんよ。だからこそ、オニキス様に助けを求めました」


 今度は老齢の男性神官が答える。先頭を歩き、行き交う神官たちに指示を出していた。


 俺はその背中を追いかけながら神殿のさらに奥へと足を踏み入れる。


「ここは……」


「神殿の中でも特に重症の患者のみが運ばれる区画ですな。普段は治療室や神官たちの部屋が設けられております」


「へぇ」


 そんなプライベート? な空間に招かれるとは。よほど彼らにとって俺の治癒スキルは効力が高いのだろう。


 次第に、奥から患者と思われる人たちの悲痛な声が聞こえてきた。


「痛い……痛いいいい!」


「俺の指は治るんですか!? これじゃあ仕事が……!」


「わたしより先にこの子を! この子を治してあげてください! 頭から血が!」


 腹を押さえて暴れまわる男性。


 自らの手を必死に神官へ見せつける男性。


 ぐったりした少女を抱く母親。


 種類は様々だった。


「ではオニキス様。早速、治療に当たってもらってもよろしいですか?」


 老齢の男性神官の言葉に、俺は即座に頷き患者の下へ向かう。


 まずは頭から血を流している少女だ。


「いま治します。なるべく彼女を動かさないように」


「あ……し、神官様ですか!?」


「違いますが治癒スキルを持っているのでご安心を。————〝治癒ヒール〟」


 問答する時間も惜しいので、ぱぱっと答えて少女の傷を治す。


 俺の手のひらを中心に広がった薄緑色の光が、少女の頭の一部を覆って癒す。魔力の消費を確認すると、たちまちの内に少女は目を覚ました。


 母親の顔を見て、


「お母さん……?」


 と小さく呟いた。


 母親のほうは感極まって泣いてしまう。


 少女を抱きしめながらしきりに俺へ感謝の言葉を告げるが、「どういたしまして」とだけ答えて次の患者に移った。


 いまは一人でも多く、なるべく速く救わなくてはいけない——。




 ▼△▼




 オニキスが治療を始めること一時間。


 彼は一度も休むことなく重症患者の傷を治し続けた。


 一人一人にかける時間は傷の度合いによって変わる。基本的に重症患者をメインで治していき、その次に、最初に治した少女の母親のような命に別状がない患者の治療も行う。


 その仕事量は並みの神官を遥かに超えていた。


「な、なあ……あれを見ろよ」


「凄いよな。もう一時間はずっとスキルを使いっぱなしだぞ」


「わたしたちなんて魔力がすぐ空になったのに……」


「集中力も魔力量もひと一倍だわ。素敵ッ」


「あれが本物の才能ってことだよなあ……すげぇ」


「同じ人間なのが信じられねぇよ。尊敬するわ」


 オニキスの仕事姿を見た何人もの神官たちが、羨望や好意の感情を寄せる。


 なまじオニキスが整った顔立ちをしていることもあり、特に女性からの熱烈な好意と厚意は凄まじかった。


 助けた患者の中には女性もいる。オニキスのまっすぐな心と紳士的な対応、——何よりその顔立ちを見て、助けられた彼女たちは感謝やプレゼントを贈った。


 オニキス本人も集中していて気づいていないが、彼の魔力総量はかなり多い。それもまたチュートリアルがもたらす恩恵ギフトの一つ。


 額に大粒の汗を滲ませながら、それでもオニキスは治療を止めなかった。


 全ては患者とクエスト報酬のために。




【クエスト特別報酬:魔力回復薬をプレゼントします】




「——ん? 魔力回復薬?」


 治療を終わらせたばかりのオニキスの眼前に、チュートリアルのウインドウ画面が表示された。


 それを見て彼は首を傾げる。


『回答:魔力回復薬は服用した者の魔力を全快状態にします』


「ふーん。ずいぶん破格なアイテムじゃん。いま飲むのはもったいないな……」


『回答:魔力回復薬は今後の報酬にも含まれています。魔力回復薬を飲んでもっと多くの患者を治しましょう』


「……チュートリアルを寄越した誰かさんは、よほど俺の活躍が見たいようだな」


 言われたとおりに魔力回復薬の瓶の蓋を外す。


 中身は真っ青な液体だ。体に悪そうと思いながらもオニキスはそれを一息で飲み干す。


 直後、体内を不思議な熱が駆け巡る。


「マジで魔力が回復したっぽいぞ……これでまたスキルがばんばん使えるな」


 にやりと笑ってオニキスは、治療を求める患者の下へ向かった。


 その姿を見て、事情を知らないほとんどの神官たちはぎょっとする。




「まだ動けるの——!?」


 と。




———————————

あとがき。


働くオニキスくん!

またしても神官や患者たちから好感度を稼いでいくぅ!


治療無双!

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