第9話 解放

「これで……お二人とも治療完了です……!」


 ヴァルクとジィルの治療を終えてティアハは息を切らしながら座り込んだ。


「悪い、助かった」


「オレ達はレグロスの援護に行く! お前は休んでな」


「いえ、私も……!」


 辛いといえば辛い。

 まだ完全習得には至っていない治療系の技法術アーツ

 故にかティアハのスピリットと精神の消耗は激しかった。

 だがそんな疲労感よりも自分だけ安全圏で休んでいるなんて出来ないという気持ちの方が勝る。


「……分かってんだろ、今のお前じゃ戦闘は無理だ。オレ達に任せろ」


「お前が倒れたら他に治癒が出来る奴もいなくなる」


 それは正論だった。

 仮に万全でもティアハはこれ以上厳しい戦闘には参加できなかっただろう。

 先ほどの男は盗賊とは格が違う。

 消耗具合や治療技の貴重性含め後方に控えておくのが自然だ。

 だからと言って歯がゆさは消えないのだが。


「いいからここにいろ。おい、スミーク! 行くぞォッ!」


「叫ばなくても十分声デカいから聞こえてるぞ」


「それは言われなくても分かってるんだよ!」


 そんな会話を繰り広げながら二人はレグロスのもとへと走っていった。


(私……もうなにも出来ないのかな)


 背中を見送りながら、ふとそんな事を考えてしまいティアハは首をブンブンと横に振った。

 きっとまだ出来る事はある。

 レグロス達に全てを任せきって安全圏で縮こまる、そんな真似をする自分をティアハは許容できない。

 だからこそ彼女は動く。

 今やれる精一杯の事を成すために。



〇●



 傷を癒しレグロスの許へと駆け出したヴァルクとジィル。

 その先で見た光景は彼らにとって相当に衝撃的だった。


「ッ……ぐッ……!」


 地に膝を付き頭部や手足から血を流すレグロス。

 息も切れ切れであり体力が消耗させられているのが見るだけで分かる。

 対し話に聞いていた乱入者の男。

 その男の表情に浮かぶのは明確なまでの余裕。

 傷だって一つたりとも負っていない。


「んー? あれ、援軍かな? 良かったじゃんか、時間を稼いだ意味もあったね」


「よく言ったもんですよ……」


 ケラケラと笑う男――壊人かいじんをレグロスは睨む。

 事実時間を稼げたのではない。

 寧ろこちらの援軍を待っていたのは向こうの方だと理解出来ていた。

 どれだけの援軍が来ようとも勝つ自信、蹂躙するという意志。

 それが嫌なくらいに伝わってくるのだから嫌でも分かるというものだ。


「おい、無事か?」


「血ダラダラ流しやがって、らしくねぇぞ!」


「なんとか無事ですよ……ま、このままじゃ潰される事に変わりはないでしょうけど」


 弱気になったつもりはない。

 客観的に自分達と相手の実力を比べた結果、このままでは厳しいという結論に至る。

 それが余計に腹立たしく、絶望を引き立たせた。


(でも……手札はまだ残ってる)


 もう四の五の言っている場合でもない。

 レグロスは決意し二人に声をかける。


「二人とも、これから僕はを使います」


『切り札?』


「えぇ、ただこれは長時間使えません……僕に変化が起き次第三人で一気に攻勢に出ます」


「んだよ、そんなもん隠してんならオレと戦う時に使えよな」


 あまりにブレないヴァルクのセリフに思わず笑いが零れる。

 が、すぐに意識を切り替えてレグロスは己の右腕に手を添えた。


「……表層解放」


 その言葉と同時にレグロスの右腕に浮かぶのは光の輪。

 それは回転しながら、まるで解けるかのように消えていき――そして。


「……へぇ? 面白いじゃんか」


 を感じ取った瞬間に初めて壊人もその表情を変える。

 楽しそうな笑みこそ変わらないが目の輝きが先ほどとは明らかに違った。

 レグロスの肉体を溢れ出たスピリット。

 その輝きは広がり余波の衝撃が空高く上がって雲を穿つ。


「へっ……これが切り札か、こんな状況じゃなきゃ勝負してえところだが」


「とんでもないな……」


 当然近くにいたヴァルクやジィルもこれには驚く。

 彼らが知る中でもこれほどのスピリットを有していた人間は見た事がない。

 だが驚いてばかりもいられない状況。

 二人は即座に構えを取る。


「行きますよ……二人とも!」


「おう!」


「あぁ」


「いいねぇ……正直暇つぶしと思ってたけど、こりゃ楽しくなりそうだ!」


 四人それぞれが地を蹴って突撃する。

 強い衝撃が周囲に飛んで土煙が上がり同時に轟音が戦場に鳴り響く。


「さて……この状況下でどこまでやれるかな、レグロス」


 そして、そんな戦場を少し離れた位置から悠々と眺める者がいた事に気付いていた者は誰もいない。

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