第6話 盗賊兄弟

 突然だった。

 だが同時に理解もできた。

 これは戦いの幕が上がったという事でもあるのだ、と。


「……タイミングがいいのか、悪いのか」


 そう呟いたレグロスの視線の先で立ち込める土煙。

 タイミング的に間違いなくターゲットの仕業だろう。

 先手を取られた、というべきか。

 それとも早々に来てくれたのは面倒が減ると思うべきか。


 そうこうしてるうちに住民達は急いで土煙が上がってる場所とは別方向へ逃げていく。

 今日までに幾度となく襲撃を受けているからか、避難が手慣れているのは正直ありがたいところだ。


「全員戦闘準備を!」


 剣を抜いたレグロスの指示を受けて一行は武器を取り出し備える。

 と、こちらへゆっくりと歩いてくる二つの人影。


「お? 見ろよ、今日はガキが武器構えてやがるぞ」


「本当だ、ヘヘヘ……怖いもの知らずってやつかな? 兄ちゃん」


 外見は情報に一致する。

 その口調や状況も合わせてあれが騒ぎの原因である盗賊の兄弟であるのは間違いない。


『……』


 一行の中で流れる沈黙――その刹那。


「なんか思ったよりも小物っぽかったですね」


「んだよ、想像よりバカっぽいじゃねえか」


「ガキって言ってるが見た感じそんなに歳変わんないんじゃないか? 俺達がガキなら向こうもガキだろ」


『馬鹿にしてんのかあっ!』


 突然投げつけられた怒涛の罵倒。

 盗賊兄弟は心の底から激怒した。

 子供だからと下に見てただけに余計に腹立たしかったのだろう。


「だ、駄目ですよ! 三人とも! 本当の事でも言っていい事と悪い事が……」


「オイコラァ! 女のガキィ! テメエもか!」


「注意してるように見せて一緒に罵倒してんじゃねえぞ!?」


 兄弟はますます激怒した。

 なお、ヴァルク以外の三人は別に罵倒するつもりではなかったりする。

 素直に感想を口に出した結果罵倒染みた発言になっただけなのだ。

 それはそれで性質たちが悪い話だが。


「ヴァルクが酷い事言うから怒らせちゃいましたよ……」


「あん? ジィルのやつが怒らせたんじゃねえのか?」


「俺はセイトネスに一票」


「押し付け合ってる場合ですか!? あと私はレグロスさんのせいだと思います」


 なんか盗賊兄弟が怒ったため始まる責任の押し付け合い。

 当然の如く怒りの炎に次々と油を注がれていく。

 そしてその炎はより強く燃え上がった。


「許せねえ……ねじ伏せてやる、ヌース!」


「あいよ! 防御は任せな兄ちゃん!」


 その会話だけで意思疎通は十分に出来る。

 血の繋がった兄弟であり共に戦い続けてきた二人だからこその繋がりは確かにそこにあった。

 即座に兄のトウが右手を後ろへ引きスピリットを流し込む。


衝撃波ショック・ウェーブゥ!」


 その右手を勢いよく振るった瞬間に大地を削りながら迫って来る衝撃波。

 これもまた事前の情報にあった兄・トウの技法術アーツ


「っと、それじゃ……行きますよ!」


「よっしゃあ!」


 レグロスの言葉を合図として四人は地を進む衝撃波を跳んで回避。

 続いてティアハを除く三人が前方へと駆け出した。

 その先陣を切るのはヴァルク。


「挨拶代わりだァ!」


 トウ目掛けて放たれる拳。

 それは技法術アーツも使ってないただの殴りだ。

 だがヴァルクの鍛えられた筋力と装備する手甲によってその威力は相応に高い。

 そこにすかさず割って入るのはヌースだった。


「させねえよ! 円形防御ラウンド・ガード!」


「チッ……」


 ヌースの使用した技法術アーツ、こちらも事前情報にあった通りだった。

 自身を覆う円形の防御を張る。

 範囲こそティアハの初級防御壁シールド・ウォールより狭いだろう。

 だがその硬さは明らかにまさっている。

 ヴァルクの拳は甲高い音と共に完全に受け止められていた。


「跳べ、ティグレノ」


「!」


 そんな中で後ろから聞こえた声に反応し、ヴァルクは足に力を込めて跳び上がる。

 声の主であり背後に控えていたのはジィルだ。


回転放射スピン・イミト


 放たれる小型の回転スピリット。

 以前のレグロスとの模擬戦で放ったそれは実戦である今回はさらに回転を増し貫通力を上げていた。


「馬鹿め、そんな小せえ攻撃で俺の盾が――んなっ……!?」


 油断があったという事をヌースは否定しきれない。

 それでも防げると確信していたその攻撃は数秒の拮抗の後、スピリットの防御を貫き穴を開けてみせた。

 防御が貫かれる瞬間、咄嗟に体を逸らしていなかったら恐らく今頃ヌースの腕には穴が開いていただろう。


「やべー技使いやがる……けどよ、この程度の穴が開いたぐらいじゃ……」


 大した意味などない。

 そう思った。

 それにこの程度の穴なら少し集中してスピリットを再度流し込めば塞げる。

 だからこそヌースは落ち着いて己のスピリットを流し込もうとした――が。


「違う、ヌース! 回避だ!」


「はっ?」


 兄のトウは狙いに気付いて叫んでいた。

 そんな兄の必死な叫びによってヌースもようやく気付く。

 シールドに穴を開けたジィルにばかり目が行っていた。

 だがいつの間にかヌースの背後には黒混じりの白髪をした子供――レグロスがいたのだ。

 既にスピリットをかなり溜め込んでいたのか、その手の平は輝きを放っているのが分かる。


(これはやべえ……!)


 その輝きにヌースは心の底から寒気を感じた。

 兄と共にそれなりの修羅場は切り抜けてきたつもりだ。

 だからこそ経験が、本能が、レグロスが放とうとしている一撃の危険性を知らせてくる。


「チッ……! させるか――ガッ!?」


 ヌースだけでは回避出来ない。

 そう判断したトウも弟を救うために突撃しようとした。

 だがそれも突然目の前に出てきたスピリットの壁に阻まれる。


遠隔盾リモート・シールド……私だって役に立ってみせます!」


「この……!」


「おっと、余所見よそみしてていいのかァ!? 雷撃光線ライトニング・レイ!」


「クソガキどもがぁッ!」


 ティアハとヴァルクによる足止め。

 これではトウの助けは間に合わない。

 それを悟り、避けられない事も悟り、ヌースはせめてもの抵抗と言わんばかりに己のスピリットを防御へと大量に流し込む。


(俺の防御は兄ちゃんに認められる硬さ! そこへさらにスピリットを込めりゃあガキなんぞに破られたりしねえ! 破られたりしねえんだ!)


 ヌースには自信があった。

 意地もあった。

 危険性は感じているがそれでも耐えられる、いや耐えてみせると誓い歯を食いしばる。

 そして――。


中級砲撃ハイ・キャノン!」


 レグロスから放たれるスピリットの砲撃。

 その眩いまでの光はヌースを飲み込み大きな爆発を起こした。

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