9本目 じゅんぱくキャンセルッ! 【Ad.14】

 フードのようなとんがり帽子で、ポンチョと一体化している。ふち取りは白いファーで、帽子の先と胸にも白い毛玉飾り。全身をすっぽりおおいながらも確かにサンタクロースライクと思えるコスチューム。ただし黒い。


 ブラックサンタは奇をてらわず突っこんできた。すんでのところでかわしながら、千枝は植えこみに逃げこんだ仲間に気を配る。


「ぱなえ! だいじょうぶか!?」

「ぶえっ、ぺっぺっ。も、問題ありませんわ!」


 小枝を吐き出しながらぱなえは植えこみから顔だけ出そうとした。その鼻先を黒い影がかすめていく。


「ひぅえッ!?」

「やめろ! わたしが相手だ!」


 千枝がこぶしをかまえて敵を呼ぶ。


 敵。少なくとも相手はのっけから攻撃的だ。

 顔が見えなくてもわかりすぎるほどの敵意とともに突進してくる。単なる体当たりだが、野生動物さながらの迷いのなさ。服の内側に武器を隠していないとも限らないので千枝は避けているが、ぱなえの小柄さなら受けるだけで吹き飛ばされるだろう。


 千枝のほうは丸腰だ。だが、あるはず。

 がしかし、ぱなえが枝葉をかき分けてのぞいても、千枝にそれを持ち出す気配はない。


「どうして『勇者モード』を使いませんの!?」

「使えないんだ! あくまで魔王の鎮圧ちんあつ用オプションだから、魔王係の130メートル以内にいる必要があるッ。学校でならだいたい使えるけど、いまは……」

「し、知りませんでしたわっ……!」


 ぱなえは本当に初耳だった。だが同時に〝使える〟とも悟る。

 魔王にこうするための機能ということは、〝魔王の化身〟も対象のはずだ。その化身、ワルプルいま、ぱなえのポケットに入ってこの場にいる。


 しかし、それを打ち明けるということは、ワルプル強奪ごうだつがぱなえの自作自演だと自白することにもつながる。ひいては魔王の力を得るチャンスを棒に振るはめにも。


(それはまだ早いですわ! なんとかやり過ごして、作戦を立て直し――ん?)


 もう一度植え込みの外をのぞく。ちょうど何度目かのタックルをかわした千枝が、すれ違いざまブラックサンタの背中にローリングソバットをはなったところだ。長い生足とテニスシューズが美しいまでに強靭きょうじんせきを描いたが、とんがり帽子はとんでもない反射速度で姿勢をさげて逃げ去った。危うげなく着地した千枝も、「フッ」と短く息を吐いてこぶしをあげる。


(違う……これは、好機ッ!!)


 ぱなえはつかず離れずやり合うふたりを見て思った。彼らはぱなえに目もくれていない。


(いまの千枝さんは無能な一般人も同然。その上、背中はガラ空き! 出会いがしらよりも簡単に眠らせられますわッ。さらにあのブラックサンタが変質者なら、眠った千枝さんをエサにしてわたくしが逃げられるッ!)


 目撃者として追われる可能性もある。しかし、対処できる魔術がないわけでもない。千枝を無力化したあとなのだから、最悪ワルプルを引っぱり出してクジを引いてしまう手だってある。


 魔王の力を手にさえすれば、どうとでもなる。


「ぱなえ!」不意に千枝から名前を呼ばれ、ギクリとした。しかし、ぱなえのくわだてに気づくはずもない。


「テルマたちに連絡してくれ! 来てくれればなんとかなるッ」

「も、もうやってますわ!」


 ごまかしながら、ぱなえはワルプルが入っているのとは逆のポケットから消しゴムを取り出す。「手がふるえて、時間がかかってますがッ……」

 一見なんの変哲へんてつもないにおい付き消しゴムだが、紙のカバーでおおわれた部分に魔力に反応する紋章もんしょうが彫ってある。匂いのもとも、魔術の触媒しょくばいになる香草のものだ。


 ソーメにも同じものを使った。使いきりだが、性能は実証済み。

 ぱなえはカバーをはずした消しゴムを、小さな手の中ににぎりこんだ。


(チャンスは一度。どうせ時間がかかっても千枝さんに怪しまれますし、ブラックサンタが千枝さんのパンツを永遠に見飽みあきないとも限らない。その前に――)


 こぶしをあげ、照準を合わせる。ねらいは千枝。ぱなえを守るために戦っているほう。

 その正義の戦士に向けて、狡猾こうかつな魔術師は毒矢をつがえる。


(パンツ以上のものをくれてさしあげますわよ、変態黒サンタッ!)

「なにしてんだ?」


 すばやく呪文を唱えかけたその口で、ぱなえは舌をみかけた。

 魔術の発動失敗。だが、それどころではない。


 意外。埒外らちがい。想定外。


 同じく絶句している千枝の正面。クラゲか幽霊のようにフラフラと立っているブラックサンタの真うしろに、兎耳ウサミミのように大きな水玉リボンのカチューシャが見える。


 オンザ眉毛の紫ボブ。くすんでよれ気味な水色パーカー。


 湯気をもらす缶コーヒーを口に当て、眠たげな三白眼さんぱくがん流支ながしソーメがそこにいる。

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