第三章 ~『黒魔術師かと問い詰める』~
「お嬢さんは、儂が黒魔術師だと誰から聞いたんだ?」
エリスの質問を否定しない。むしろ肯定するような返答に緊張が奔る。
「シロ様から教えていただきました」
「猫の言うことを信じると?」
「はい。大切な家族ですから……」
エリスの言葉を受けて、老人の口元に笑みが浮かぶ。
「白猫は本当に良い飼い主に拾われたようだ……いいだろう。お嬢さんになら真実を教えてもいい」
「やはりあなたが黒魔術師なのですね」
「以前はそうだった」
「いまは違うと?」
「魔術は生まれ持った才能だ。儂の体からその力が消えることはないが、もう数年は発動していない……恥ずかしい過去だが、昔の儂は金さえ貰えれば相手が女子供でも容赦なく殺す血も涙もない暗殺者だった。だがある仕事が原因でな。罪悪感に耐えられなくなり、足を洗ったのだ」
「ではアルフレッド様を呪ったのは、あなたではないと?」
「儂ではない」
「誓えますか?」
「神に、いや白猫に誓ってもいい」
「…………」
老人が神を信仰しているかはともかく、シロに向ける親愛の情は本物だ。言葉からも嘘は感じられないため、誓いは本物だろう。
「その、呪われたアルフレッドとは、もしやオルレアン公爵家の領主のことか?」
「ご存知なのですね」
「面識はない。だが儂の依頼人には貴族が多かったからな。公爵家の子息について話題に挙がることもある」
「では、アルフレッド様を恨んでいる貴族にも心当たりがあるのではありませんか⁉」
シャーロットは、王都で開催された会合に犯人がいたはずだと推理している。なら犯人は貴族の可能性が高い。その前提で問うてみたが、老人は首を横に振る。
「残念だが心当たりはない」
「そうですか……では他の黒魔術師に知り合いはいませんか?」
「いない。というより、黒魔術師はこの世に儂しかおらんはずだ。回復魔術などと同じで、世界に一人しか使い手が生まれないユニークスキルだからな」
「ですが、アルフレッド様は呪いの被害を受けています!」
この世に二人といない力なら現状と矛盾が生じる。だが老人はその疑問への答えを持っていた。
「なら残された可能性は一つだけ。儂の魔術をコピーされたのだ……」
「そんなことが可能なのですか?」
「本来、一人一つしか魔術を使えない。当然、他人の魔術を真似することも不可能だ。だが何事にも例外はある」
「聖女のことですね」
魔術は魂に刻まれる。聖女は転生により二つの魂を持つため、二つの魔術を行使可能となる。
「この魂に魔術が刻まれる特性を利用できないかと、考える者がいた。そして疑問に辿り着く。一つの魂に複数の魔術を刻めばどうなるかとな」
「そんな危険なことをすれば……」
「寿命を失い、下手をすれば命をも失う。故に魂に魔術を書き込む能力を持つ『模倣』の使い手は欠陥品と馬鹿にされてきた。だが死を覚悟すれば、模倣の魔術はあらゆる能力を習得できる最強の力となる。おそらく儂の黒魔術も、模倣の魔術師にコピーされたのだ」
「…………ッ」
魔術を複数行使する。そんな人物にエリスは心当たりがあった。
(まさか……いえ、でもそんな酷いことをするはずが……)
疑念は増すが、証拠はない。疑っては駄目だと、自分の心に釘を刺す。
「模倣の魔術師が誰かは儂も知らない。犯人特定は難しいだろう」
「そうですか……」
「だが呪いの予防手段なら教えられる」
「本当ですか⁉」
「ただしあくまで予防だ。現在の症状を緩和するものではなく、出力を上げられても防げるというだけだ」
「それでもありがたいです」
呪いの出力向上さえ防げれば、回復魔術で治癒の方向へと進むはずだからだ。
「それで、どのような方法なのでしょうか?」
「材料や工程は至ってシンプルだ。薬草を磨り潰し、ハチミツと小麦粉に混ぜて焼くだけ。それで薬剤ができあがる。これを就寝前に飲むことで、翌日、呪いの出力を上げられても防ぐことが可能になる」
「つまり毎日飲めば、呪いを完全にシャットアウトできるのですね」
「遠距離からの呪いならほぼ確実にな。ただし術者が触れられる距離まで近づいて発動されれば、その出力は予防薬だけでは防ぎきれないから注意しろ」
「ありがとうございます」
シロに案内されて、ここまで来た甲斐があった。接近された場合の懸念は残るが、そのためには術者が自らの正体を露呈させる必要がある。
そこまでのリスクを取る覚悟が相手になければ、このまま回復へ向かうだろう。復活の兆しが見えたのだ。
「お爺さん、この恩はいつか必ず返しますね」
「ははは、気持ちだけで十分だ。それにお嬢さんは儂の恩人にそっくりでな。助けたくなったのだ」
「ふふ、では、ご厚意に甘えますね」
エリスは微笑んで感謝を伝える。すると、老人の表情がこわばった。
「お嬢さん、あんた……まさかとは思うが、ロックバーン伯爵家の人間か?」
「私の実家ですよ。もしかしてお父様の面影がありましたか?」
「父親ではなく、あんたは母親によく似て……いや、忘れてくれ。老人の戯言だ」
釈然としないまま、老人は言葉を打ち切る。だがエリスは追求しない。彼の目尻に涙が浮かんでいると気がついたからだ。
「では私はこれで失礼しますね」
「達者でな。それと……すまなかった」
「どうして謝罪を?」
「儂の自己満足だ……」
「ふふ、おかしな人ですね」
エリスは礼を伝えて、シロと共にその場を後にする。老人は彼女の背中が見えなくなるまで、頭を下げ続けたのだった。
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