第三章 ~『シロの念話』~
様態が急変したアルフレッドは屋敷の医務室へと運ばれた。
彼の額に浮かぶ汗の量は倒れた時よりも増えている。だが以前のように呪いが顔を覆うような現象は起きていない。
「息子の様態はどう⁉」
シャーロットが医務室に飛び込んでくる。彼女もアルフレッドが倒れたと聞かされたのだ。
「あまりよくありません。専属の薬師の方は?」
「最近は息子の症状も回復していたから、暇を与えていたの。呼び戻しても数日かかるわ」
「そんな……」
「でも原因については予想が付いているの。これよ」
シャーロットはアルフレッドの上着を脱がせる。上半身が顕になると、首から下が呪いに侵され変色していた。
「呪いは心臓に刻まれ、時間経過で身体の隅々に広がっていくの。胸の周辺の変色が強いのは一時的に呪いの出力を上げられた証拠よ」
「どうしてそんな酷いことを……」
「確実に殺すためなら常に出力を上げているはずよ……つまり黒魔術師の狙いは生かさず殺さず、息子を寝たきりの状態にするのが目的で間違いないわ」
つまり黒魔術師はアルフレッドに死なれては困るが、元気でいて欲しくもないのだ。
(まさか……)
最悪の仮説が頭を過る。この状況で得をする人物を思いついたのだ。
(いえ、証拠がないのに疑うのは駄目ですね)
現在やるべきことは疑念を抱くことではない。アルフレッドの胸に手を当て、回復魔術を発動させる。
癒やしの輝きが心臓まで届くようにと、力強く押し込む形で魔術を重ねがけする。すると、アルフレッドの顔色が次第に良くなっていった。
「ゴホッ……っ……」
「アルフレッド様!」
回復魔術のおかげでアルフレッドは意識を取り戻す。目を開けた彼は、天井をぼんやりと見上げる。
「どうやら、また君に救われたようだな」
「目を覚ましてくれて良かったです!」
「ただ……全身に力が入らないんだ……だから……手を握ってくれないか?」
「は、はいっ!」
エリスはアルフレッドの手をギュッと握りしめる。元気な頃とは違い、彼の手は氷のように冷たかった。
(すべてが順調に進んでいたのに……)
呪いの完治も、あと少しというところまで届きそうだったのだ。
理不尽な現実とアルフレッドを救えない悔しさで目尻から涙が溢れる。
(泣かないと決めていたのに……)
人前で涙を流しても同情されるか心配させるだけだ。だが我慢したくても感情を抑えることができなかった。
「にゃ~」
心配するように、シロがエリスの表情を伺う。言葉は交わせずとも思いやりは伝わる。エリスはシロを抱きかかえて、ギュと抱きしめた。
「シロ様もアルフレッド様の回復を祈ってくださいね」
『分かったのにゃ』
「え……」
頭の中で響くような声が届く。だがシャーロットでもアルフレッドの声でもない。子供のような声音だった。
「まさか……」
シロの瞳をジッと見つめてみるが、返事は返ってこない。「にゃ~」と鳴くばかりだ。
「気の所為でしょうか……」
『黒魔術を使う人の居場所なら知っているにゃ』
「やっぱり喋った! い、いえ、それよりも……」
アルフレッドを苦しめている呪いを生み出した人物。その居所を知るという。聞き捨てならない情報だ。
「教えてください、シロ様! 黒魔術師はどこにいるのですか⁉」
「にゃ~」
先程は話せたはずなのに、また鳴き声だけになる。落胆していると、シャーロットが反応を示す。
「エリスさん、もしかして念話していたの?」
「シャーロット様はあの現象を知っているのですか⁉」
「伝説の聖獣は頭の中でコミュニケーションが取れたそうなの。先程のエリスさんのやり取りを見ていて、もしかしたらと思ったけど正解のようね」
知能の高い魔物は人語を解釈する。念話はそんな魔物たちの意思疎通手段の一つだった。
「念話、そんな便利な力があるのですね……ただシロ様に質問しても回答が返ってこないのです。どうしてだか分かりますか?」
「まだ念話の能力を使いこなせていないのかもしれないわね」
いま目覚めた力だとすると、シロが念話を自由に扱えないのも納得だ。だがコミュニケーションは双方向でなくても、シロが人語を理解しているなら意思疎通は可能だ。
「シロ様は賢い子猫です。私の話を聞いて正しければ頷いてください」
「にゃ~」
「あなたは黒魔術師の正体を知っていますか?」
「にゃ~」
「私たちに居場所を案内してくれることはできますか?」
「にゃ~」
「さすが、私のシロ様です!」
呪いの原因である黒魔術師さえ捕らえれば、アルフレッドの呪い問題は解決するはずだ。新たな希望の光が見つかったのだ。
「シャーロット様、付いてきて頂けますか?」
「もちろんよ。私が必ずエリスさんを護り抜いてみせるから」
大型の魔物を狩ることのできるシャーロットがいれば百人力だ。二人はアルフレッドのため、黒魔術師の元へと向かう覚悟を決めるのだった。
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