第三章 ~『シロとモフモフ』~


 子猫はエリスの膝の上に飛び乗ると、尻尾を丸めて欠伸を漏らす。愛らしい姿に彼女の瞳は輝いていた。


「可愛いですね~♪」


 子猫の背中を撫でる。ベルベットに近い感触に加えて、モフモフとした柔らかさもある。上質な毛並みだった。


「見たことがない品種だな」

「私も知らない猫種です。雪のように真っ白な毛並みですし、一度でも見たことがあれば記憶に残りそうですが……」


 丸みのある体型や愛嬌のある顔立ちはスコティッシュフォールドに似ている。だが血のように赤い瞳は、エリスの知る限りでは、どんな猫種とも一致しない特徴だった。


「足を怪我しているようだな」

「あ、本当ですね」


 小さな切り傷なので、子猫自身も気にしていないようだった。だが気づいたからには、放っておけない。


 周囲に人がいないことを再確認してから、回復魔術で治療する。傷が塞がり、子猫も上機嫌に尻尾を振る。


「人懐っこい子猫ですね」

「屋敷で飼ってもいいんだぞ」

「でも飼い主がいるかもしれませんよ」

「その可能性は限りなく低い。首輪はないし、まだ子猫だ。この辺りには捨て猫が多いことを考慮すると、野良で生まれたのだろうな」


 オルレアン公爵領は野生の猫で溢れている。


 その原因は数年前、王都で猫の飼育が流行したことに起因する。そのブームは著しく、当時は上質な猫の飼い主が社交界のスターとして持て囃されたし、関連書籍も山のように出版された。


 だが流行はすぐに廃れた。猫はステイタスではなくなり、ただのペットになったのだ。


 ほとんどの者は家族として大切に飼い続けたが、中には世話が面倒になり捨てる者も現れた。


 だが今まで飼ってきた情のある猫を捨てるのだ。どうせなら森に放してやった方がいい。そう考えた王都の住人たちが、自然豊かなオルレアン公爵領を訪れ、捨てていくようになったのだ。これこそが領地に猫が溢れるようになった理由だと、アルフレッドは語る。


「猫さんたちが可哀想ですね……」

「彼らも領地の一員だ。幸せにしてやりたいな」


 アルフレッドは悲しげに眉根を落とす。エリスもやりきれない気持ちになっていた。


(シャーロット様が狩りをしていた映像に映った影も野良猫なのでしょうね……)


 森で暮らしていた猫がレッドボアから逃げる姿を見ている。膝の上で鳴き声を漏らす子猫をそんな過酷な環境に送り出したくはなかった。


「アルフレッド様の厚意に甘えさせていただきます」

「きっとその子猫も喜ぶ」

「そうだと嬉しいですね」


 猫の頭を優しく撫でてあげると、「にゃ~」という声で応えてくれる。エリスに懐いているからこその反応だった。


「名前は決めているのか?」

「はい。雪のような毛並みが特徴ですから、シロ様と呼ぶことにします」

「良い名前だな」


 アルフレッドも新しい家族を歓迎する。その気持ちが通じたのか、シロは嬉しそうに尻尾を振り続けるのだった。

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