第6話 MVPは誰だ②(真姫視点)



 加賀美君の引っ越し、立てた計画、ふたりで行った大きな公園、転落事故、茉莉の怪我。

 ふたりに頼まれたわけでもないのに、私は私のなかにいまでも強烈に残るあの日のことを打ち明ける。


「なるほどな。なるほど、なるほど……そうだったのか」

 加賀美君は自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返して目を瞑った。

 等々力君も、深く頷いている。


 やがて溜め息をつくと、加賀美君は話しだした。

「なぁ一ノ瀬、俺はお前の気持ちを否定する気もないし、応援するよ。でもなぁ」

「何よ」


 何を言い出すのかと思わず身構えると、「でも、あいつ、可愛いからさ」ととんでもないことを言い出した。

「…はぁ!!??」

 こいつは図書館でも茉莉をちらちらと見つめていたり、本棚のところでちょっかいを掛けたりと前科がある。

 宣戦布告かと思いきや「ああ、確かに可愛い部類だな」と等々力君も同意する。


「っ!はぁ!?あんた達、はぁ!!??」


 思わず投げ飛ばしてやろうかと思うくらいに急激に膨らむ嫉妬心に打ち震えていると、「長瀬はよく自分から人に話しかけるし、いつも周囲をよくみている。唯一鈍感なのは一ノ瀬、お前に対してだけだろ」と続けられる。


「長瀬は多分、普通にしてたら普通にモテるだろ。ちょっと奇行が目立つけど、見た目もいいし」

「わかる。さっき俺も、帰る前に話しかけられてお礼を言われたぞ。みんなで今度、バッティングセンターやボウリングをしに遊びに行こうとも言われた。仲良くなれそうだと思った」


 だから茉莉の名前を知っていたのか、とその瞬間に等々力君も私のブラックリストに片足を突っ込む。

 因みに加賀美君はもうリストに入っている。

 図書館で茉莉を……(以下略)。


「とにかくお前、そのままだとライバル結構多くなると思うぞ」

「……」

「なんか面白そうだなー、お前ら。友達になろうぜ。俺、応援するし」

「おー、いいね。俺、なんか等々力君と気が合いそうだと思ってたんだよね」


 面白くないわよ、勝手にしてよ、とふたりに呟く。

 私のメンタルはどん底だ。早く茉莉に会いたい。


 長い長い立ち話も終わり、彼らが校門をくぐり帰った後、ようやく茉莉が歩いてきた。

 茉莉の姿を見るだけで、ふわりと心が軽くなる。


「あれー?なんでまだいるのー?」

「うん、ちょっとさっきまで加賀美君や等々力君達と話してて」


 そう言うと茉莉は一瞬驚いた後、そっかそっか、と呟いた。茉莉を待っていたのだとは言わなかった。重いし。


「そういえば、用事って何だったの」

「え?うーん。なんでもないこと」

「なんでもないなら教えて」


 これも重いかな。

 でも茉莉のことで私が知らないことがあるよりマシだ。


 茉莉は困ったように頬を掻いて「うーんとね」と苦笑いした後、「隣のクラスの男子なんだけど、連絡先教えて、って言われてさ」と事の次第を話しだした。

「はい?」

 つまりはこうだ。球技大会の終わり際、隣のクラスの男子に声を掛けられ、放課後の教室で待っていてほしいと言われたらしい。それで行ってみるとその男子がいて、友達になりたいだとか連絡先を教えてだとか言われて、少しお喋りしていた、と。

 そういうことだ。つまりはそういうことなのだ。


「まぁ、でもちょっと面倒だったし、そういうのってお友達から初めて、ゆくゆくはお付き合い、みたいなパターンじゃん?」

「ま、まあ、分かってるじゃない」

「だから、スマホ持ってないって嘘ついちゃった」

 その返答にホッとする。

 なんだ、ちゃんと分かってるじゃないの。余計なフラグはちゃんと自分で折れる子なのだ。この子は。


「なーんだ、よかっ……」

「私はまず、真姫の幸せが最優先だからなー。真姫に彼氏ができるまでは、私はいいかなって」

「……」

「どうしたの?帰るよ?」


 おいでおいで、と茉莉が私を手招きする。

 いつの間にか立ち止まってしまっていたようだ。足が、鉛のように重い。


「――私の王子様は、今も昔も茉莉だけなのに」

「ん?なんか言った?」


 小声で言ってみたけれど、この距離だと彼女には届いていないみたいだ。

 近いのに、届かないのだ。

 ちいさな頃の約束って、そんなに忘れ去られるようなものなのだろうか。

 それも聞けない。それを聞くには、私は大きくなり過ぎたから。


 ぎゅっ、と鞄の持ち手を握りしめる。

 足に力をいれて踏み出す。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してた。帰ろ」

 茉莉の隣に立つ。

「ねぇ、茉莉を呼び出したその男子って誰?」

 何気なく聞き、「うーんとねぇ」と茉莉の返事を待つ。

 明日も茉莉の隣は私が立つ。

 明後日も、その先も、この場所は私の場所だから。



 第2章おわり

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