第5話 勉強会をしませんか?(加賀美視点)


 入学式が終わって数日後。

 入学直後の学力を図るためにテストを実施する、と担任からホームルームで伝達があった。

 

 うちの学校では、入学直後に今の学力レベルを図るために学力テストを行う。

 最初の週は各授業のオリエンテーションみたいなもの、翌週に学力テスト、って流れだ。

 高校受験を突破しているからここにいるんだけど、と言いたいところだけれど、それはそれ、これはこれなんだろう。


 その放課後。

 ――勉強会しようよ。


 そんな長瀬の提案で、クラスの何人かで勉強会をすることになった。

 場所は放課後の図書館。


 入学してまだ数日にもかかわらず、俺たちは長瀬の声かけで集まったメンバーで中学時代の参考書を持ち寄り、図書館にて黙々と勉強をしているわけだ。

 クラスメイトの顔も名前もうろ覚えなこの状態で、皆に声を掛けられる長瀬は凄いと思う。


 俺は俺で、参加した男子メンバーはノリはいいが比較的真面目なタイプらしく、印象としてはかなり良い。

 友達になるなら、こういう勉強会で遊びに来るんじゃなくて本当に真面目にやることをやるタイプが好きだ。

 それでいうとこのメンバーは当たりだった。


 ちらり、と一ノ瀬の隣に座る長瀬を見る。

 出会ってまだ間もないが、こいつは人を見る目があるのかもしれない。

 ふと、長瀬を見つめているとその隣から視線を感じた。


 一ノ瀬が俺を見ていた。

 その無表情な顔からは何も読み取れない。

 でも、不躾に女子の顔を見ているわけにもいかないので、つい、と目を逸らしてノートへと目を落とす。


 一ノ瀬は、少し変わったと思う。

 以前はもっと…、もっと……なんだ?


 問題を解くのに悩むふりをして、とんとん、とノートをペン先で叩く。


 この1週間、俺の中には一ノ瀬に対して得体のしれない違和感があった。

 俺の記憶している一ノ瀬真姫と、今の一ノ瀬真姫で何かが違うような気がしたのだ。


 でも、俺の知っている一ノ瀬真姫は、10年以上も前の彼女だ。

 俺はそれ以外の彼女を知るはずがない。

 知るはずがないのだ。


 幼少期の事が思い浮かぶ。

 親の転勤で旅立つ直前のある日、俺は一ノ瀬を近所の公園に呼び出していた。

 一ノ瀬 は、……まきちゃんは、俺からの誘いに首を傾げ、「明日だね。わかった」とだけ返事をして、……来てくれなかった。


 何で来なかったのかは分からない。

 今更聞くのも何だか未練がましい。

 それでも、俺の初恋は、その時点で終わったんだ。

 伝えたかった想いも、渡したかったおもちゃの指輪も、全部全部、渡せないまま。


 長瀬は、なんとなくだけど俺と一ノ瀬を引き寄せようとしている気がする。

 俺だって、同じクラスになれて、もしかしたら「運命かも」だなんて思った。

 でも、この数日彼女を見ていてその考えは誤りかもしれない、と思い始めていた。


「加賀美君、ここ分かるかな? 僕、受験の時もイマイチ数学が弱くて――」

「ああ、たぶんそこは――」


 隣の席に座る男子生徒からの質問に答えながら、また長瀬の方をちらりと盗み見てみる。

 意外と黙々と勉強する姿に、おそらくこいつも結構真面目な部類ではあるんだろうな、と予想する。

 でもなんで一ノ瀬のことになるとああも鈍感になるんだろう。

 俺は数日このふたりと関わっただけでも何となく気づいているのに。


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