11.6 (第1章前編の6話)


 11年前の8月24日,リスバーンはし。シスリバー県道8号,森林公園八皓線とショイル国の,国道8号とが重複ちょうふく認定されている石造アーチ橋の上に,9歳だった雉くんがいた。

 橋の中間地点(要石かなめいしの所)より北にある国境線,ちょうど,道路管理者がシスリバー県辺境伯家から,ショイル国の右岸ライトバンク州政府へと変わる地点だ。


 当時の雉くんにそこまでの知識は無く,ただ単に橋の下流側にある八皓駅を上から見やすいという理由で,ドクダミ庁事務次官だった父の休暇へ(小学校の夏服を着たままで)ついてきて,夕方の歩道を歩いた。双瑞帝国と古い帝国よりも,ずっと古い時代にイウルフ大陸を支配した,ロマヴィナ民が築いた架け橋,国境こっきょう地帯にありながら,現帝国もショイル国も監視を行わない。そう取り決めた橋へ,既に先客がいた。



 「これはこれは,リスバーン川の向こう側を治める領主さま。川のこちら側を切り取れないかとでも思っているのですかな?」 

 「ご無沙汰しております,隆倉どの。何ですかそのひどい冗談,200年前ならともかく」



 子爵位を,自身の父から継承して5年。双瑞帝国に習って,身分に関わらず教育を受けられる制度や経済政策を定めるなど前当主の方針を踏襲した政治を敷く事で,領民からの人気を獲得した貴族,第10代リスバーン子爵の連味 堅朋かたとも


 平民のまま双瑞帝国へ仕えて,ドクダミ庁大臣の官職を世襲している連味つらみ家の隆倉たかくら父子との血縁関係は無いが,同姓かつ樹扶桑じゅふそう人という事で,大学時代から親交がある。



 堅朋が悪い冗談だと言った挨拶も,実際はいつも通りの会話なのだ。

 ―いつもと違うのは,お互いが子連れだという点。それぞれ9歳の長男,6歳の長女を連れて来ていた。偶然だが同一の“雉軸きじく”という,熟語の基軸と鳥類のキジとを組み合わせて名付けられた子供達。

※この名前はイウルフ大陸の樹扶桑人だけに見られるもので,子の性別とは無関係に,

  「物事の中心となれ,真っ直ぐ生きろ」という願いを込めて命名される例が多い。

 ショイル語の“グリンフェン”とついになる,と言われる。


 …過去にも会った事はあるが,名前を知ったのはこの日だ。

 ―息子のきじです,ご令嬢と,ほぼ同じ名前を持っています―,というような事を,俺の父が紹介していたと思う。その時期に使っていた眼鏡をかけ直していると,子爵が

―雉ちゃん,頑張らなくてもいいけど,雉んへご挨拶をしなさい―,と促していたのを よく覚えている。



 その時の子爵令嬢の顔立ちは,両親と同じだった。かけている眼鏡を直してから,長いブリオーの裾をつまんで右足を引くと,左の膝だけを軽く曲げる。


 「あたしは―,あたしも連味 じく…そしてグリンフェン,と申します」

 「そっか,お名前も苗字も,君と俺は一緒なんだね」

 少年は既に,民族的には樹扶桑人でも,国籍がショイル国ならショイル語名を,国籍が双瑞帝国なら双瑞語名を持っている可能性があると知っていた。本名かは別として,そして自分には無いが,知識として。


※キジを意味するショイル語・英語の「Green Pheasant」が由来。“豊じょうの精霊”と

  いう意味を持ち,イウルフ大陸では性別,国籍を問わずに名付けられる。

 樹扶桑語の人名,雉軸とはついになるとも考えられている。



 「ショイル語名だとグリンフェン,優雅だ…,けど…短縮形みじかくして“ウーヅ”はどうかな?」

 「……ぉねがぃ……」 


 「ごめん,勝手に決めて。嫌だった?」

 「いえ……!,ぜひ,そう呼んでください……!,ではあたしも,貴方あなたの事を,ひらがなで

“雉くん”と呼ばせて……」

 


 互いに名乗り,ニックネームを名付け合った。ただそれだけが,打ち解けるきっかけとなり,気が付くとウーヅは,なぜ橋の上にいたのかを話していた。


 「あたし…,電車が,いやそれだけじゃなくて―,鉄道が好きな,ですの。だから今日はお父さまへお願いして,八皓線の保存車に乗せてもらえて,帰り道には駅の方を振り向いて……」 


 樹扶桑語で話せる相手が家族の他にもいる事を知った,それで気が緩んだのか,

ウーヅは喋るのが止まらなくなった。自分の事を知ってほしいと,つい思ったのだ, ―いつか鉄道員になるつもり。だと,話し終えてから,恥ずかしくなった。

 「一方的でごめんなさい…気持ち悪いでしょう?」 

 「そんな事はない,お嬢様」

 気が付いた時にはもう,雉くんが跪いていた。騎士の真似をしながら,まるでウーヅをたたえるかのように,

「自分の事を酷く言うなよ。…こんなに可愛い夢を,大切にしなきゃ」


 尋ねてもいない事を聞かされ続けた彼の反応が,予想したものと違っていたから,(「雉くん,初対面なのに,嬉しい言葉……」)

と思ったウーヅはやがて,口を手で押さえ笑い出した。


 「うふふふっ…あはははっ!……。貴方あなたは…優しい人ですね……あたしの,えぇと,

お友達になってくれま,す…?」


 …過去にも会った事はあるが,名前を知ったのはこの日だ。

 こうして話すと,その所作から,彼は高い地位に就いた方の子として,平民ながらも,

あたしのような貴族と同等の教育を受けていると,まだ幼かったけれど,気が付いた。

 それと同時に,身分を無視するかのような,対等に接する雉くんの態度は新鮮で,

こう良いな……。



 「……俺は平民だけど,気にしないのなら…これからよろしくね」



 やや南側へずれた位置に停められた子爵家の馬車の方から,堅朋と隆倉は2人の様子を見ていた。隆倉の耳に

「よぉし,雉ちゃん,これはもっと頑張れ!」と,ささやくのが聞こえてきた。

 

 


 ―同姓同名の2人が,巡りえた日の想い出……。




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 少し時を戻る。

 央歴1018年の8月24日に,帝国が八皓車庫でウーヅをかくまうという提案を,リスバーン子爵夫妻と長男が即座に承諾したのが,16時40分ごろ。

 同じ頃,200km南にある,ショイル国の首都ヒートポース市。“暖かき光”を意味する名を持つ街の近郊に,双瑞帝国が暗号名として,〈魔王城〉と呼称する邸宅が建つ。

 書斎の椅子へ腰掛けた,館の主人―そう,魔王ウィリアムが独りごちる……。

 その隣で控える,不織布マスクをした腹心は,“復刻者”ことクイン,よみがえった魔法使い。


 「何十回と失敗しても構わんのだ。研究の為の実験をさせているのだからな」  

 「おお―,寛大な処置,感謝いたします。ぶえっ,昨日から風邪気味でしてゲフっ,申し訳ありません。それで座標の設定を間違えました。首都ヒートポースでは無く,帝国の方へ,しかもリスバーン子爵家の城にちがぃ,アイロンフォレストの中へ飛ばす形となり,金髪のグリンフェンめを回収する為,閣下は幻影を向かわせる―,お手をわずらわせ,重ねてお詫び申し上げます」


 「偶然にもドクダミ庁の列車が通りかかってね,その列車は,運転士がよりによって,

金髪のグリンフェンだけの為の勇者―,それで引き下がった。まぁよい,移動の魔法は,術者自身に対する効果が無いのを確認できただけでもよしとする。次は西方県で進めているほうの,〈家庭崩壊の呪い実験〉の仕上げに移る。この魔王ウィリアムとて,

ただの人間でしかないからな。物事は一つずつ対処する」


 「さすが魔王閣下。ご自身と私を含めた,全て人類は滅びる,例外は無いと決めておられますな。この復刻者クイン,他の大陸とイウルフを同時に消すべく,先祖の魔法の研究へ邁進まいしんいたします。おふっ,ですが今日はもう帰ってもよろしいでしょうか?,鼻が重いのに加え,頭も重くなってきたので,ズビッ」

 「よかろう。では下がれ,吉報を待っているぞ―,お大事に」


 この時,魔王のは,外務大臣と共に閣議へ出席中で,首相・内閣を構成する閣僚達と会話をしている。クインとの会談の方は,幻影を介して行っていた。本体が幻影を通してクインから風邪をうつされる可能性があるので,ここで切り上げる事にした。


 クインが立ち上がり書斎を退出していくと,再び魔王は独りごちる。


 「さて,金髪のグリンフェンとそのか,それともこの魔王ウィリアム…

どちらが最後に死ぬべきか…」




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  お読みいただきありがとうございます。ひとつ前の5話が8,000文字以上もあり,

 五つに分割してAからEの順で掲載しました。この6話までを第1章の前編として,

 閑話を挟んでから第2章へと移ります。

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