11.5A (第1章前編の5話A)

 デハ4073の乗務員室から,列車無線を使って,貴族の令嬢を発見した事とその経緯を 雉くんが報告したところ,通話相手の運輸指令は5分以上の無言状態を経た上で,通話をロジャー運転士へ交代するようにと指示を出したため,雉くんは乗務員室を出て,三人掛けロングシートの方に戻る。乗務員室仕切りへ寄り掛かったウーヅの左に腰掛ける。

 ―仕事中に偶然見つけたんだ,と経緯を明かすと,ウーヅはぎこちなくも,ほほんだ。

 

 しかし,すぐに雉くんの方へ向き直り,深々と頭を下げて,そのままつぶやいた。

 「…お願い,あたしをつれていって……魔お……もう……捕ま,るのは嫌……」

 モケットの上に置かれた雉くんの右手へ,いつの間にかウーヅが左手を重ねていた。 

 「いいけど,リスバーン子爵家の城か,対岸たいがんの八皓車庫か? それとも俺のすぐ横?」

 ―うつむいたまま両肩を震わせて,ウーヅは顔を縦に振る。どれでもいいのだった。


 「どうせ魔王は帝国だけでなく,身分などお構い無しに,自国民にも牙を向けるぞ」

 「…ですが,その前に……あたしを呪いで……」

 「そうだな。さっきの幻影が自ら言っていた事にかんがみると,”紙の地球“よりも先に,実験としてウーヅに手をかけるつもりだ。――俺だ,俺が必ず,守ってあげる…」

 「雉くん……,あふっ……」

 口調がいつも通りの幼馴染に,ウーヅは心を暖かく包まれるような気がした。




 この2人の仲を知っているロジャーは,列車無線での通話を終了し,乗務員室から出てきた後も,令嬢が落ち着くのを待っていた。耐火フードとケープ越しに,女の子の頭と肩を左手で撫で続ける後輩を見ても,特に何かとがめる気は無い。

 やがて,女の子の方から座り直した為,青年はすぐに立ち上がって,ロジャーとの打ち合わせを始めた。



 「運輸指令は,インター23列車の通過後8061列車の運転再開だと言ってきた。同時に,

参謀本部からは,ご令嬢をそのまま八皓へ移送してくれ,という通達があった」

 アイロンフォレストへ足を踏み入れる時に,雉くんは制帽のツバを後ろに向けておいたのだが,打ち合わせしながら制帽の向きを元に戻して,あごひもをかけ直す。

 「了解,下り快速iL23を先行させて,8061は信号機に従って発車,ということですね。

 同時に,術者を使って魔王自身が暗躍している可能性が高いから,皇帝陛下の判断を仰ぐ必要が生じたというわけですか」

 「そういう事だ。まあ,リスバーン子爵家は国籍が違うからな―。それと,八皓へ着くまでに,ご令嬢から聞き出せる事は聞いておいてくれ,とドクダミ庁大臣からも通達だ」

 「了解しました」

 その子爵家の長女(つまり,自分たちとは住む国が違っている)を見ながらも,ロジャーは雉くんの復唱ふくしょうに答えると,乗務員室に戻った。

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